第4話 二人っきりの空間



 そして、数週間が過ぎそろそろ夏休みになろうとしていた。


「タツヤ。ヘヤ、ハイルトイイ」


 サラに呼ばれ部屋に入る。

初めて入るサラの部屋。殺風景だけど、少しだけ可愛い雑貨が飾ってある。


「ソレ、モールデカッタ。タツヤトイッショ」


 そういえば、初めて一緒にモールへ行ったとき何か買っていたな。


「コレミル。パパ、シャシン、トル」


 そこには、サラのお父さんが撮影したと思われる写真があった。

渡されたアルバムを開くと、見たことない風景。見たことのない色があった。


「これ、サラのお父さんが……」


 心を奪われるって言葉があるが、それを体験した。

初めて写真がきれいだと思った。


 日の沈む、真っ赤に染まった荒野。

どこまでも透けて見える、真っ青な海。

見ているだけで凍えてくる、凍った林。


 そして、その中にサラの写真もあった。

今よりも少しだけ小さなサラ。


「ソレ、ワタシ。カワイイ」

「そうだな、かわいいな」


 誰もいない二人っきりの空間。

そして、超至近距離で視線が交差する。

お互いの呼吸音が聞こえてきそうな、距離。

次第に高まる鼓動。


 サラは頬を赤くし、そっぽを向いてしまった。


「パパ、シャシンタイセツ。ニホン、ダイスキ。イツモ、ワタシヒトリ」

「よく日本に来るのか?」

「ニホン、クル。デモ、スグニカエル」

「そっか……」


 この日も二人で出かける。

そろそろ夏休み、近所でお祭りもあるし、花火大会もある。

今年はサラと一緒に花火を見る。そんな予感がしていた。


 ※ ※ ※


 夏休みに入り、学校がなくなった。

宿題もそこそこ、ほとんど毎日サラと遊んでいる。

サラは少しだけど日本語が読めるようになり、前よりも会話ができるようになっていた。


「サラ、来週花火大会があるんだ。一緒に見に行くか?」

「はなび。みたいです」


 予定が決まった。

早速母さんにその話をする。


「あら、花火大会ね。いいわよ、行ってらっしゃい」


 いつもなら小言を言ってくるのに、今回は何も言ってこない。


 そしてむかえた花火大会の日。

母さんはサラの家に行ってしまった。

俺は自分の部屋で時間をつぶす。

ソロソロ出かけないと、混むんだけどな……。


──ピンポーン


 やっと来たか。

玄関を開ける。


「ごめんなさい。まった?」


 そこには浴衣に身を包んだサラがいた。

隣には母さんが満足そうな顔で立っている。


「どう? サラちゃん可愛いでしょ?」


 サラの浴衣は白をベースに淡い色の朝顔が描かれている。

そして、濃い紫の帯と、髪を結ったところについている簪(かんざし)。

俺は早くも心を奪われたのが二回目になってしまった。


「まぁ、似合うんじゃない? うんうん、かわいいねー」


 はずかしいので、本当のことを言えない。


「ありがとう。はなびたのしみ」


 笑顔を俺に向け、その表情は天使のようだ。

サラは可愛い巾着と小さなバッグを持っており、出かける準備は完了しているようだ。

俺も特に準備する荷物はないので、早速花火大会に行く。


「いってきまーす」

「行ってらっしゃい。迷子にならないようにね。サラちゃんの事、くれぐれもよろしくね」


 二人で初めて混雑するイベントに行く。

駅に着き、電車を待つ。


「たつや、これ持ってきた」


 サラが持ってきたバッグから取り出したのはカメラだった。


「カメラ持ってるのか?」

「パパのかりてきた。おもいでにのこしたい」


 そうか、サラも記念に写真を残したいのか。

……サラはいつか帰国してしまう。

俺が絶対にいけない場所に。そして、二度と会うことはないだろう。


「よし、サラをモデルに俺がたくさん撮ってやるよ。カメラ貸して」


 俺はサラからカメラを借り、首からかけた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る