第2話 大好きなあなたと



 目が覚めると目の前には幼なじみの寝顔があった。とても心地よさそうな顔に手を伸ばそうとして止まる。


 幼なじみの静歌しずかちゃんとは家が隣同士で、幼稚園も小学生も中学校も高校も同じだった。


 だから大学も静歌ちゃんが行くところに合わせた。私の頭では受かるか分からないような所だったけど、静歌ちゃんに勉強を見てもらったりして何とか入学することができた。


 無事に大学生になることが決まり、私たちはルームシェアで同じアパートで暮らすことにした。


 最初は別々に暮らす予定だったけど、私は静歌ちゃんが傍にいないと不安で、そんな私を心配した静歌ちゃんがルームシェアを提案してくれて今に至る。


 ルームシェアといいつつ、いつも同じベッドで寝ている。


 私が内心、静歌ちゃんにどきどきしたりときめいたりしてることは秘密のまま。


 静歌ちゃんの肌はとても白い。よく美しい肌を透き通るような、なんて形容するけれど光を透かすような白さは羨ましくもある。白い肌を映えさせる長いまつげにさらさらの長い黒髪。


 物心つく前から知っているのに、何度見てもため息が出るほどに美しい私の幼なじみ。


 きっといつかは私とも離れ離れになって、好きな人を見つけるのかと思うと胸がきゅっとする。


 今は起きるまでその可愛い寝顔を見ていよう。まだ静歌ちゃんの寝顔は私のもの。


 しばらくすると、瞼がぴくりと動きゆっくりと瞳を開いた。


「おはよう、静歌ちゃん」


「⋯⋯⋯⋯おはよう、新菜にいな。今何時?」


「九時半だよ」


「んー、昼まで寝ようかな」


「まだ寝るの?」


「いいでしょ。眠いの」


 静歌ちゃんはもそもそと毛布の中に引っ込む。


「っあっっ!」


 そして私に抱きついて来たので口から変な声が出た。


「⋯⋯新菜、ちょっと細くなった?」


「少し痩せたかも」


「痩せたかもって、かなり細くなったよね?」


 俯くとこちらを真っ直ぐに見つめる静歌ちゃんと目が合う。どきどきしている。胸の音が聞こえていませんように。


「まだ、大学生活に慣れてなくて」


 というのは嘘で静歌ちゃんがいつ自分から離れてしまうか気がきじゃなくて、それがストレスになって体重を減らしている。


「そう。ならいいんだけど」


 静歌ちゃんはかつて病気で長い間、闘病していたことがある。そのせいもあってか、私の体や健康の変化には親よりも敏感だった。


「新菜も昼まで寝よ」


「え〜、せっかくだから出かけようよ」


「面倒くさい」


 体に腕を回されて強く抱きしめられる。


(静歌ちゃんのバカバカ、鈍感)


 こんな事をされて平静でいられないというのに、平気でしてくるのだからある意味残酷だ。


「新菜はもう少しお肉をつけた方がいいね。その方が柔らかくなって抱き心地も良くなりそう」


「わ、私の抱き心地なんて良くなっても静歌ちゃんの得にはならないよ」


「そう? こうしてると何か落ち着くから充分得になるけどなぁ」


 相変わらず呑気な様子で恨めしい。


「⋯⋯どうせ彼氏できたら私なんか構わなくなるくせに」


「どうして?」


「どうしても何も彼氏の方が大切になるでしょ」


「うーん、そうかな。新菜はどうなの? 彼氏ができたらもう彼氏のことしか頭になくなるの? そんなわけないよね。だって新菜、私がいなきゃだめでしょ」


 図星のど真ん中を刺されて顔が熱くなる。


「そ、そんなことはないけど⋯⋯」


「ないけど? 大学進学を決めた時に別の学校を選ばなかったのに? あげくにルームシェアを提案して断らなかったのに?」


「それはそうなんだけど」


 静歌ちゃんはニヤリといじわるそうな笑みで私を見ている。


「新菜は私がいないと寂しいんでしょ。いいんだよ素直になって。私も新菜がいないと寂しいから。だからこうしていつも傍にいるの」


 私の手を取ると静歌ちゃんは強く握りしめた。

 

