第15話 女友達が家にやってきた!!
休日、それは大切なものだ。
疲れを取り、これからの日々への英気を養う。
由紀が来てからというもの、怒涛の勢いの日々を過ごす惣太はこの日、ソファに肉体を預け身体を癒していた。
鳥の鳴き声がリビングにまで響いてくる。
それを聞きながら惣太は由紀が来てからの日々のことを回想していた。
転入、喧嘩、バド対戦色々あった。
その中でも先日の懇親会は通過儀礼だったのだろう。
あれからというもの、由紀の特別扱いは終わったように思う。
「ちょっと由紀そこ退いて」
「ごめんごめん! 今退くね!」
「由紀この動画見た? めっちゃ面白くない?!」
「見た見た! すっごい笑った!」
それにより由紀にクレームが付くこともあるようになったが、由紀も居心地が良さそうだ。友達にスマホを見せて、由紀はコロコロと笑っていた。
そのような、由紀が、家にも校舎にもいるのが当たり前になりつつあった今日この頃、なぜ惣太がこんなにも静かな家でのんびりしてるかといえば親が外出しているからであった。
海ほたるに行くと言って親はデートに出かけたのだ。
と、なると残すは由紀だけなのだが、由紀も二階でごそごそやっていて、一階で惣太は一人というわけだ。
ふぅ、由紀が転入してからこっち、色々なことがあった。
これでようやく一息つける、と惣太がソファに身を預けていると、ピンポーンとチャイムが鳴った。
どうせ
「惣太、お願ーい」
「ほいほい」
二階の由紀に言われて惣太は軽いノリでドアを開ける。すると……
「ちわーーーす」
なぜか家の前に猪上たち、『クラスの女子』が立っていたのだった。
「え゛?」
想像の外から来訪者に、思わず声が裏返った。
◆◆◆
ドアの前に、クラスの中心メンバー、いつぞやのボウリングの時のメンバー、ギャルの猪上陽子に鹿田杏奈、それに加え蝶谷香恋がいる。
なぜこいつらがこんな場所にいるの?!
「あ、深見ッチ! おはよう、邪魔するよ~~!!!」
しかも入ってこようとするし!!
「いやいやいやいやいやいや!!!!!」
惣太は即座にドアを閉めた。
「おおおおおおおおおおおおい!!! 由紀、聞いてねーぞおおおおお!!!」
「言ったよーー!!」
惣太の悲鳴を聞きつけて、由紀がドタドタと駆け降りて来る。
「嘘こけ!!」
「言ったもん! ……小声で」
「それじゃ意味ねーだろーが!!」
とんちみたいなことを言う由紀に憤慨するが、由紀はお構いなしでドアを開けてしまった。
「うちの馬鹿義弟が邪魔したね。さ、上がって上がって」
だが惣太は今部屋着である。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
即座に惣太は逃げ出した。
「乙女か、深見ッチ」
「バッカ! 気にするに決まってんだろ!!」
部屋着を見せて良いのは家族だけと決めている乙女な惣太である。
「お前たち!! 入って良いのは由紀の部屋だけだぞ!」
「分かってるよ、全く私たちを何だと思ってんのよ」
「ハハハ……」
リビングから言う惣太に、猪上だけではなく、蝶谷達まで苦笑いしていた。
ギャハハ!!! とか、なにそれウケるー!!! とか上の階から女子たちの声が聞こえて来る。
由紀の部屋は二階の突き当り、リビングの直上で声が良く響くのだ。
頭上から届く煩わしい彼女たちの声に惣太は業を煮やしていた。
これでは気が休まるわけもない。
しかも惣太はトラブル防止の観点から家に男友達を入れないように努力していたのになぜ由紀は入れてしまうのかという点でも怒りは尽きない。
小学校低学年の時に友人を入れ、そいつが由紀にガチ恋してしまい大変な目に遭い、それ以来男友達の入場は完全シャットアウトしているというのに、なぜ由紀は入れてしまうのか。
家に友人を入れるのは親がいる時のみ。それが親との約束である。
だが親不在時にそれに従うかどうかは突き詰めれば子供次第で、惣太と由紀は一応お互いにその約束を守ろうということになっているのだが、由紀はたびたびそれを破るのだ。
そんな不満が浮かんでは消え浮かんでは消える。しかし、惣太にはとある任務があり――
「お茶、持ってきました……」
猪上たちが来てしばらく、全ての感情を押し殺し、惣太はお盆にジュースを乗せ由紀の部屋に馳せ参じていた。
由紀にジュースを持ってくるように頼まれたのだ。
「あ、ありがと、惣太!!」
惣太の登場にふわふわのカーペットから腰を上げる由紀。
「ど、どうぞ、ごゆっくり……」
「あ、ちょっと待ってよ!」
「はい?」
「ここ座って」
だがなぜか由紀は惣太が去るのに待ったをかけた。
「なぜ?」
礼を欠かないように惣太はニッコリとした笑みは絶やさない。
「惣太も暇でしょ?」
……確かに暇だけども……。
「え、でも悪いよ? 女子だけで話してるんでしょ? 俺なんかいると話したい話題出来ないし、悪いよ。皆も困るだろうし」
「あたしは全然良いぞ」
「あたしも良いよ~」
猪上は強い調子で言って、スマホをいじる鹿田は相変わらず緩い。
「私も勿論大歓迎だよ」と蝶谷も歓迎のムード。
「……」
逃げ道は残されていなかった。
「へ〜〜、深見っちと由紀ってそういう過去があったんだ?!」
「うん、弘子さんとパパが夏には色んなところ連れてってくれてね! ホント色んなところ行ったよ! ね、惣太!?」
「ま、まぁ……」
それから惣太は女子たちの会話に混ざっている。
女子たちの会話に男子の自分だけで混ざるのは殆ど経験がなく緊張しかない。
会話の奥行きをあまり飲み込めず、表面だけ掬うような会話が繰り返されていく。
だけどなんとか着いて行く。
一瞬の判断ミスが命取りになる、F1レースのような会話。そんな危機感を勝手に抱き、油断ならないコミュニケーションに汗をタラリと流していると「ちょっと……」由紀が離席した。
きっとトイレだろう。何でもないことのように去って行く。
だが君は大したことなくても、君を中継地点にして会話に混ざっていた自分は困るのだけど?
