4 旅には危険がつきものです。……とはいえ、危険過ぎますでしょう!?

 男の示した横道に入って10分ほど歩くと、周囲の景色から建物が消えた。

 周囲は、木が生い茂る見晴らしの良くない雑木林である。

 背の高い木々で視界は遮られ、太陽の光も届かないため実際の時刻以上に辺りは薄暗い。

 辺りには、宿どころか人っ子一人見当たらなかった。

 近くに人の気配はなく、聞こえて来るのは、狼の遠吠えだけだ。


(やられた……。ステータス画面を過信しすぎていた。それに私……結構な美少女だったんだっけ。前世では、30歳過ぎのとうが立ったオタクだったから、“男性から襲われるかも”っていう警戒心をどこかに置いてきてしまっていたわ。まずい……、これはまずい)


 そう思った時は、既に遅かった。

 男は、ひらりと馬から跳び降りると、私の腕を掴んだ。

 そのまま私の腕を強く引くと、抱き寄せようとする。


「いや、やめて……、やめてください!」

「何、お上品な声を上げてやがんだよ。大人しくしろ、このクソアマが!」


 男の片手が、私の頬を打った。

 頬がジンと熱くなる。

 念のため、懐剣も隠し持っていたのだが、男に両腕を押さえられているため、取り出すことすらできない。

 男の手はがっちりと私の手首を掴んでいて、抵抗しても振り払うことができなかった。


(嫌だ、嫌だ! ヴィネ様に逢う前に、こんなところで、こんな男に犯されるなんて絶対に、絶対に嫌!)


 しかし、抵抗すればするほど、男は私の手首を握る力を強くする。

 男が足を払うと、グラリと視界が揺れた。

 私は、そのまま仰向けの状態で、地面へと押し倒された。

 男は、私の上に覆い被さると、下卑た笑いを浮かべながら、自身の顔を私の顔へと寄せて来る。

 男の臭い息が私の顔にかかった。


「へぇ~、汚いナリしてるが、こりゃあ、なかなかの上玉じゃないか。こりゃあ、得したな。これなら殺さないで、しばらく楽しませてもらった方がいいかなぁ」


 男は、ニヤニヤと品の悪い笑みを浮かべた。

 男の右手が、私のチュニックの首元にかかる。


(嫌っ、嫌よっ! 愛しいヴィネ様にお逢いするその日まで、私は貞操を守らなければならないのよっ!)


 私は男の身体の下からなんとか逃れ出ようと、右足と左足を交互にばたつかせながら、男の股間を蹴り上げようと試みた。


「おい、ふざけんな、このアマ、抵抗すんじゃねぇよ、バカ! 男の力にかないっこねぇだろうがよ」


 男の左手が、ドレスの裾にかかった。


(いや、やめて……!)


 半分、観念しかけて、両目を閉じたその時、私の上で、突然「ギャッ」と男が情けない声を上げた。

 男の身体の重みが、私の上から消える。


(――何?)


「痛ってぇ!」


 男の声に、私はおそるおそる目を開けた。

 私の横で男は自身の右手を抑え、苦悶の表情を浮かべている。

 近くには、石礫いしつぶてが転がっていた。


「くそっ! 誰だ、こんなことしやがるのは!?」


 立ち上がった男に、再び、石礫が飛ぶ。

 今度は、額に命中した。

 男は


「ギャッ!」


 と、またも情けない声をあげて、その場でもんどりうった。


「逃げるんだよ! 早く!」


 すぐ傍にある、灌木かんぼくの茂みの中から、女性の声が聞こえてくる。

 私は、声のする茂みに向かって一目散に走った。


「ありがとうございます!」

「礼はいいよ。早く! 急いで! 街道までこのまま走って戻るよ!」


 私は、女性に手を引かれたまま、街道を目指し無我夢中で走った。



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