第一章 婚約破棄されたので魔王のもとに向かいます

1 私は悪役令嬢であることを思い出しました

 館に戻った私は、侍女たちの手厚い看護を受けたが、意識は混濁を続け、夢と現実を行ったり来たりしていた。


 ここは、首都にあるサヴァティエ家の邸宅である。

 父であるサヴァティエ公は領地のサンレンヌ城で暮らしているが、私は聖堂騎士団長の婚約者として首都ラロシューの館で暮らしている。


「ああ、なんて、おかわいそうなお嬢様……」

「一方的に婚約破棄を言い渡されるだなんて……ひどすぎますわ」

「しかも、魔女として断罪されるだなんて、これから、サヴァティエ公爵家はどうなってしまうのかしら……」


 夢うつつの中、侍女たちの嘆きが聞こえて来る。

 意識が 朦朧もうろうとする中で、私は不思議な記憶を思い出していた。

 それは、先ほどの婚約破棄の場面についての強烈な 既視感デジャ・ヴだった。


 私は、この婚約破棄の場面を何度も見たことがある。

 私は、かつて、この世界よりも、もっと科学の進んだ世界に生きていた。

 日本という国だ。

 時代は、「令和」と呼ばれていたと思う。

 その世界では、ゲームという娯楽があった。

 その日本という世界で、ゲームとしてプレイした記憶があるのだ。

 あの、婚約破棄の場面を。


 城の広間を背景にして立つ、ジャン。

 ジャンの立ち絵の手前には、台詞が次々と浮かんでは消える「メッセージウインドウ」がある。

 そこで、先ほどの台詞も見たのだ。


「エレイン・ド・サヴァティエ、私はそなたに婚約破棄を申し入れる」


 そう、プレイヤーとして、私は先ほどの場面を何度も体験している。

 ここは、前世でプレイした乙女ゲーム、『聖なる乙女と光の騎士のマリアージュ』の世界なのだ。


(だいたい、ゲームの世界に転生だなんて、そんなことあり得ないでしょう? というか、そもそも人間って転生するの……? いや、確かに異世界転生って、ジャンルは小説にもアニメにもマンガにもたくさんあった。あったけど、それってフィクションの世界の話じゃなかったの!? 本当に、転生とかしちゃうの?)


 そんな疑問の声も、自分の中から湧き起こってくるが、実際、そうとしか考えられないのだから、やはり受け入れざるを得ない。

 おそらく、婚約破棄と断罪という事件があまりにも衝撃的過ぎたのだ。

 それによって、脳に何らかの異変が起き、前世の記憶を思い出したというところではないか。

 前世を思い出したのでなければ、気を失って倒れた時に、頭を打った衝撃により、私は気が狂ってしまったのだ。


 そして、もうひとつ大切なことがある。

 先ほどの場面は、ゲームのヒロインである「聖なる乙女・ヴァレリー」をいじめていた「悪役令嬢・エレイン」が婚約破棄を言い渡されるという場面なのだ。


 私は、悪役令嬢のエレイン・ド・サヴァティエなのである。


 『聖なる乙女と光の騎士のマリアージュ』のヒロイン、ヴァレリー・フルニエは身分こそ低いものの、天真爛漫、誰にでも分け隔てなく優しく、誰からも愛される少女だった。正義感が強く、創造神ファシシュへの信仰も篤いヴァレリーは、ある日、神から「聖なる乙女」として選ばれる。世界のあちこちで戦いの絶えることがない、この暗黒の世界に、この世の闇を切り裂き、平和をもたらす聖なる存在として、神から選出されるのだ。

