2 私の推しは魔王でした
私は、ベッドの中で、魔王ヴィネ・ド・ロマリエルのヴィジュアルを思い出してはニンマリと笑う。
腰まで届きそうな紺碧のストレートヘア、紫の瞳。
初登場場面では、仮面舞踏会で身に付けるような仮面で、顔を半分隠していた。
それでも、仮面に覆われていない顔の下半分だけで、十分にイケメンであることが想像できた。
空間移動できる魔王ヴィネは、何度か、ヒロイン・ヴァレリーの前に現れては、ヴァレリーをくどく。
攻略こそできないものの、他のキャラと同じように、正しい選択肢を選ぶことで魔王との親密度は上げることができた。
魔王との親密度が上がると、仮面がはずれるのだが、ヴィネ様のご尊顔を仰ぐことができた時には床を転げ回って悶絶したものだ。
「ジャンと作る世界は、本当に皆にとって、幸せな世界と言えるのか? ヴァレリー、私と共に作らないか? 誰もが皆、心から笑える世を」
「私を倒したとて何になる? この世界を崩壊させる火種は、別のところにある。そのことに気付いてはいないのか? ヴァレリー」
「光あるところに闇はできる。闇を作っているのは、光なのだ、ヴァレリー。強烈な光がなければ、闇も生まれはしない。闇がなければ光も生まれはしないのだ……私と共に来い、ヴァレリー」
(ヤバイ、魔王……尊すぎる……ツボなんですけど……!)
前世の人格が蘇った私は、魔王の台詞を思い出し、思わずヨダレをたらしそうになる。
そして、ヴィネ様の台詞を一身に受け止めているのが、あのヴァレリーだと思うと、本当に腹立たしくて仕方がない。
そう、私の、このゲームでの一番の推しは、なんと言っても、魔王ヴィネ様だったのだ。
生まれ変わった今、思い出してみても、本来、敵役として設定されているはずの魔王の方が、至極真っ当なことを言っていると思う。
ゲームがあらかじめ用意してくれたヒーローたちは、ジャンをはじめ、外見はともかく内面はちょっと残念なイケメンが多い。
先ほどの婚約破棄のシーンを思い出してみても、ジャンの残念な性格は際立っている。
衆人環視の中、婚約者に対して婚約破棄を言い渡したと思ったら、その途端、他の女とイチャイチャし始める男なんて、現実に生きていたとしたら、蹴り倒してやりたいほどムカつく存在ではないか?
いや、この世界では、現実にジャンは、生きているのだけれど。
常に自分が正しいと思っている俺様ナルシストのジャン。
ジャンの側近で、ジャンには忠実なものの、周囲には毒舌と厨二な台詞を吐きまくるダミアン。
将来の法王と目されているものの、ただのチャラい女たらしでしかない司祭のアンリ。聖職者なのに、周りに女をはべらせているって設定はどうなのよ……。
そんな残念なイケメンたちが攻略キャラとして揃う中、外見も内面も申し分のないイケメンが、魔王ヴィネ様だった。
前世の私は、ヴィジュアルだけではなく、内面的にも、魔王ヴィネ様に惹かれていたのだ。
しかし、『聖なる乙女と光の騎士のマリアージュ』というゲームでは、どんなに魔王との好感度を上げたとしても、魔王とラブエンドを迎えることはできない。
実に、クソゲー仕様である。
私以外にも、魔王推しのファンは多かったようで、SNSで、「魔王エンドのDLC求む!」の声は大きかったが、ついに実現されることはなかった。
いや、私が生きている間には、実現されることはなかった――
と表現するのが、正しいだろうか。
私が今、この『聖なる乙女と光の騎士のマリアージュ』の中に転生しているということは、前世の私は、もう亡くなっているということだろう。
どうやって亡くなったのか、はっきりとした記憶はない。
でも、なんとなくだが、想像はつく。
前世の私は、大学までは
子どもの頃から真面目に勉強を頑張って、志望大学にも無事入学した。
初めて挫折を感じたのは、就職活動の時だったと思う。
大学在学中に、激しい不況が世界中を襲った。何百社と履歴書を送ったけれど、私を正社員として雇用してくれる企業はひとつもなかった。
正規の雇用が見つからないまま、30代に突入し、アラフォーと呼ばれる年代も現実として見えてくると、もう何もかもがどうでもよくなってくる。
正社員としての職もない、彼氏もいない。
派遣社員として惰性で食いつなぐだけの日常。
私たち派遣社員は、アルバイトやパート職員たちと共に雇用の調整弁と呼ばれた。
災害や不況など、社会に何かあった時、真っ先に解雇されるのは私たちだ。
