ズラの長野さん

入所した初日、見た目のインパクトが強烈だったのが、管理職の長野さんである。ぱっと見ただけでズラがバレており、その0.1トンを超える巨漢も相まってすぐに覚えてしまった。冬でもズラと地毛の間から滝のような汗をかいている。


クライアントに行くため、タクシーを使うのだが、長野さんは必ず助手席に乗るので、車前方が沈んだ状態で走行するのである。しかも大量の汗をかくので、助手席の窓だけ曇ってしまう。


ランチをクライアントの方と一緒に食べることも多いのだが、お店の席に座るなりすぐに決まってクライアントの方が、

「長野先生、この店無料で大盛にできますよ。」

と、頼んでもいないのに親切迷惑な声かけをするのであるが、すると長野さんは、

「いいえ、私見た目ほど食べませんので。」

と言ってお断りするのが常である。


この長野さん、見た目は穏やかそうなのだが、実は陰湿ないじめっこなのだ。少しでも弱そうなヤツを見つけると、2人きりの時に無理難題な仕事を与えていじめるのである。


ある日、標的にされた岩田さんが、長野さんと監査現場で2人きりとなり、仕事内容にいちゃもんをつけられ、最初からやり直すように命じられたのだ。もう限られた時間しかないのを、あえて狙ったかのように。気の弱い岩田さんは逆らえず、半ば徹夜で作業することになった。


 この陰湿ないじめを知り、岩田さんの同期である垣田さんは反撃に出るチャンスをうかがっていた。そして偶然、助っ人で長野さんの監査チームで仕事をする機会を得たのだ。

 その日監査現場で垣田さんは、いつも通り仕事をこなし、長野さんの監査調書に目を通すと、ある監査調書のページで手が止まった。

「これは・・・。」

疑問を感じた垣田さんは、クライアントの担当者を呼びヒアリングをして、一通り状況を確認すると、

「なるほど・・・。」

疑問が確信に変わり垣田さんの目がキラリと光った。

「長野さん、この調書の記載、会計基準に反してませんか?ずっと隠してましたよね。これは上級審査案件ですよ。それに、会計士としてクライアントに指導的機能を発揮する、大事な使命じゃないですか。こんな仕事の仕方で、よくクライアントから報酬をもらえますね。会計士として失格ですよ。」

垣田さんは、長野さんの前に監査調書を叩きつけた。監査チームのスタッフたちは驚いた表情で視線は一気に長野さんに。長野さんは顔を真っ赤に、いつにも増して大量の汗をズラの間から流していた。持っていたハンカチはあっという間にぐっしょり。

「それは、あ、あの・・・。」

長野さんの目からみるみる涙が溢れ、汗と一体になり顔はずぶ濡れ状態に。あの巨漢の長野さんがとても小さく見えた。

「うぇ~ん。。。」

泣きながら長野さんは机の上の荷物を乱雑にかき集め、ごっそり抱えて部屋を小走り巨漢を揺らして去っていった。


 この話は、翌日あっという間に監査法人内に広まり、垣田さんは一躍時の人となった。いじめを受けた同期の岩田さんは、すぐさま垣田さんのもとへ行き、

「垣田、ありがとう。気持ちがスッとしたよ。いい同期をもってほんとよかった。」

と晴れ晴れとした表情だった。

 当の長野さんと言えば、所長から呼び出しを受け、みっちり絞られたあと、クライアントへの謝罪と膨大な監査資料の作成をすることとなり、この一件以後、巨漢が目立たないくらい大人しい存在となってしまったのである。




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