第2話 見ろ見ろ、すっげー美少女だぜ!!



「やったぜーーー!!!」

「大物だぁぁあああああ!!!」

「獲ったどぉおおおおおおおおおお!!!」


 中川由紀という美少女の登場に、クラスは一時、大いに沸いた。


 眩い、背後から光が差して見える正統派美少女の登場なのだ、野郎でテンションが上がらない奴はいない。


 由紀が挨拶するや否や、教室中から勝ちどきが上がり、クラスはあっという間にてんやわんやのお祭り騒ぎになった。


 それは普段は温厚の担任も怒鳴らなければならないほどで、全く収拾がつかない。


 それでもなんとか収拾を付け誰もがソワソワした状態で一限目を終えると由紀の周囲に生徒が殺到した。


「どこから来たの?!」

「急にどうして!?」

「どこかで芸能活動してるの?!」


 由紀はたちまち質問責めにあっていた。並みの人なら気圧される勢いだが、芸能活動なんてしてないよ〜っとなんとか返すと、それを皮切りに、質問の奔流に、由紀は一つ一つ答え出した。


「清心学園ってとこ、知ってる?」

「知ってる知ってる! 私立のすっごい頭良いとこでしょ?! どうしてこんな時期にここに来たの?!」

「アハハ、お父さんが仕事首になっちゃってね」

「え、大丈夫なの?!」

「大丈夫大丈夫、パパどうせすぐに仕事見つけるから!」

「へ~~、なら良いのだけど。何か困ったことあったら言ってね」

「うん、頼るね。私中川由紀っていうから! あなたは……」

「私? 私は蝶谷ちょうや香恋かれん! 宜しく!」

「おいおい抜け駆けすんじゃねーよ香恋!」


 少女が自己紹介を済ませるとすかさず男が割り込んできた。


「良いじゃないこれくらい!」

「ダメだ! 中川さん、俺、竹田良一っていうから宜しく!」

「竹田くんね、宜しく~」


 男が挨拶を済ませると俺も俺もと、おしくらまんじゅうのように後ろにいた奴が前に出てくる。由紀への挨拶は止む気配がない。


 これはあっさりとクラスの中心人物になれそうだ。


 際立ったルックスに社交的な性格なため、きっといつもクラスの中心なんだろうと推察していたものの、やはりその通りで惣太は舌を巻いていた。


 しかも由紀の噂は既にLimeライムなどで伝播しているらしく、噂を聞きつけた他クラスの男子が廊下から顔を覗かせその美貌を目の当たりにし「すげぇ!」と報告のために駆け出していたりする。


 それにより廊下にはさらに人が集まり、終いには「俺ちょっと挨拶して来るわ」とクラスに入ってこようとする輩もいて「おいちょっと入ってくんなよ」「良いじゃんかよケチだな」とクラスメイトと小競り合いすら起きている。


「すげぇな……」

「いやホントにな……」

 

 どうなってるんだ……。


 化学反応かのような由紀を中心に生じる一連の流れに呆然としていると、いつのまにか隣に来ていた久志も感心していた。


 倉山久志、黒縁眼鏡をかけた生徒会に所属する惣太の友人である。


 久志は由紀を一瞥し、ニヤリと口角を吊り上げた。


「惣太、お前ああいうのめっちゃタイプだろ」

「ま、まぁそうだけど……」

「良いのかよ? お前も参戦しなくて?」

「ハハハ…………」

「ま、俺たち平民じゃ荷が重いか」

「ま、まぁな……」

 

