お江戸でござる瀬川さん

 強烈な個性を放っていた瀬川さん。何といっても、その言葉が瀬川ワールドを醸し出していた。

「瀬川さん、おはようございます。」

「お主、朝早いのう、おはようでござる。」

「今日は一段と寒いですが、いいコート着ていらっしゃいますね。」

「お~、この外套か。これは先日百貨店で購入したものじゃ。この襟巻も一緒にな。」

「マフラーもいい色ですね。今夜打ち上げがありますが、参加されますか。」

「お~、せっしゃは、一応参加でござる。」

「そうなんですね。私は、久しぶりにビールでも飲もうと思いますが、瀬川さんはどうされるんですか。」

「左様でござるか。せっしゃは、赤葡萄酒にしようかと思う。」


 まるでお江戸のちょんまげ下級武士がタイムスリップしたといったところである。さすがに洋服を着ているが、絶対に横文字やカタカナ用語を使わない方針を貫いている。意図的に横文字に誘導するよう試してみるのだが、一度もトラップに引っかかってくれないのだ。

「瀬川さん、これコピーしましょうか。」

「お~、助かるのう。しからば、こちらの書類を2部複写してもらおうか。」


「私、サッカー好きで観戦によく行くんですよ。瀬川さんは、スポーツ好きですか。」

「せっしゃは、蹴球(しゅうきゅう)はやらんが、若いころは、十柱戯(じゅっちゅうぎ)とか庭球(ていきゅう)はよくやったな。」

さすが瀬川さんである。スポーツ用語を日本語に変換するスピードが速く、スルスルと言葉が出てくるのだ。これはホンモノのお江戸だ。

 不思議なことに、瀬川さんはかつて、世界中を放浪した経験があり、話を聞くといろんな国でたくさんの経験をしているのだ。その時はさすがに外国語で会話しているのだが、なぜ、いつからお江戸ことばになってしまったのか、誰も知らない。


 それに行動も変わっていて、クライアント先のお昼休憩で食事のあと、必ずみんなを巻いていなくなっているのだ。いつの間にか・・・。そして、午後の勤務開始時間にフラッと戻ってくるのである。どこで、何をしているのか誰にも分からない。

 さらに、仕事が終わりクライアント近隣の駅まで監査チームで向い、駅で解散する際にも、

「せっしゃはここでさらばじゃ。」

と言って、自宅とは正反対の方向に帰っていくのである。誰もその後の行動を知る者はいない。また、朝の待ち合わせでも、フラッと関係ない脇道から出てきたり、思わぬ方角から現れたり。

 こんな瀬川さんだが、実は某有名国立大学を出たエリートと呼ばれる部類で会計士試験も一発合格という華々しい経歴の持ち主なのだ。世の中はいろんな人がいて面白い。


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