11 ヴィネ陛下にお会いできるそうです

 私は、ぎゅっと目を瞑ったまま、気を失った振りをし続けた。

 先ほどの知性7の衛兵に呼ばれたのか、他にも衛兵が何人か私の周囲に集まってきたのを、気配だけで感じる。


「どうしますか、このご令嬢……」

「聖カトミアル王国は友好国とは言えない相手だが、城門の外に倒れたまま放置しては、いくらなんでもまずいだろう」

「とりあえず、城内にお連れして、後は陛下の指示を仰ぐのがよいのではないか?」


 衛兵たち同士での相談は、どうやら私の思惑通りに進んでいる。

 しばらくすると、彼らは戸板のようなものを持って来て、私の身体をその上に乗せた。

 ギギーッと、きしむような音と共に、城門が開かれる。


(成功だわ!)


 衛兵たちによって担がれた戸板は、私を乗せたまま城内へと入って行った。


 * * *


 無事、場内へと運び込まれ、客間と思しき部屋の寝台に寝かされた私は、心の中で、そっと


(やった! 作戦成功!)


 と、ひとりごちる。


 しかし、そこで元気よく起き上がったら、周囲を騙していたことがバレてしまう。

 私は、気を失ったふりを続けた。


 1時間ほど、経過しただろうか。いかにも意識が今、戻ったという演技をしながら、私は寝台の中で、ゆっくりと身を起こす。


「あら……ここは、どこ……? 私、どうしてしまったのかしら?」


 答えはわかりきっていたが、意識に混乱が生じていることをアピールするために、あえて呟いてみる。


「あ、気がつかれましたか?」


 私の声に反応したのか、一人の美少女が駆け寄って来た。

 プラチナブロンドの長いストレートヘアを束ねたその少女は、服装からは一見、ただの侍女にしか見えないのだが、よく見ると耳の上部が長く尖っている。

 プレイヤーが自由にキャラメイクできるMMORPGだったら、「数時間かけてこんなアバターを作ってから始めたいな」と思うような、小柄で細身の、理想的な美少女エルフだ。


 私は、道中で危険から救ってくれたダークエルフと人間のハーフの女性、カーラのことを思い出していた。


「エルフ……? エルフなの?」


 また、思った言葉がそのまま口をついて出てしまう。


「あ、失礼を……お見苦しいものをお見せいたしました。私はハーフエルフでございます。聖カトミアル王国には、人間しか暮らしていないのですよね」


 ハーフエルフの少女は、私の言葉を誤解して、恥じたのか、両手で耳を覆う。


「ああ、違うの。差別的な意味で言ったのではないわ。誤解させてしまったわね。ごめんなさい。外見を揶揄したわけじゃないの。隠すことはないわ。気になさらないで。むしろ、あなたの見た目は、美しくて、とても素敵だと思うわ。それに、たくさんの種族が共に協力しながら暮らす方が、理にかなっていると私は思うわ」

「え? でも、聖カトミアル王国は厳格な一神教の国家で、エルフやドワーフ、獣人どころか魔法使いの存在も許さないと……」

「ええ、そうなのよね……。魔法使いの存在すら……、許してはくれないわ」


 私は、魔女として断罪されたことを思い返す。

 聖カトミアル王国の使節団と嘘をついて、城内に侵入してしまったが、いずれこのことも正直に話さねばなるまい。


「でも、聖カトミアル王国のみんながみんな、そう考えているわけじゃないわ。私は少なくとも、そのような個性で差別をしたくはないと考えているということよ。それに、どの種族にもそれぞれの特徴があって、どちらが優れている、どちらが劣っているということはないと思うし……。私は、アヴァロニア王国に来る途中、人間の男や魔物に襲われたの。助けてくれたのは、ダークエルフと人間とのハーフだという女性だったわ。人間だからと言って無条件に偉いわけではないし、どうしようもない人間もいる。エルフの中にも優れたエルフもいれば、そうでもないエルフもいるのではないかと思うわ」


 私の発言に、少女の顔がほころぶ。


 前世で暮らしていた世界でも、文明は進んでいたにも関わらず、差別がはびこっていた。

 肌の色や、信じる宗教、人種によって軋轢あつれきが起きるなんて、なんとバカげたことかと思う。


「あ、大事なことを忘れておりました。お嬢様の意識が戻られたら、広間にお連れするようにとことづかっております」

「広間に! ということは……もしかして……! 陛下が、会って下さるのかしら?」

「私にはそこまでわかりかねますが、おそらくは……。身支度を整えるお手伝いをさせていただきます」


(いよいよ、いよいよ、──ヴィネさまに会える!!)


 私は高鳴る鼓動を抑えながら、ハーフエルフの少女の手を借り、ここまで持ってこられた中でもとっておきのドレスとアクセサリーで、精一杯、着飾ることにした。


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