バーコードの本間さん

 よっしゃ、よっしゃでめくら判を押しまくり、最後は金融庁の処分を受ける寸前に退職に追い込まれた代表社員の本間さん。

その頭はまるで商品のバーコードのようであった。実年齢は若いのに、頭髪のせいか、定年間近のように見えた。最初に会ったのは採用面接で、当時の所長と本間さんが面接担当者であった。恥ずかしながら、当時の私は、誰が所長かも知らずに面接を受けたのだが、見た目で若い所長を下っ端社員だと思い、ずっとバーコードの本間さんが所長だと思って、本間さんの方を見て受け答えをしていた。そんな面接だったのだが、その場で採用が決まり現在に至っている。当時会った頃の本間さんは、今考えると50歳前だったと思うと、だいぶ老けて見えていた。だがそのおかげか、クライアントからは、大大大先生といったところの待遇を受けていた。

 

 本間さんは、もともと外資系の監査法人にいたため、英語は堪能であったのだが、如何せん、本業の監査については全く知識の更新がされておらず、この近代において旧態依然の知識しか持ち合わせていなかった。しかし、そこを努力しようという意識はないらしく、部下が提案したことや同僚が言ったことなど、疑うこともなく、内容が間違っていようと、「そうか、そうか」と検討することなく受け入れてしまうのである。

 そのため、当然のことながら、監査を失敗しクライアントにも迷惑をかける結果となる。


 唯一の趣味と言えば、自宅の庭にある池で飼っている金魚である。金魚の話になると、誰も興味はないのだが、代表社員という立場を利用して「強制金魚講演会」が始まるのである。表向きはいかに金魚を愛しているか、といった内容なのだが、噂によると、弱った金魚を見つけると容赦なく網ですくい庭に放り投げるそうだ。言うまでもなく、その金魚はお陀仏となってしまう。噂が本当ならば、とても金魚愛好家と思えない行動である。


 数年前、この地方で比較的大きな企業不祥事が発生し、その監査を担当していたのが、本間さんだった。もっとも監査で企業不正を見つけること自体が難しいのだが、今回は企業の内部通報によって発覚した企業不正であった。

 事件発覚後、その企業の監査には、監査法人の多くの人員が動員され、不正がどのくらい影響しているか、過年度分を含めて検証する気の遠くなる作業が進められた。もちろん本間さんも責任者として現場に足を運んだ。

 しばらくは、監査法人内でもその企業の話ばかりになるのだが、案の定、過年度から本間さんは現場から上がってきた情報を、鵜呑みにし会計士に必要な懐疑心を持つこともなく、当然、検討することなく監査報告書にサインをしていたようである。

 今回の企業不正を発見することはできなかったとしても、会計士としてはずさんな監査だったと思わざるをえない。昨今、監査法人への風当たりは強くなっている。監査の在り方を考える時期に来ていると私は思う。


 ところで、本間さんは、この企業不祥事の整理がついたところで、自主退職している。監査法人ではあるあるなのだが、大きな企業不祥事になると、金融庁が正しい監査だったかかを調査して、監査を担当した社員に対し行政処分を行う。大手監査法人の場合は、ブランド毀損を懸念して、金融庁からの処分発表の前に担当社員が退職するのが通例である。

 社員クラスになれば、処分を受けたとしても、拾う企業が必ず出るので、本間さんも今は、とある上場企業の役付待遇で在籍している。さらには、息子さんまでコネ入社というおまけつき。


 そんなこんなで、監査法人の表裏をたくさん見てきた筆者は、自分らしい人生を求めて、権力世界から自由な世界へ旅立ちました。

 まだ本間さんは自宅の庭で金魚と格闘しているのだろうか。。。

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