 隠すと怪しまれるので苦笑いしていると、それっぽい理由で納得された。


 実際問題、荷が重いとか重くないとか、そういう次元では無く、義妹だからそもそも付き合えっこないというだけなのだが。


 だが悪気がない久志の評価の切れ味は抜群だった。


 惣太では由紀と付き合えない、それが一般的な認知なのだ。


「見ろよ、あの松橋ですら中川さんのところ行ってるぜ?」

「あ、あぁ……」


 それに落ち込むのを見破られるまいと気丈に振る舞っていると、クラス一のイケメンが由紀の輪に加わっていた。


 その光景に自然と動悸がしてきて、喉が干上がった。


 由紀が松橋が話すのはハラハラ以外何物でもなかった。なぜ転入してきてしまったのかと痛感せざるを得ない。


 視界の外で繰り広げてくれれば、知らないままで済んだのに。こんなの拷問でしかない。好いた家族に彼氏が出来るのを見守るだなんて。


「俺、松橋まつはししゅうって言うから。宜しくね中川さん」

「うん、宜しく。松橋くん」


 逆立ちしたって勝てないイケメンが朗らかに由紀に話し掛けている。


 その絵面にズシンと腹の底に重いものが落ちて来るのを感じていると、「おおーーーい!」と背後からラグビー部の幸次がやってきて惣太と久志の肩に手を回した。


「いや~~すげーな」

「あぁ、あんなの見たことないよ」

「だよなぁ!! 俺達すげーラッキーだよな!!」

「あぁマジだよ! 我が校一恵まれたクラスだよ!」

「いやー良かったな。生まれて来たかいがあったなぁ久志!」

「はは、大げさな! だが確かに前世の俺たちは相当の徳を積んだに違いない! 惣太も良かったなぁ! 中川さんめちゃタイプだろお前!」

「だよなぁ!? 幸次もそう思うだろ?! 一番ラッキーなのは惣太だよなぁ! 同じクラスいんだからチャンスあるかもだぜ?」


 いやだから、ワンチャンなどあるわけがないんだけど……。


 しかしそんなことを言えるわけもなく惣太が閉口していると、すぐ背後からクラスメイトのひそひそ声が聞こえてきた。


「ていうかあのレベルじゃ家族ってだけで幸運だよな」

「あぁ、それはもう、死刑レベルの幸運よ」

「あんな美人の兄貴とか、もう羨まし過ぎて殺してしまいたくなるわ」


(…………)


(あぶねええええええええええ!!!)


 過激すぎる呟きに、一転、由紀の義兄であるところの惣太は冷汗を流した。


 やはり、由紀に身内であることをばらさないように言い含めた判断は正しかったのだ。


 なぜそのような約束を交わしたかは明白で、惣太自身、さして由紀が転入してくることを了承した覚えが無いからである。


 寝起き特攻で言質を取られたが、別に大歓迎しているわけではない。だからトラブル防止の観点から由紀にそのように言い含めたのだ。


 惣太は自分の先見の明にホッと胸を撫でおろした。


 このような環境で由紀の義理の兄であることがバレようものなら、血祭りにあげられかねない。


「そういえば惣太も父ちゃんリストラされたとかこの前言ってなかった?」

「え゛? そ、そうだっけ??」


 痛いところを突かれて思わず声が裏返った。


 この調子ではいつ何時バレてもおかしくない、細心の注意を払う必要があると思う惣太だった。


◆◆◆


 やはり由紀がいるのは大変である。

 何より心労が溜まる。


 昼休み、惣太は屋外テラスでほうっと溜息を吐いていた。


 どうしても由紀に話しかける男子の影が気になり、見張ってしてしまうのだ。


 その上、いつ何時由紀との関係が露見するか分かったものではないから細心の注意を払う必要があるというのでややこしいことこの上ない。


 そんなわけで昼休みに入る頃には惣太はもうヘトヘトなのだ。


「だってのに……」


 惣太が手すりに寄り掛かっていると背後でガラリと掃き出し窓が開くのが聞こえてきた。


「――何でお前はここに居んだ、由紀?」

「はは、何で分かったの」

「足音で分かる」

「超能力だね」


 言い当てられた由紀は参ったというように頭をかいていた。


 こんな場所で出会っていたら噂になること間違いなしなのだが。


 ここは二年生階の端にあるテラスだが外の廊下は人の行き来も少なからずあるのである。


「そっちこそ何で俺がここにいるって分かったんだよ。まだ入学初日だろ。よくこんな場所見つけられたな」

「ふふ、惣太がいる場所なんて簡単に分かるよ。惣太ならこういう時は人がいない静かな場所で黄昏てるだろうなって」

「そっか」


 穏やかな春の風が由紀の前髪をさらう。遠のいた生徒たちの喧騒は潮騒のようだ。


「にしてもすげーな」

「ははは、だね」


 惣太の言葉に由紀は軽く笑った。


「でもまぁ入学当初はいつもこんな感じだよ」

「え、清心でもそうだったのか?」

「いや清心はもっと凄かったね、ここは落ち着いている方だよ」

「まじかよ……」


 これで落ち着いているって、戦争でも起きたのだろうか。


「……戦争でも起きたのか」

「ハハハ、当たらずも遠からずってとこだね……」

「まじかよ……」


 思ったことをそのまま口にすると肯定も否定もされず驚いた。

 美女をめぐり戦争て、出来事がもう神話である。

 改めてどうかしている美貌だ。

 

