2 婚約破棄を言い渡されたので魔王の妃を目指すことにしました

「ダミアン、エレインの罪状を読み上げろ」


 ジャンは、聖堂騎士団の副団長、ダミアン・ド・モンティレに命じた。

 自身の側近でもある、隻眼せきがんの騎士である。


「はい」


 ダミアンは用意していたと思われる羊皮紙を懐から取り出す。


「エレイン・ド・サヴァティエは、ことあるごとにヴァレリー・フルニエ嬢に対して、悪意を持った発言を繰り返し、糾弾きゅうだんすることで、ヴァレリー嬢を精神的に追い詰め、ヴァレリー嬢が宮廷にいられなくなるように画策かくさくしたと思われ……」


 いや、私は「誰にでもいい顔をするのは、誤解を招くことになりかねませんわ。あなたのためにも、相手のためにもなりませんわよ」と注意をして差し上げただけだ。

 それを、「精神的に追い詰め」と言われてしまうなんて。

 糾弾なんてしていない……!

 そう反駁はんばくしようとしたところで、さらに耳を疑う罪状が聞こえて来る。


「ヴァレリー嬢は、この聖カトミアル王国、ひいては、この世界を救うべくこの世に使わされた、創造神ファシシュの代理人、聖なる乙女である。その聖女ヴァレリー嬢を、エレイン・ド・サヴァティエは、悪魔を召喚しては夜毎に呪っているとの密告が多数なされている」


 聖女!?

 悪魔を召喚?

 呪う……?


 いきなり、覚えのない罪状を読み上げられ、私は思わず唖然とした。

 確かに私は、修道会の方々や修道騎士の方々ほど、創造神ファシシュへの信仰神は篤くないかもれない。

 しかし、悪魔を召喚だなんて……。

 いまだかつて、行った覚えがない罪で、糾弾されている。


「ヴァレリー嬢、このことについて、もう少し詳しく教えてはくれないか?」


 ジャンがヴァレリーに問う。

 いつの間にか、ヴァレリーはジャンのすぐ傍、指一本分ほどの距離で寄り添うように立っていた。


(そこは、本来なら婚約者である私の立つ位置ではないのか?)


 そう突っ込みたい気持ちを抑えながら、私はヴァレリーの返答を待った。


「いえ、エレイン様は何も悪くないのです……、ただ……、魔王とお話しされていらっしゃいました。それと、黒猫を……悪魔の使いと言われる黒猫を……可愛がっておられるところを見た……だけです……」


 え……、それって……?

 誰にでもいい顔をするヴァレリーのところに、魔王と呼ばれているヴィネが現れて、くどいているところを、私が間に入って助けた時のことを言っているの?

 黒猫は、確かに、悪魔の使いだと言われているけれど、「ただ毛色が違うだけで差別するなんておかしいじゃない?」と、そう思ったから、ヴァレリーには正直にそう伝えたことはあるわ。


 だって、ヴァレリーは、黒猫をいじめようとしていたから!


「本当なのか? エレイン? そなた、魔王と通じて、ヴァレリー嬢を呪ったのか? ……もしや、この聖カトミアル王国の転覆を狙っているのではないか? この世を滅ぼそうと思っているのではないか!?」


(黒猫を庇っただけで、なぜ、そこまで話が飛躍するんですの!?)


 私の心の声に反するように、周囲の人々はざわめき立つ。


「エレイン様が……魔女?」

「聖女様を呪うなんて……エレイン様……」

「エレイン様が、魔王と共に世界を滅ぼそうと……」


 ヴァレリーが聖女だというのも初耳だったのだが、なぜか、話は私の想像を超えて、どんどんと飛躍していく。


「エレイン……ああ、本当に、残念だ……」


 ジャンが、口惜しそうに唇を噛む。


「私は、婚約破棄だけではなく、君を魔女として断罪しなければならない……。ああ、それが聖堂騎士団長としての務めなのだ、許してくれ、エレイン」


 自らの台詞に酔うように、苦悩の表情を浮かべ、髪を掻きむしるジャン。

 ヴァレリーは、ジャンのサーコートを、指先でちょこんとつまんで、


「ああ、ジャン様は何も悪くありませんわ!」


 と、自らも苦悶の表情を浮かべて見せる。

 目尻には、涙までにじんでいた。


「ヴァレリー、君は、なんて優しいんだ! さすが聖女だ!」

「そんなことございませんわ、ジャン様。ですが、私を聖女と認めてくださるのならば、一言、言わせてください。エレイン様へのご処分……どうか、ご慈悲を。慈悲深い処分をお願いいたします……」

「自らをおとしめた女に対して、そこまで……寛大になれるというのか、ヴァレリー、君という人は……本当に……」


 周囲にいる数多あまたの人間を差し置いて、ジャンとヴァレリーは二人だけの世界を創り出している。

 ああ、そういうことだったのか、と、合点がいった。

 私も、他の淑女たちと同様、この天然の“人たらし”であるヴァレリー嬢に婚約者を取られたのだ。

 そのあげく、魔女として断罪されたのだ。


「エレイン、そなたの処分は追ってくだす。しばらくは、自宅で謹慎するように」


 ついさっきまで婚約者だったとは思えないほどの冷たい声音で、ジャンが私に告げる。


「ああ、ごめんなさい、エレイン様……まさか、こんなことになるだなんて……私、思ってもみなかったのです……」


 子ウサギのような脅えた瞳で私を見つめ、震えるような声でヴァレリーが詫びる。


(ああ、ったく、胸くそが悪いったらないわ! こいつら、一度……いや何度でも、ぶち殺してやりたいんですけど!)


 私らしくもない下品な言葉が脳内に浮かぶと同時に、急に目の前が暗くなる。

 意識を手放しそうになったその瞬間、私はすべてを思い出した。

 ここは、私が以前の人生で夢中になってプレイした乙女ゲーム、『聖なる乙女と光の騎士のマリアージュ』の世界なのだ。

 そして、私は、悪役令嬢のエレイン・ド・サヴァティエなのである。

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