と、いよいよ訪れた正念場に惣太が警戒心をマックスにしていると、由紀が去るや否や
「由紀すげぇなああああ!!」と猪上が目を丸くし小声で驚嘆していた。
「どういうこと?」
「そりゃお前、さっき由紀に顎で使われて飲み物持ってきたろ?! あれってつまりそれだけ自分たちは仲良いのだから、お前ら寄ってくんなっていう牽制だろ!?」
「はは、アイツがそんな高尚なやり取りするわけないでしょ」
「いやそれがあるんだって! 惣太、お前が気付いていないだけだ! お前、この前のボウリングでのゴタゴタあったろう!」
「あ、あったけど……、それがなに……?」
「あれでお前の評価が鰻登りなんだよ!」
それは寝耳に水の話である。
「え、そうなん!?」
「そうだよ、あれで評価上がんない男がいるわけないだろ! で、今日だ」
「由紀、明らかにあたしたちに牽制入れてるよね~~、私たちが知れば他に伝わるってのも織り込み済みだろうね~~」
別に取りやしないのにね~~っとスマホをいじりながら鹿田まで同意する。
「それだけ由紀ちゃんも必死ってことだね……」と勝手に準敵認定された蝶谷も苦笑していた。
「はは、まさか……」
由紀が自分自身にそこまで執着しているわけがない、もししていたとしても家族としての執着だろう。
「まぁ深見ッチがそう思うなら良いけどよ」
そう考えた惣太が相手にしないでいると猪上はニヤリと口角を吊り上げた。
「でも深見ッチもまんざらでもないんだろ? 由紀に構われて」
「ちょ!? ハ!? ないないないない!! まんざらでもないわけないだろ!! むしろ迷惑してっから!!」
惣太は唾を飛ばし言い返すが、しかし猪上は惣太の言葉など欠片も取り合わなかった。
「いやいやいやいや無理しなくて良いよ! 見てれば丸分かりだから。あんな可愛いんだから誰だってそりゃ好きになるよ! 深見ッチはおかしくない!!」
「いやだからおかしいとかおかしくないとかじゃなくてさ!! 違うんだって!!」
「分かったよ、分かったよ違うんだな! にしても義妹か、て、いうことは――」
猪上はニヤニヤしながらスマホを取り出し、すいすいと操作した。
そしてしばらくするとその画面を指し示して来た。
「深見ッチ、いつもこういうの見てるの?」
検索が終わった猪上のスマホに表示されていたのは大量の義妹ものの同人誌であった。
義妹と色々……色々してしまうアレな雑誌だ。
義妹であるのに夜は積極的だったりする、アレだ。とにかく義妹の服がはだけている破廉恥な雑誌の数々だ。確かに惣太が検索したことのある漫画の数々だ。確かに好きな漫画の数々だ。
だがここではまずい。
「お前! やめろ!!」
「良いじゃなーーい!?」
いつ由紀が戻って来るのか分からないので惣太は猪上を止めようとする。
だがそれが楽しかったのか猪上は満面の笑みで「これは? これは? これは?」と次々と検索し指し示してくる。
そのたびにそれが完全にツボである惣太の顔がみるみる赤くなり、仕方ない。かくなる上は実力行使かと完全に飛び掛かって止めようとすると
「何陽子とじゃれてんの惣太?」
まさにその由紀が冷たい声で入ってきて「い、いや何でもない!!!!」と惣太はシャキッと背筋を伸ばしごまかした。
その惣太の驚き様に猪上はくつくつと笑いをこらえ「何でもないよ~由紀」と言って由紀と和平を結んでいた。
「じゃぁね~~~~!!」
数時間後、女子たちが去って行く。
(やっと帰った……)
小さくなっていく猪上たちの背中に、惣太はほっと胸を撫で降ろした。
しかし、問題はこれで終わってはいなかったのだ。
その日の夜、あ~~~疲れた、とベッドに倒れ込んでいると、「惣太~~~!! ちょっと~~~!!」と母親に呼ばれ、リビングに降りると深刻な顔をする祐作と弘子がいたのだ。
その俯きダラダラと汗を流す祐作の表情は、これから言うことが辛いと言わんばかりで、一体何かあったのだろうかと不安に駆られ席に着くと、重々しい口調で祐作が切り出した。
「……惣太くん、ターゲット広告って知っているかな?」
ターゲット広告??