 再度いかに由紀がモテるか見せつけられ惣太が絶望していると、由紀がテラスの縁に歩み寄る。


 すると、由紀の美貌が陽光に照らされ強力な光で目に飛び込んできて、いつまでも落ち込んでいられなかった。


「うわ、コート多いね」

「こ、ここは硬式テニスが盛んだからな……」

「へ~~~~!!」


 惣太がその姿に赤くなっていると、由紀は眼下の複数のテニスコートに無邪気に目を輝かせていた。


 スポーツマンである由紀は運動施設にいつだって興味津々なのだ。

 その子供のようにはしゃぐ姿を、惣太はゴクリと生唾を飲みこみ見つめていた。


 その美貌は、思わず我を忘れてしまう美しさだった。太陽のように眩く輝いて見える。


 由紀が他の生徒と同じ制服に袖を通すと、その容姿がいかに図抜けているかを改めて痛感させられる。

 

 自分はこんな美人と一緒に暮らしていたんだという事実を、改めて脳ミソにグリグリとねじ込んでくる。


 自分との間に開く、太平洋よりも広く、かつ、マリアナ海峡よりも深い隔たりも。


 と、自分の家族がいかに美人であるかまざまざと見せつけられていると、


「ん、どした? 惣太?」


 由紀が不思議そうに振り返っていた。


「あ、い、いや何も」


 とっさに視線を外しごまかす。

 だけど耳まで赤くする惣太のごまかしは通用しなかった。


「ふっふーん、そうかそうか。惣太も私の美貌に見惚れちゃったかー」

「ち、ちげーよ!!」

「いやいや無理しなくて良いんだよ。そうだよね、由紀ちゃん凄い可愛いから!」

「……」

「惣太ちゃん、なんかお姉ちゃんにして貰いたいことある?」

「あ、あるわけねーだろ!!」

「ふ~~ん、なら良いや。じゃぁね」


 惣太が顔を真っ赤にして言い返すと、ニンマリとした由紀は軽やかに身を翻した。


ふ~か~~み~??」


 中川、それは由紀の旧姓だ。

 小学一年の頃に再婚して以降、由紀はずっと旧姓を使っている。


 自分をからかう由紀に惣太はため息を吐いた。


 全く、からかいやがって……。


◆◆◆


「おいおいお前さ!?」


 教室に帰ると久志と幸次が血相を変えて駆けつけてきた。


「さっきまで中川さんとベランダ居たって聞いたけど、マジなんそれ?!」

「お前やって良い事と悪い事の分別が無いのか?!」

「あ、いや……どういうこと、なの??」

「どうもこうも、お前と中川さんが仲良くベランダにいるの見たって人がいるんだよ!! で、中川さんにたった今確認したらそうだって言うから」


 唾を飛ばし詰め寄る親友たちの顔は真剣そのものだ。

 見ると教室の男子全員が注目していた。


 由紀も机の一点を見つめ動向に注目している。きっと由紀が問い詰められた直後に惣太が教室に入って来たのだ。


 つまり、この一言で、二人の関係性が決まる。


 バレるかバレないかも、殺されるか、殺されないかも。


 昼ドラ終盤の崖の上に立つ犯人さながらの緊張感である。


「あ、あの……」


 思わず口の筋肉が引き攣った。


「きょ、今日偶然、通学路で、会ってさ。み、道聞かれて……。それでちょっと、話す機会があってさ……」

「え?! マジ!!?? マジなん?!?!」


 何とか言葉を紡ぐとぎょっとした幸次は事実を確認すべく由紀に視線を向けた。それに合わせ一斉に由紀へ瞳が向く。


 で注目を浴びた由紀はというと、すぐさま心得た! という風な(惣太には見える)薄い笑みを作り


「ま~そんなとこだよ。そこで仲良くなったんだよ私たち。ね~?」


 と、いけしゃあしゃあとうそぶくのだった。


 流石、場数を踏んでいるだけある。


 名字違いを強調する、嘘をつくことに何のためらいもない彼女が恐ろしい。


「ま、まぁ……」

「この幸運者めぇ~~~~~!!!」


 だがそんな由紀の本性など露ほども知らない親友たちは誤解が解けて(?)破顔し、幸次などは乱暴に惣太の髪をくしゃくしゃする。その手荒い撫で方に、


 これバレたらヤバいってーーーー!!!!!


 ぜっっったいバレたらヤバい奴だってーーーーーー!!!!


 と、自身の凄惨な未来を垣間見る惣太であった。





【あとがき】


 まだバラさないのかよ?! という方へ


 秘密をバラすのには、何よりも溜めが必要だと思っています。


 なので義妹であることをバラすのは少し間を置いて第7話となっています。そこまでも山あり谷ありにした(つもり)なので楽しんで貰えたら幸いです。

 宜しくお願いします。

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