鉄の女首藤さん

 同じ女性とは思えないパワフルさと言えば、首藤さん。数々の鉄人伝説を作ったまさに「鉄の女」と言われる女性会計士で、数少ない貴重な女性パートナー(監査法人で最上位の階級)のひとりである。地元でビッククライアントと言われる有名企業を数多く担当した女性会計士を引っ張る存在でもある。


首藤さんは、国立大学を卒業後、官僚になったが方針転換で会計士になった異色の経歴を持つ。旦那さんはいるが、事実婚で出産した時だけ籍を入れるスタイル。これは、監査法人あるあるだが、パートナーと言われる職階になると責任が重くなり、クライアントの不祥事や訴訟によって損害賠償を負う可能性がある。その際に夫婦別姓であれば、相方の財産を失わず最小限の損失に抑えることができる。そのため、パートナーの地位にある女性会計士は、事実婚が多い。※あくまで私の経験則です。


「鉄の女」と言われる数々の伝説は、まだ女性が少ない業界だからこその話である。印象的なのは、出産の伝説である。当時は、結婚で会計士を引退する女性も多かった時代である。首藤さんは、仕事を続ける選択をし、産休を取得したのだが、なんと出産後2週間で仕事復帰という驚異的な記録を作ったのだ。しかも、出産後すぐに入院部屋で仕事もしていたというタフさ!育休は取得せず、出産前と変わらずバリバリ仕事をしたのである。まさに「鉄の女」。


首藤さんの性格は、一言で言えば「裏表なし」とても分かりやすい。考えていることズバリ言うので、腹の探りあいをしなくてすむが、直球なのでダメ出しされるとモロにダメージが来る。しかも、人の好き嫌いがはっきりしており、お気に入りの部下は、必ず自分の下に配置し人事評価は満点をつけ、誰にも文句を言わせない。逆に嫌いな部下は、徹底的に攻撃をし仕事を干すという対応ぶり。


私の友人である野口さんはママさん会計士であるが、首藤さんから徹底的に攻撃を受けたひとりである。あるクライアントを担当していたのだが、前任の会計士が産休に入ったため年度途中で引き継いだ。そのクライアントの責任者が首藤さんであった。ある日、野口さんは首藤さんに呼び出され、

「来年から始まる新会計基準の検討、どうなってるの?」

と聞かれ野口さんは、

「先日引き継いだ時、まだ何も進んでないと言ってました。」

とありのままを答えた。すると首藤さんは、

「えっ。もう年度が終わるというのに、まだなの?あなた、もっと危機意識持ちなさいよ。」

野口さんは、驚きの余り返答ができなかった。いくら嫌っているとはいえ、数日前に引き継いだばかりで、そんな言いがかりはないだろうと。

徹底攻撃はこれだけにとどまらず、別のある日、人事面談で呼び出された際には、

「あなた、子供いるからって仕事をフルタイムでやらなくていい理由にならないからね。ママさんを理由に時短が許されると思わないでよ。」

と言われたのである。野口さんには保育園児が1人いるが、遠い実家から両親を呼び寄せ、子育てを両親と分担して仕事を頑張っている。できるだけ仕事に支障がでないよう最大限配慮しているのだが、何かが首藤さんは気に入らないのである。そのため、首藤さんの野口さんに対する人事評価はすごぶる悪く、職位階級では最低ラインであった。


このままでは首藤さんがとてつもなく、悪代官みたいになってしまうが、首藤さんのすごいところもある。担当したクライアントの会計処理の誤りを短時間で発見するのである。新しく担当したクライアントの財務諸表に目を通し、違和感のあるものを瞬時に識別し掘り下げると、10中8,9、誤りにたどり着くのだ。すぐさまクライアントに出向き、誤りを正すよう直球勝負に出る。クライアントとしては、誤りは誤りなので、弁解のしようもない。むしろ、見つけてもらったことに驚き感謝するクライアントもある。鉄の女の勘は鋭い。


 そんな首藤さんであるが、いつでも直球勝負なので社内でも嫌う会計士も少なからずいる。パートナーともなると、出世競争もあり女性は特にいばらの道である。どんな争いがあったかは下っ端の私には分からないが、戦いに敗れたか、裏表ない素直な性格のせいか、首藤さんはある時期から窓際族に追いやられ、地方の小さな事務所に左遷させられたのである。監査法人の出世争いはすぐに風向きが変わるので、ほんとに恐ろしい世界である。いつの日か、また首藤さんがグイグイいわせる日が来るのだろうか。

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