幕間 その頃、聖カトミアル王国では その1
聖なる乙女と光の騎士のマリアージュ
公爵令嬢エレインの異端審問を終えたジャンたち一行は、城に戻るとジャンの執務室へと向かった。
「エレインの処遇をどうするか」について話し合うことだけが目的ではない。
実は、それ以上に、為政者たちを悩ませる問題が、国内のあちこちで勃発していたのだ。
ここ最近、聖カトミアル王国では、辺境地域を中心に多くの魔物たちが
今日、魔物たちに襲われた村は、13。魔物の犠牲になった市民の数は100を超える。負傷者はさらに多く、1000を超えるのではないかと言われていた。
また、聖カトミアル王国の周辺諸国では、さらなる数の魔物たちが市民たちを襲っているという情報も聞こえて来ていた。
「これは、放ってはおけない。なんとかせねばならんな」
聖堂騎士団の団長であるジャンは、執務室で頭を抱えた。
聖堂騎士団は、周辺国家でファシシュ教に改宗しない蛮族の国家たちを平らげることが主な役目である。しかし、辺境の警備兵だけでは、魔物に対応しきれていない今、聖堂騎士団も動くべきではないかと考えていた。
魔物たちは、ふだんなら洞窟や森の奥深くに潜んでいる。人里まで現れるようなことは滅多にない。
冒険者と呼ばれる
その原因は、まだはっきりとはわかっていない。
しかし、この魔物たちの
ジャンはそう疑っていた。
「どう思う? ダミアン」
「どうやら、エレイン嬢の秘めし漆黒の力の封印が、いよいよ解かれてしまったようですね。だとしたら、その責任の一端は我々にあります。我々が彼女の、眠れる力を目覚めさせてしまったのです。これまで封じられていた力を」
「なるほど……。私が婚約破棄したことが原因で、怒りのあまり、エレインの魔力が暴走し、魔物たちが湧いて出て来てしまったというのか。エレイン……そこまで、私のことを愛していたとはな。しかし、許せぬ! いくら私のことを愛しているからと言って、自暴自棄になり、我が国の民たちを危険に陥れるとは、あまりにも身勝手ではないか!」
魔物たちによる惨事は婚約破棄以前から始まっている。
被害報告は、婚約破棄の以前から王宮に寄せられていたのだが、その辺りの前後関係はジャンの頭の中からすっかり抜け落ちている。ジャンの脳内では、自分の都合の良いように事実が塗り替えられているようだった。
「アンリは、どう思う? エレインは、あまりに身勝手ではないか?」
「ええ、そうですね。ただ、私はエレイン嬢一人がこの大惨事の原因とは、どうも思えないのですよ。あんなに可愛らしいお嬢さんに、ここまでのことができますかね。私は、どんなことがあっても、常に可憐な女性たちの味方でいたいものですから……。この件に関しても、エレイン嬢だけがきっかけではなく、魔王が一枚かんでいると考えますよ」
「魔王か……、エレインが、魔王と共謀し、魔物を人里まで召喚しているのではないか、ということだな? くっ、魔王め! ヤツは、この国を……いや、この世界を滅ぼそうと企んでいるのだな! くそっ!」
ジャンは、怒りにまかせ、執務室の机を拳で激しく叩いた。
「ああ。おやめください、ジャン様。剣を握る大事な御手で机を殴るなど……。御手を痛めてしまいます」
ヴァレリーは、ジャンの元に駆け寄ると、ジャンの手を取り、そっと撫でた。
「ありがとう。ヴァレリー。ヴァレリーにそうしてもらえると、なんだか、痛みが薄れていくようだ。さすが、聖女様の癒しの力だな」
「いえ、……そんなことはございません。私には、何の力もないのです。私に、聖なる力があれば……。今、魔物に苦しめられている民たちを救えるのに!」
「ああ、ヴァレリー……、なんとも美しい、あっぱれな心がけだ。我々は、これから辺境の魔物討伐へと向かう。そなたを置いていくのは心配だが、どうか、城の奥深くでその身を守っていてほしい」
ジャンの提案にダミアンも頷く。
「そうですね、今はまだ、終わりの始まり……これは、崩壊の序章に過ぎませぬが、聖女様の聖なる力が失われてしまったとなれば、この聖カトミアル王国の本当の終焉がやって来ないとも限りませぬ。どうか、ジャン様のおっしゃるように、城の奥深くでその大事な御身を守り、そこから、我々に加護の光をお分けくださいませ」
ダミアンの
「いいえ、私だとて、聖女として選ばれた身です。私が聖女だなどと、まだ信じられませんが……それでも、一人だけ、ぬくぬくと安全な城の中になど隠れてはいられません。もし本当に、私に聖なる力があるというのなら、私が傍にいることで、皆様のお力になれないでしょうか。どうか、私を魔物討伐の旅へと連れて行ってはいただけませんか?」
「ダメダメ。そんな、かよわい女の子を、危険なところへは連れて行けないよ」
アンリは、人差し指を立てて左右に振りながら、ヴァレリーの申し出を軽くいなした。
しかし、ジャンは天啓を得たかのような表情を浮かべ、急に立ち上がると、ヴァレリーの両手を強く握る。
「我々を助けてくれるのか、ヴァレリー!」
「え、ええ……私で、力になれるのでしたら……」
「そこまでの覚悟があるなら、いいだろう。聖女様の加護が得られれば……我々の未来は明るいはずだ。どうか、我々と共に……この聖カトミアル王国に、――いや、この世界に、光と平和をもたらしてくれないか? ヴァレリー!」
「ええ、ジャン様、喜んで!」
ヴァレリーは頷きながら、ジャンの手を強く握り返した。
* * *
――その頃、同じくラロシューの城内。
城の地下の、ふだんは食糧貯蔵庫として使われている一室の、そのまた奥に位置する隠し部屋。
狭く、薄暗い部屋の中で、男たちが数人、額を寄せ、声を潜めて話し合っていた。
皆、一様に仮面や覆面を付けて顔を隠している。
顔の下半分だけを上等の絹布で覆っている者もいれば、仮面舞踏会で付けるような仮面や、尖ったくちばしの付いた医師が付けるマスクで顔を隠した者もいた。
「計画は万事
「ええ、これでようやくサヴァティエ公爵を失脚させることができます」
「あの、小娘も一緒に片付けられそうなのは
「ふむ、確かに。サヴァティエ公爵には、跡継ぎ息子がいないから、どうせこの代で没落するものだろうと高をくくっていたら、あの一人娘が思いのほか
「聖女様のお働きにより、あの小賢しい娘も聖堂騎士団長から無事、引き離すことができましたな。これで、反修道会勢力に
「ええ、そうですね。さて、……魔物たちの召還は順調ですか?」
「準備万端です。周辺諸国に、種は撒いておきましたよ」
「では、次は伝道師の準備ですな」
「そうですね。聖女様たちは、こちらの思惑通り、辺境を目指して旅立ってくださることでしょう。次の種を撒いておかねばなりますまい」
「そうですな、火種の準備をするといたしましょう」
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