ガスフレアリング
「ガス…なにそれ?」
訊き返すあかしに言い換えで対応した。
「ガス抜きよ。石油施設とかでどうしても余分なガスが発生するの。リサイクル費用が掛かるから可燃物は燃やしちゃう」
みとりはステイながみね界隈のポルターガイスト現象が怨念のガス抜きであろうと推測した。ベトナム戦争中は留学生、戦後はその伝手を頼った
「そいつらが異郷の鬼を連れて来たってこと?」
「まだ、わからない。そんな単純な話だと思わない。あかしのお母さんは…」
子供がどこかで騒いでいる。
「また、だわ」
みとりは耳をそばだてた。
「あそこにいるの?」
あかしが東の方角をさして言った。「なんか…子供用のアパートみたい…よく知らないけど…」
しどろもどろに応えるその瞳にオレンジ色が揺れている。
鬼火だ。みとりは咄嗟に身構えた。そもそも虹京都にそんな物件はない。
よく見ると、子供用のアパートではなかった。真ん中に大きく穴の空いた家に小さな女の子が遊んでいた。
「えっ。あの中に子供が?」
炎は窓枠から柱を伝い屋根にのぼる。そして梁が崩れ始めた。
「ヤバい奴じゃん」
あかしは脊髄反射を理性で押さえつけた。普通に考えれば火事である。しかし心霊に下界の常識は通用しない。
しかも、妙な光景を目撃していたみとりが、少し固まった。
「ねぇ……あなた。ここに住んでるの?」
小学校低学年ぐらいの少女がゆっくりと燃え盛る家から歩み出た。まっすぐこちらに来る。
おそるおそるあかしが声をかけた。
「そうよ、でも住んでるわ……」
女の子は断言した。
「……。」
人外であることはわかっている。しかもまだ幼い。
あかしは考えつつも手のひらを見続けた。
「あなた、帰る
「……」
あかし、考える。これは見かけより強力でやっかいだ。
みとりはしかたなく少女を看取ろうとする。
「あの、いつまでここにいるの? 天国に行かせて頂いてもいい?わたしたちが
すると少女はここに住みたいと強請った。
爆発炎上するアパートは文化住宅から木造平屋に変わっていた。そして大きく殴られたようにひしゃげている。あきらかに物理的な外圧が加わっている。それも非日常の力だ。例えば、爆弾。
みとりが首を傾げた。ベトナムの戦没者が日本に迷い出てくるだろうか。建物のつくりは明らかにモン族の特徴がある。
「単なる地縛霊のたぐいじゃない、」
あかしがじっと見つめる。そしてスカートのジッパーを降ろしてブルマの後ろポケットからシルバーブリットを取り出した。
スカートのホックを留め直し、裾をあげて太腿のホルスターから銃を抜く。
「これ一発でどこへでも逝けるわ。どこに。どこ逝きたいの?」
「私はここから離れられない」
そう答えた時、あかしが手を挙げて制した。
「あの宿の人たち、避難さなくちゃ」
「どういうこと?」
みとりはぴたりと地面に伏せ、狙いをステイながみねに定める。
「あの建物がただ民泊じゃなくて
虹京都に定住しているベトナム人が鬼月に親族を呼び寄せる施設である。それはたやすく導かれる。問題はガスフレアリングだ。なぜ鬱憤が溜まるのだろう。
「怨念じゃなくて
あかしは推測を補足した。鬼太鼓は京都の伝説だ。酒吞童子を太鼓で追い払ったという。ベトナムの少数民族にも厄除けの鬼太鼓がある。定期的に溜まった悪運を打ち払うのだ。
ステイながみねが定期的に発する騒音は鬼太鼓の可能性が高いとあかしは言う。
「だったら、この子は…?!」
みとりは言葉を区切った。
宿坊界隈に固執し魔除けに勤しんでいる。
「…座敷童よ」、とあかし。
すると彼女は頷いた。
「私はもうずっとあの建物に住んでいる。お金は持たされていない。それに、学校に出かけたり、友達を連れて遊びに行ったりしてない」
少女の口調は厳しかった。
三途の川を渡る冥銭は六文だという。座敷童は無縁のものだ。
「貴女がステイながみねの守護神であることはわかったわ。だけど、鬼に見つかったらどうするの?」
あかしは懸念した。望郷の鬼と座敷童の戦力差は未知数だ。
「殺す」
「え…………」
「私も鬼の一種だ。鬼だけが鬼を殺す。ただ、全ての鬼が悪か分からない、時には鬼も人間の味方だ」
少女が言い終わらないうちに、みとりは言った。
「あなたは鬼なんかじゃない。人間なんだ。鬼を守ろうとしたり、守りたいと思ったりしている人間なんだ!そして、私はあなたの思い描く正義の味方なんだ!」
あかりが驚いたように座敷童を見返した。その目はまんまると腫れた頬に貼り付けにされていた。
「鬼は人が作った。だから私があなたを守るから、お願い。心まで鬼にならないで。貴方は本当は鬼じゃないのに、お願い」
みとりが言う。
座敷童をここまで追い込んだ原因は何だ。はっきりしている。戦争だ。
積もり積もった復讐の連鎖が戦後日本の観光地で憎悪の渦を巻いている。それがガスフレアリングの正体だ、とみとりは教えた。
「異郷の鬼というのはたぶんそれ。私も心まで鬼じゃない。だから、人の業から鬼を守れる!あなたが鬼じゃないなら、守って見せる。そして、約束して。護りたい気持ちが募るあまり、悪鬼にならないで。お願い」
少女が目を大きく開いて私を見上げた。
「あ、ありがとう」
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