そうして、会社都合による何度かの解雇を経験するうちに、いろいろなことがどうでもよくなっていった。
令和と呼ばれる「日本」の社会に身分制度はない。それでも、見えない形で身分制度は存在していた。
『聖なる乙女と光の騎士のマリアージュ』の世界のように、王、公爵、平民というはっきりとした形の身分がないだけだ。
どこに不満をぶつけていいのかわからない閉塞感を抱えたまま、ただ年月だけが無為に、無情に過ぎていく。
――私はこのまま、死に向かって日々を無為に過ごしていくだけなのだろうか。
日々の生活に何の喜びも見いだせない日々の中、私に唯一、喜びと満足感を与えてくれたのが、ゲームだった。
乙女ゲームに限らず、MMORPG、アクション、FPS、TPS、ハクスラ、シミュレーション、MOBA、スポーツ、リズムゲームなど、あらゆるジャンルのゲームを、私は寝る間も惜しんで楽しんでいたのだ。
派遣社員だから責任のある仕事は任されないし、ほぼ毎日、定時で帰ることができる。
私は、定時で上がると自宅にまっすぐ帰り、おにぎりかサンドイッチなどの簡単な夕食を済ませる。
お弁当ではなく、片手で持てる食べ物を選んでいたのには理由がある。
おにぎりやサンドイッチなら、食べながらでもゲームができるからだ。
食べ終わるまでの、ほんのちょっとの間すら惜しんで、食べ物を頬張りながら私はゲームにログインし、日課をこなした。
職場での私は、なくてはならない存在ではない。
ただの派遣社員など、周囲の社員たちからたいして期待されてなどいないし、これぐらいのスキルの持ち主など、いつでも替えがきく人材だと思われていたことだろう。
でも、ゲームの中でなら――私は周囲から頼りにされていたし、求められてもいた。
そう感じられたし、生きていると実感できたのだ。
そんなふうに、日々、睡眠時間を削って、ゲームに明け暮れる毎日を送っていたから、身体的にも相当負担がかかっていたのだろう。
おそらく、過労死でもしてしまったのではないか。
深夜、エナジードリンクを飲み、眠い目をこすりながらゲームをしていた時、突然、胸が苦しくなり、意識が遠のいていったのはぼんやりと覚えている。
それが、前世の最後の記憶だ。
過重労働による過労死が社会問題となる中、仕事ではなくプライベートで、それもゲームで過労死とはあまりにも
(私が悪いんじゃない。世の中が悪いんだ!)
そんなふうに毒づくだけで、何ひとつ行動を起こせず、何も成すことができず終わった人生だった。
今、思い返してみれば、毒づくだけではなく、何かしらの行動を起こせば、未来も世の中も変わったのかもしれないが、今となってはすべてが遅すぎる。
できるとしたら、この新たな人生で、前世でできなかったことも含めてやり直すことだ。
今度の人生では、何かを成すことができるだろうか。
この世に生まれてからの私も、小さな頃からちょっと変わり者だったらしい。
他のご令嬢たちのように、ドレスやぬいぐるみ、お菓子など、一般的に女の子が欲しがるものを親にねだることがなかった。
ただ、本が好きで、居城の書庫に入り浸っては、読める本を片っ端から読んでいた子どもだったと聞く。
その頃の私は、当然、前世の記憶など思い出してはいなかったが、前世のオタク気質が影響していたのかもしれない。
あるいは、生まれ変わったこの世界を、ただ貪欲に知ろうとしていたのだろうか。
それとも、今度こそ失敗はしないと、小さな頃から勉強を重ねていたのか。
無意識の行動だから、その時の私が何を考えて、本を読みあさっていたのかわからないけれど、その時に身に付けた知識と、前世の知識が、これからの運命を切り拓くのに役立つと信じて、今は前に進むしかない。
大好きな、『聖なる乙女と光の騎士のマリアージュ』の世界に転生したということは、何かの意味があると考えてみたい。
とは言え、現状は婚約破棄に加え魔女としての嫌疑をかけられた状態にある。
前世以上に、今の私はあまりに過酷な運命を課せられている。
人生の選択をする画面で、ウルトラハードモードでも選んでしまったのだろうか。
転生する時に、難易度の選択を間違ったとしか思えない。
できれば、キャラ選択の時点からやり直したいものだが、あいにくとリセットボタンは見つからなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます