遥かなる賭け

『話題』が沸騰している。暗喩や比喩で無く文字通り話題が沸騰している。宇宙船の外は絶対温度一兆ケルビンの火の玉状態にある。の宇宙に棲む知的生命体がを認識しているために宇宙のありようがめちゃくちゃになっているのだ。ワクチン申し込み窓口に電話が殺到してつながりにくい状態ににている。そして電話回線が過熱して世界が炎上した状況に例えられる。時空探査船王道号が溶けずに済んでいる理由は松戸菜園が強引に船の立ち位置を定義したからだ。

「本船は研究所じゃ。混線した現状で唯一無二の探究者を溶かしてしまったら、だれが宇宙を理解するのじゃ?」

松戸菜園はぼうっとした球状の闇と対話している。そいつは高位存在ハイアーパワーの末端を名乗った。

『余の知ったことではないが、やらかした混乱収拾の責任を取ってもらおう』

彼が言うには松戸菜園の発明したAI議員が人間なみの認識力を得た影響で意識を持つ生物と持たざる無生物の境界が溶けてしまった。その結果、宇宙に埋蔵するすべての半導体が参政権を要求し始め暴動が起きそうだという。

博士は腕組みをしてフンフンと聞き流していたが、いきなり声を荒げた。

「ちょっと待て。それは放っておいてもいずれ進化の果てにそうなる。なぜシンギュラリティ―の後片付けがのじゃ?」

末端はギョロっと単眼を剥いた。『松戸博士。貴方の国民政党は傑作だ。宇宙デモクラシーの扉を開けた知的生命体は過去にいたが世界を分断できるAI政治家を発明した種族は君らだけだ』

末端の世辞は博士の不快感を募らせる。

「魂胆はみえみえじゃ。お前、宇宙の境界を溶かす力と彼奴の分断能力を用いて侵略戦争を企んでおるじゃろう。断る。悪のマッドサイエンティストにも倫理があるのだ」

博士は兵器転用のオファーを一蹴した。

『ぐぬぬぬ!下手に出りゃ舐めやがって。最初から強奪することもできたのだぞ。王道号の定義を今すぐ取り消してやろうか?!』

高位存在のわりに人間臭い奴である。黒い闇は真っ赤になって渦巻いた。

「剣客に穏便な交渉もあるものか。小鞠君、あれを持ってきなさい」

「いいんですか、先生?」

すっかり助手扱いの幕太が白衣姿でジュラルミンケースを運んできた。

『そ、それはなんだ?!』

末端が斜めに扁平する。「かまわん!開けるんじゃ」

小鞠が開封すると綿菓子のような雲が浮かんだ。内部に星がきらめいている。

『こっ、これはフェッセンデン博士の宇宙?!』

末端はこのアイテムの恐ろしさを知っているようだ。ある科学者が実験で創造したミニ宇宙だ。小さいながら本物の恒星が輝いている。

「フェッセンデンはフェッセンデンでも自爆装置ビッグバン付きじゃ!」

『わあ!ヤメロ』

末端が慌てふためく。博士は手元の押しボタンに指を乗せる。

「もう遅いわ。マッドサイエンティストに自爆装置はつきものじゃ」

『うわ、まて、早まるな』

「ええい、うるさい。最終兵器に自爆ボタンは仕様じゃ。自爆はロマンじゃ!」

いつの間にか松戸菜園の周囲に助手や宇宙船のクルーが集まっている。

『わあ!お前ら死ぬのは嫌だろ? わぁ、命だいじに』

右往左往縦横無尽八面六臂に飛び回る末端。

博士は一顧だにしない。

「狂科学者は振り向いてはいかんのじゃ。科学に犠牲はつきものじゃ。皆さんもご一緒に!」

松戸菜園はノリノリでギャラリーを煽る。

『だあああ! みんななかよく、せかいへいわ』

何言ってやがる。

「そぉれ! ポチっとな!」

自爆ボタンが押下された。

「「ポチっとな!!!」」





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