5 聖カトミアル王国で実権を握っているのはジャンの父なのです
(しかし、「国外追放を言い渡さねばなるまい」と、ただの騎士団の団長でしかない、ジャンに言われてしまうとはね……。この世界、いやこの国、ゲームとは言え、やはりかなりおかしいのよね)
本来ならば、爵位とは“王”が家臣に対して与えるものである。
そして、騎士とは、王である君主に仕えるものだ。騎士は、王から領地を賜り、その領土を、武力をもって守るべき存在であるはずだ。
他の貴族の持つ領地や爵位を
国のトップに位置しているのは国王であり、本来、騎士とは王や国家を守るべき存在でしかないのだ。
しかし、聖カトミアル王国では、王よりも法王、そして修道会騎士団総長・ベルナール伯が絶大な力を持って、国を動かしている。政治的な実権を握っているのは、彼らなのだ。
ベルナール伯とは、ジャンの父にして、現宰相である。
聖カトミアル王国は、厳格な宗教国家だ。
1万年前に無からこの世をお創りになられたとされる、創造主ファシシュのみを信じる、ファシシュ教原理主義国家である。
しかし、この世界には、創造主ファシシュ以外の神を信じる異教徒もまた存在する。
もともと、修道会騎士団や聖堂騎士団は、そのような異教徒をこの世の中から駆逐するために編成された組織に過ぎなかった。
異教徒たちをすべてファシシュ教徒に改宗させれば、この世には
ファシシュ教徒たちは、そう信じて疑わない。
この真理を広め世界に平和をもたらすために、伝道師たちは、聖カトミアル王国を出て、諸外国でもこの教えを説いて回るのだ。
しかし、伝道師たちがそのように説いても、「はい、そうですか」と教えを信じて恭順する国ばかりではない。当然、周辺の国家の中には、その教えに従わない者たちも多い。
たとえば、魔王と呼ばれるヴィネ、ヴィネが統治するアヴァロニア王国の民たちも、その中のひとつだ。
こういった者たちが存在する限り、この世に平和など訪れるずがない。
聖カトミアル王国のファシシュ教信者たちは、
この世のすべてを、創造神ファシシュを信じる者だけが住む楽園としなければならない。
そのため、従わない者たちに対して聖戦を行うのが、修道会騎士団とその下部に組織される聖堂騎士団の役目である。
今から数百年前。
異教徒たちの国家に対して、聖戦を仕掛け始めた当初は、まだ聖カトミアル王国の国王にも、国民や騎士たちを統率する力はあった、と伝えられている。
しかし、何百年と聖戦を繰り返すうちに、いつしか、その力関係は逆転してしまった。
王家は現在も存続しているが、王はもはやただのお飾りに過ぎない。
文官の長として法王が位置しており、武官の長としては修道会騎士団総長が位置している。
特に、近年、修道会騎士団の持つ権力はすさまじく、実質、この聖カトミアル王国の実権を握り、動かしているのは、ジャンの父であるベルナール伯なのだ。
つまり、王は
ジャンは肩書きこそ、聖堂騎士団の団長でしかない。しかし、他の国であれば「第一王子」と呼ぶにふさわしい、大きな権力をその手に掌握しているのである。
実は、『聖なる乙女と光の騎士のマリアージュ』の攻略キャラには、王族も用意されている。
リュカ・アントワーヌ・ド・カトミアルという第一王子だ。
しかし、ほぼ王宮内に引き籠もっているキャラなので、まず遭遇すること自体がなかなか難しい。
「リュカとの出会い」という、中庭で偶然、王子リュカと出会うという最初のイベントを発生させること自体が、かなり高難易度に設定されているという仕様である。
ちなみに、リュカの口癖は、
「自分なんか……、どうせ何もできないんだ。僕なんて、ダメだ、ダメだ、ダメなんだ」
である。
すべてにおいて、正ヒーローであるジャンの対極にあるような存在だ。
ジャンが太陽なら月。
ジャンが陽なら陰。
本来、トータルで能力値は高いはずの人物であるが、「リュカとの出会い」イベントを発生させ、彼の心を癒し自信を取り戻してあげなければ、失意のまま王宮の奥深くで一生を終えるはずの人物である。
逆に、偶然性に多分に左右される「リュカとの出会い」イベントを発生させ、リュカ王子との恋愛ルートに突入すれば、王家は実権を取り戻しつつ、ジャンたち聖堂騎士団とも平和的な協力関係を築いていく、という方向のシナリオになる。
しかし、目の前のジャンとヴァレリーのイチャつきぶりから察するに、現在は、正ヒーローであるジャンとの恋愛ルートを忠実に辿っているようである。
ということは、現在のリュカは、ジャンにいいところすべてを持っていかれてしまっている不遇の人物として、王宮の奥深くに引き籠もっているはずだ。
現に、プレイヤーとしてではなく、公爵令嬢エレインとしてのこれまでの記憶を辿ってみても、王宮内の行事でリュカを見かけた記憶はほとんどなかった。
つまり、ここはベルナール伯が権力を掌握した世界だ。
国王の意思など関係なく、爵位の
今、ジャンたちの前で、私が自分を魔女と認めたならば、我が家の没落と国外追放は、もう決まったも同然、ということなのだ。
私は、もう一度、心の中で父母に侘びながら、ジャンに
「私は、爵位剥奪でも、国外追放でも、甘んじてお受けいたします……」
「わかった。では、正式に処分が決まり次第、追って伝える。しばらくは館で謹慎を続けるように」
「かしこまりました」
「しかし、爵位
ジャンの声にかぶさるように、ヴァレリーの鈴を転がすような、無神経な声が降ってくる。
「そうだわ。私、名案を思いつきました! エレイン様が無一文で困っていらっしゃるのでしたら、ジャン様が払って差し上げればよいではないですか? エレイン様はジャン様の“#元__・__#婚約者”でいらしたのですから」
「ああ、確かにそうだな。エレインは、“#元__・__#婚約者”だものな。ヴァレリーは、本当に優しくて気が利くな。それは、名案だ。ハハハ、安心するがよい。高額な診察代は、この俺様が代わりに支払ってやるとしよう。ありがたく思うがいい」
「そ……それは、ありがたく存じます……」
申し出はありがたいが、その押し付けがましい、上からの物言いに、私は思わず下唇を噛んだ。
そして、ヴァレリーの、さも「良いことをして差し上げたでしょう」といった、上から目線の微笑みも
(これが正ヒーローと正ヒロインって……おバカ過ぎるというか、キャラ設定クソ過ぎでしょ! このクソ
しかし、今の私は反論できる立場にないのだ。
目の前の、ヴァレリーにすべてを奪われた今となっては――。
「もう下がってよいぞ、エレイン」
「はい、かしこまりました」
これが、婚約者との今生の別れになるのだろうか。
昨日までの順風満帆な人生が、はるか遠くに感じられる。
ゲームの中では、この後、公爵令嬢エレインは二度とジャンやヴァレリーの前に姿を表すことはない。
ここからは、自ら、道を切り拓いていかなければならないのだ。
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