5 ダークエルフの女性、カーラとの出会い
歩いて10分ほどかかった距離を、5分ほどで駆け抜けて、私と女性は街道まで戻る。
街道に辿り着いた時には、私も女性も肩で息をしていた。
「ここまで来れば、もう大丈夫だろうさ」
「ありがとうございます……」
「大丈夫かい?」
「え?」
ホッとして気が緩んだせいだろうか。気が付くと、いつの間にか、頬を涙が伝っていた。
先ほどの恐怖を思い出し、今さらながら足がガクガクと震えてくる。
エレインとして生きて来た人生でも、前世の人生でも、経験したことのない恐怖。
私にのしかかってきた男の身体の重み、握られた手首の痛みが、生々しい記憶となって蘇り、涙を止めることができない。
安心したと同時に、「男に襲われた」という恐怖が現実感を伴って蘇って来る。
いつの間にか、私は、
男に打たれた頬も、ジンジンと痺れるように熱く
「ちょっと、待ってな」
「いやだ、……待って……一人にしないで……」
先ほどの恐怖から、思ってもいなかった言葉が口をついて出る。
「心配しなくていい。すぐそこの井戸まで行ってくるだけだよ。ここは、もう人通りもあるから大丈夫さ」
女性は、優しげな笑顔を浮かべると、私の肩に自らのショールを掛けて道端の井戸へと向かった。
戻って来た女性の手には、井戸水で冷やされた布きれが握られていた。
「ほら、これで頬を冷やしなよ。放っとくと、せっかくの綺麗な顔が腫れちまうよ」
「ありがとうございます」
私は、女性から手渡された布で、痛んだ頬を冷やす。
熱を持った頬に、ひんやりとした心地よさが広がった。
「あの、あなたは……どうして、……どうしてあそこに……」
まだ、息が上がっているのと、動揺がおさまらないために、うまく言葉を紡ぐことができない。
随分と言葉足らずだったが、女性は質問の意図を察してくれたようで、私の問いに答えた。
「ああ、あの男は、この辺りではちょっとした有名人でね。うちの一座の若い娘も被害にあったことがあるんだ」
「そんな悪い男なのに……、どうして、どうして──誰も捕まえてくれないの? どうして、牢獄に入れてくれないの!?」
ここが、前世で暮らしていた「日本」という国だったなら──。
警察に被害届を出せば、捜索の上、捕まえてくれることだろう。しかし、女性の答えは先ほどまでの優しさとは打って変わって、すげないものだった。
「そんなの無理さ」
「どうして? どうして無理なの?」
「子どものような無理を言うんじゃないよ。決まってるだろう。相手は、お国の警備兵様だよ。こっちは、ただの旅の一座さ。あいつは、そういう根無し草みたいな女ばっかり狙って、襲ってやがる。相手が、貴族や大富豪のお嬢様じゃなきゃ、お国は何もしてくれやしないさ」
この世界の理不尽さに、私は下唇を噛む。
私も元は公爵令嬢とは言え、今は何の身分も持たない身だ。いや、それどころか魔女として、断罪されてさえいる。
声を上げたところで、誰も取り合ってなどくれないだろう。
そういうことなのだ。
これが、この世界の道理なのだ。
「あたしの名前は、カーラ。レガン一座という旅芸人の一座を率いているのさ。カーラ姐さんとでも、呼んでおくれ」
「あ、私は、エレインです……巡礼の旅をしています」
「エレインだね。ああ、そういえば……あんたの最初の質問に答えてなかったね。あたしは、さっき、あんたがあの男と一緒に歩いているのを、たまたま街道で見かけたのさ。気になったから、こっそり後を付けてたんだよ。そしたら、案の定──というわけさ」
カーラはおそらくジプシーやロマと呼ばれる存在なのだろう。
浅黒い肌に黒い髪。庶民にしては胸の大きく開いた派手なドレスを身に
背中には、リュートだろうか──弦楽器を背負っている。
そして、よく見ると、耳の先が普通の人間に比べて、横に大きく張り出しており、その先は尖っていた。
「もしかして……ダークエルフ?」
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