鬼月


民泊「ステイながみね」は煙に包まれていた。回転灯で紅白交互に照らされている。石畳が滝の様に濡れ、ホースが路地の奥まで這っている。避難民とすれ違いざまに訊かれた。

「あんた、看取り屋さんだろ」

男は依頼者だった。

「ええ、京終みとりはあたしですが」

戸惑いつつ身分証明書の提示を求める。嫌がらせや虚報を防ぐためだ。相手は真城潤ましろじゅん、被害者の会を纏めてる。

「警察も消防も相手にしてくれへんのや」

感情的な関西弁を交えて言うには数年周期でボヤ騒ぎが起きるが出火どころか被害すらなく行政が何度も立入調査や改善を勧告するものの、原因不明では改善しようがない。警察は立ち退きを勧めるが民事不介入が足枷になっている。

「お任せください…と言いたい所ですが、警察車両がごった返していては…」

京終みとりの管轄外だ。

「規制線が解けるまで待てません。妻が限界なんだ!」

真城の細君は十年来の精神疾患に苦しんでいる。

自業自得だ、とみとりは喝破した。「あなた、看病の息抜きと称して不倫したでしょ?」

潤はハッと息を吞む。介護疲れを和らげるため患者を短期入所させる制度があ

る。男と女がこれ見よがしに一泊二日のクルージングを満喫する図がちらつく。「職場仲間と旅行したっていいだろう。俺は下の世話までしてるんだ。それとボヤ騒ぎは関係ないだろ」

するとみとりが質問した。「外国の港に降りましたか?」

日本発着のクルーズ船は国内航路との競合を避けるためコースに外国の寄港地を含む規則がある。途中下船するしないは乗客の自由だ。

「三年前にベトナムに行った。べ、別に毎年、遊び惚けているわけじゃないぞ」

訊かれていない内容までべらべらと喋る。後ろ暗い証拠だ。みとりの眼がそう言っている。

「お、お参りに行ったんだ」

ベトナムの鬼月は日本の盂蘭盆会に当たる。供え物は施しと看做され、救済の祈願がかなう。そこをみとりは突いた。

「夜の街で撮ったでしょ?」

少女の瞳に面積の狭い生地が艶めかしく揺れている。激しく明滅しシャッター音が聞こえてきそうだ。

「ううっ…それとお前は関係ないだろう」

「まず鬼月のタブーを犯した。そして婚約まで破棄したでしょ」

看取り屋は何もかもお見通しだ。真城は異郷の鬼を連れてきてしまった。

窮鼠猫を嚙む。ついに真城は逆キレした。

「帰れ!俺のプライバシーを暴いて誹謗中傷しやがった。刑事告訴してやる」

物凄い剣幕に少女二人は這う這うの体で逃げ出した。


大通りまで走ってあかしの息が切れた。スカートの裾も気にせず欄干に腰を掛ける。

「あんなこと言っちゃって大丈夫なの?」

「宣戦布告も兼ねて煽ってやったの。そして謎の氷山が一角だけ溶けた」

ひょうひょうと答えるみとり。それによれば異郷の鬼はベトナムが深く関与しているらしい。

「もしかしてモッチャムの店も」

あかしが青ざめる。

「そうよ。誘われた。つか、正確には誘われてた。だから、あたしは乗ってあげたの」

「じゃあ、自作自演?」

「口の悪いおんなに言わせるとそうなる。でも、現実は違う。公園で飛んできたミサイルっぽい奴は燃えがらよ。鬼月の風習に送り火があるの。盛大に煙をたててね」

「――」

あかしの中で点と線がつながった。

「じゃあ、今のボヤ騒ぎも…」

「鬼の関与が疑われる。ステイながみねの宿帳を見てみたい」

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