痛風の花輪さん

 私が監査法人に所属していたころは、会計士はブラックな業界で不健康な人が多かった。花輪さんもその一人である。当時はまだ30代だったのにすでに痛風持ちであった。春先やとっても寒い日、朝一で連絡がある。

「今朝起きたら痛風が再発しちゃって、とても仕事に行けそうにない・・・。」

話には聞いていたが、実際の経験者から話を聞くと本当に膝に猛烈な風が突き抜けるような、とてつもない痛さで歩けないらしい。ということで、急なお休みになることが年に数回発生し、私がピンチヒッターとして現場に登板することもしばしばであった。

 

 花輪さんが若くして痛風になるのも、ちょっとしたお坊ちゃま育ちも関係しているのでは、と個人的に思うのである。花輪さんのお父様は、この地方では有名な企業の社長さん。絵に描いたような大きなお家で育ち、そして好きな食べ物はラーメンと森永のミルクキャラメル。仕事には電卓を忘れても、森永のミルクキャラメルは絶対忘れないという感覚の持ち主。四六時中、キャラメルをなめなめ仕事をしているのである。私は下町庶民であったから、安価なグリコのキャラメルしか買ってもらえなかったが、キャラメルと言えば、森永のミルクキャラメルほどおいしいものはない。花輪さんは、このキャラメルを幼少期から欠かしたことがないらしい。


 痛風なので、医者から脂っこいものや甘いものなど控えるよう注意されているのにも関わらず、ランチには好んでラーメンやとんかつ、中華といったデブの王道をチョイスする。会計士仲間から、

「花輪さん、また痛風が悪化しますよ。」

「お医者さんに言われてるんですよね。また苦しい思いしますよ。」

と助言されるのだが、当の本人は、

「いやいや、今日は特別。体調もいいし、明日から控えるよ。」

というのが毎日のやり取りになっている。だから痛風持ちと言えるのだが。


 花輪さんは、もともと一般企業のサラリーマンだったが、一念発起して会計士を目指し3年間勉強の後、合格した社会人経験者の会計士である。その勉強法が独特で、監査六法という弁護士でいう六法全書にあたる会計に関する法律をまとめた辞典のような本があるのだが、この監査六法を1ページ目から写経のように書き写し、一言一句声に出して読むという苦行のような原始的勉強法で合格したのだ。

 通常は、専門予備校に通い、学校がまとめたテキストで効率的に勉強するのが主流なのだが、花輪さんの勉強法を聞いて、思わず「お寺の修行僧か。」と言ってしまったのを昨日のことのように思い出す。


 そして、花輪さんの最大の弱点といえば、「肩書にすごぶる弱い」ということである。ここまでか!と思うほど、肩書に弱い。会計士は相手が社長であろうと、どんなにお偉い方であろうと、懐疑心を持って一方に偏ることなく会計基準に照らし適正に判断することが求められる。なのに、花輪さんは、クライアントの社長さんや役員さんなど肩書を持った人が言った言葉を、何の疑問も持たずに受け入れてしまうのである。なにせ、お偉いさんに会っただけで、顔を真っ赤にし、しどろもどろになってしまう。

 監査上、会社の経営計画や今後の見通しについて、合理的かどうか、無理がない計画かといった観点から、その妥当性を判断することが必要になる場面がある。それは、社長さんや役員さんに面談をしたうえで、その話の裏付けとなる数字、業界の状況や景気などを検討して総合的に判断するものである。だが、花輪さんは、社長さんと面談をして話を聞いただけでその計画が妥当だと判断するのである。


 とある日、事務所で作業をしていた私のもとに、監査チームの責任者から電話があった。

「悪いけど、先日の監査で花輪さんがやった調書を探してくれないかな。見つけたら電話くれる?」

「分かりました。」

こんな依頼は、決まって花輪さんがやらかしてしまった時である。

「もしもし、ありました。」

「何て書いてる?」

「安藤社長が10億円の売上アップを30分にわたり熱弁し、来期の計画目標として掲げている。自信を持って社長がおっしゃったので、この計画は妥当と判断する。。。」

「やっぱり。。。手間取らせたね。ありがとう。」

本人も肩書に弱いという認識があるのだが、この弱みはなかなか治せないらしい。何度か同様の失敗を繰り返し、監査チームの責任者もお手上げ状態で、以後、このような内容の仕事を花輪さんに任せることはなくなったのである。


 そんな花輪さんですが、勉強は熱心で、会計士には毎月専門マガジンが送られてくるのだが、その専門誌を必ず隅から隅まで読むことが習慣となっている。新しい会計基準が公表されれば、必ず目を通し理解する。・・・その成果をぜひ、監査現場に活かしてもらいたいと思うのである。



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