 「聖なる乙女」であるヴァレリーからの純粋な愛を受けた騎士の剣は、この世を滅ぼす魔王を切り裂く聖剣へと変わる。

 ヴァレリー、彼女と愛を交わした騎士、そしてその仲間たちは、愛の力で魔王を滅ぼす。そして、この世には神ファシシュの加護に包まれた平和が訪れるのだ。

 ゲーム序盤において、そんなヴァレリーの行く手を阻む邪魔者が、公爵令嬢エレイン・ド・サヴァティエである。


――つまり、私だ――


 公爵令嬢エレイン・ド・サヴァティエは、婚約者であるジャンと親しくするヴァレリーのことを快く思わず、ヴァレリーをことあるごとにいじめ抜くのだった。

 とはいえ、ゲームの中で、エレインがヴァレリーをいじめたと言えるほど具体的なエピソードは描かれていない。


「誰にでもいい顔をするのは、誤解を招くことになりかねませんわ。あなたのためにも、相手のためにもなりませんわよ」

 

 と、注意をするシーンは確かに存在していたと思う。

 しかし、それって正論ではないのか?

 それに、婚約者のいる男に近付いて、しじゅうイチャイチャしていたとしたら、もっとどぎつい報復を受けたとしても、仕方がないと思う。それは自業自得ではないのか?

 プレイしながらも、そんな疑問を抱いた気はする。


 が、なぜかその辺りはゲーム内で言及されることなく、さりげなくスルーされていた。このシナリオ展開は、「乙女ゲームとしてのお約束」ということなのだろう。

 ヒロインは、攻略対象の男性と好感度を上げる。

 好感度が上がり、さまざまなイベントをクリアすれば、何があろうとハッピーエンドだ。

 ヒロインは正義。ヒロインがハッピーエンドに向けて突き進むのであれば、悪役は婚約者を奪われて、没落ルートを辿る。

 あれよあれよという間に、エレイン・ド・サヴァティエは魔女として断罪されてしまうのだ。

 それが、先ほどの婚約破棄・断罪イベントである。


 そして、なぜかこの婚約破棄・断罪イベントは、ジャン以外の男性キャラを攻略する際にも発生するのである。

 乙女ゲームであるからには、ヴァレリーの攻略対象キャラは、ジャンの他にも複数設定されている。

 私に対して、蕩々とうとうと罪状を読み上げてくれたジャンの側近、ダミアンもその一人だ。他に、聖堂騎士団の団員で司祭でもあるアンリ・ド・イスマエルなんていうキャラもいたはずだ。

 乙女ゲームらしく、いずれも見目麗しく、個性的な攻略対象キャラが複数用意されている。

 基本的に、正ヒーローであるジャンの周囲に攻略キャラは設定されているため、おのずとジャンの婚約者であるエレイン・ド・サヴァティエは、どのルートでも登場することになる。


 ジャンを攻略するのに、もともとの婚約者である、私、エレインが邪魔だから婚約破棄・断罪イベントが発生するというのは、まあ、理解することが可能だ。

 ヒロインであるヴァレリーがジャンとのハッピーエンドを迎えるには、婚約者である私は、あくまでも邪魔者だ。いじめてもいないのに、呪ってもいないのに、なぜか罪をきせられて、婚約破棄されるというのは、まあ、多少――いや、かなりご都合主義ではあるが理解はできる。

 エレイン本人の立場としては、“百歩譲って”ということにはなるが、理解できないことではない。

 しかし、このゲームの場合、ジャン・ルート以外を選んでも、「悪役令嬢・エレイン」との婚約破棄イベントが発生するのだ。

 ヴァレリーが聖なる乙女として魔王を倒し世界を救うという、大団円シナリオがあるため、魔女として、敵役として、「悪役令嬢・エレイン」という存在が必要だと、シナリオライターは考えたのだろう。

 つまり、大団円ルートだろうと、誰との恋愛ルートであろうと、


――必ず、「悪役令嬢・エレイン」は魔女として断罪される――


 のである。


 どう考えても、今後、私が魔女として烙印を押されることと、サヴァティエ家が没落するというイベントだけは避けようがない。


(どうせ魔女として断罪されるなら、魔王のところに行ってみよう……)


 私は、そう決意したのだった。

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