 こんなことをされては益々、静歌ちゃんへの想いが強くなる。


「私がいないと寂しいなんて嘘だよ。そんなわけない。静歌ちゃんは私とは違う」


「うん。新菜と私は別の人間。だから違う。でもね、私だって寂しいと思うんだよ。ずっとずっと傍にいた新菜が離れることを考えたら、寂しくて死んでしまいそう」


 甘えるように私に頭を擦り付けて抱き寄せられて、鼓動が強く速く脈打つ。


「ほ、本当に?」


「今更新菜に嘘ついてどうするの?」


 静歌ちゃんの声音にからかっている様子はない。本気にしてしまいそう。本気にしたい。


「ふ、ふーん。そう。静歌ちゃんも。た、例えば寂しいなら⋯⋯。キ、キスとかしてみる⋯⋯?」


 何故か私は口からとんでもないことを発していた。どきどきしすぎて頭が変になったのかもしれない。我ながら大胆すぎて恥ずかしい。いざとなれば適当に誤魔化してしまえばいいか。


 静歌ちゃんは私から体を離してこちらじっと見つめる。真剣そのものな深く黒い瞳。


「そうだね。新菜とならしてもいいかも」


「えっ⋯⋯!?」


 思ってもみない返答に汗が流れる。


「新菜がいいなら、私はいいよ」


 唇が触れるすれすれまで顔を寄せられる。私の息は止まった。


「どうする、新菜」


「⋯⋯いいよ。私も静歌ちゃんなら」


 私はゆっくり息を吐き出すように呟いた。


「本当に? しちゃうよ?」


「⋯⋯うん」


 私は目を閉じた。


 そして唇に柔らかな感触が重なる。


 自分の鼓動で周りの音など全て消え去った。


「新菜、緊張してるでしょ。触れた瞬間すぐ分かった」


 静歌ちゃんの笑う気配がする。


「からかわないでよ」


「からかってるつもりはないけどな。新菜がそれだけ私に真剣なんだって分かったから」


 再び静歌ちゃんに抱きしめられる。優しく。


「新菜、大好きだよ。これからも傍にいていいよね?」


「もちろん。もちろんだよ、静歌ちゃん」


 私も静歌ちゃんをしっかりと抱きしめる。


「私、静歌ちゃんが好き。いつからかは分からないけど、もうずっと、ずーっと静歌ちゃんのことが好き」


「うん。ありがとう、新菜。私もね、新菜が大好き。病気と闘ってる時も、新菜がいたからがんばれた。新菜の傍にいたいから。離れたくないから、がんばれたんだよ」


「嘘⋯」


「嘘じゃない」


 静歌ちゃんはいつだったか『将来やりたいことがあるから私は死にたくない。ううん、絶対死なない。だから新菜、応援して。新菜が応援してくれたらもっとがんばれる』と私に言った。夢のために闘病するのだと思っていた。


「そうだ、新菜にはまだ話してなかったね。私があの時に将来やりたいと言ったこと」


「言われてみれば⋯⋯」


 何がやりたいのかは具体的には聞いていなかった。


「それはね、新菜と一緒にいること。新菜と沢山遊んで、色んな場所に出かけて、思い出をこれでもかってくらい作ること」


「静歌ちゃん⋯⋯」


「本当だよ。私はね、新菜以上に寂しがりやだから。新菜がいないとだめなのは私の方」 


「私も⋯⋯。私も静歌ちゃんがいないと嫌だ。静歌ちゃんがいない生活なんて考えられないよ!」


 思いの丈を私はぶつけた。 


「私たち、お互いにお互いがいないとだめ同士だね。だからこれからも一緒にいてくれるよね、新菜」


「うん。⋯⋯うん! いるよ、ずっと。静歌ちゃんと!」


 今日もいつもと変わらない日曜日が始まって終わるのだと思っていた。だけど、どうだろう。考えてもみなかった、けれども嬉しい日曜日になろうとしている。


「あの、静歌ちゃん。あのね」


「なぁに、新菜」


「わ、私と付き合ってほしい。静歌ちゃんが他の人のものになるのは嫌だ。だから私の彼女になって欲しい!!」


「うん。なる。新菜の彼女になる。私も新菜が大好きだから!」


 静歌ちゃんからキスをされる。


「大好き。大好きだよ、静歌ちゃん!」


 こうして私たちは幼なじみから恋人の関係になった。 



 

 静歌ちゃんがいたら私はこの先の未来に何があっても幸せでいられる。


 いや、幸せにならない未来なんてない。


 私たち二人が揃っていたら。

     

                         

                         

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