思わずきょとんとしてしまった。
ターゲット広告、それはその人が検索したワードなどから好みを類推し、広告を出すサービスである。
だがターゲット広告と、このひりひりとした緊張感に、一体何の関連性があるというのか。
「し、知っています、けど……?」
惣太が慎重に言葉を選び返すと「そうか……」と、祐作はコクリと頷いた。
苦悶に顔を歪める祐作は言うべきかどうか今も逡巡しているようだ。
一体全体何を言おうとしてるのだろう。
どれだけ重大な話なんだと惣太が警戒心を高めていると、意を決した祐作は観念したようにふぅと息をついた。
「……ターゲット広告、つまりその使用者の検索ワードなどから好みを類推し提示する新しい広告の形態だね。それで、惣太くんは知っているか分からないけど、あれって同じWi-Fiを経由していると他の人のターゲット広告が上がってくることもあるんだ。で、その他人の検索結果にも影響されるターゲット広告に今日こんなのが出てきたのだけど……」
祐作が恐る恐る提示したのは義妹もののエロ漫画がうつる画面だった。
義妹と
「惣太くん、僕はもし君たちが付き合い出したら歓迎しようと思っている」
言いにくいことを言うからか祐作は目を固くつむっていた。
「だけどそれは、両者の合意があった『うえでのもの』だぞ……?」
「……」
え?
いやいやいやいやいや???
いやいやいやいやいやいやいやいや!!!!
なんかとんでもない勘違いされてね?!
「俺じゃない!!! 俺じゃないですよ!!!」
疑惑をかけられた惣太は即座に否定した。
つまり祐作は惣太が義妹を襲っちゃう系のエロ漫画を検索しまくったから当該の広告が表示されるようになったと考えているのだ!!
だがそんな勘違いはまっぴらごめんだ。それは猪上が検索したせいである。
断じて自分ではない!! ていうかこれ家族会議だったのかよ!!!
「だが、惣太くん以外に誰が検索するっていうんだ、こんなもの……?」
しかし男二人、自分でない以上惣太しかいないと踏んでいる祐作は取り付く島が無かった。
「惣太、いくら由紀ちゃんが可愛いからってそういうのはダメよお互いの合意が無いと」
母弘子も決めてかかっている。
「ちょちょちょちょ、マジ、マジ待って!! 俺じゃないから」
惣太は必死で弁解した。
「じゃぁ誰だっていうのよ惣太?!」
「そりゃ……!」
全て猪上とかいうろくでもない女のせいである。
しかし――
あ――
そこで惣太は気付いた。
言えないじゃん……! と。
惣太は真実を明かすことは出来ないのである。
なぜならこの家はそもそも友達を家に入れちゃいけない家だからである。
ばらせば由紀だけでなく、なぜ惣太も黙ってたんだという話になる。となれば、口裏を合わせていたことも明るみになり、そのままこれまでの数々の犯行も芋づる式に発覚しかねない。その場合惣太は共犯者として断罪される。
それはキツイ。なんだかんだこの二人、切れるとなかなか怖い。
それにもしバラしたとしても、由紀の連れ込んだ友達がそんないかがわしいもの検索したとなれば、……どうなるか想像がつかない……。
無理やりの転校、それで出来た学友がエロ漫画ばかり検索する変態。絶対にヤバい。絶っっ対に予測不能なトラブルになる!! それは弘子や祐作をよく知る惣太は良く分かる。
だから言えない。
予測不能な事態を、避けるために。
クソッたれがああああああああああああ!!!
にっちもさっちもいかない状況に惣太は脳内で吠えた。
俺は!!! 俺は!!! 絶対にシークレットモード使ってたのにッ、クソがあああああああああああああああ!!!!!
「く、ぅぅぅ!!! クソが!!! とにかく、俺じゃ、俺じゃない!!! 俺はやってない!!!」
とにかく緊急離脱、こうしてしまえば後追いは無いことを知っているので惣太はくそ! と吐き捨ててその場から逃げ出した。
だが2階に行くと自室の前に顔を真っ赤にする由紀がいて
「惣太、話聞こえて来たけど……」
恥ずかしさでおちょぼ口になる由紀は、おずおずと上目遣いで惣太に尋ねたのだ。
「……惣太、こういうの好きなの……?」
スマホに表示されていたのはたった今話題になっていた義妹ものの同人誌だった。
…………。
おおおおおおおおおおおおおおい!!!!
お前のせいだろうがよおおおおおおおおおおおおお!!!!
状況を全く理解せず恥ずかしがる由紀に惣太はどうにかなりそうになるのだった。
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