迷子の小鳥は脱獄王子に拾われて、兄奪還に挑みます!
依月さかな
1章 迷子の小鳥と脱獄王子
[1-1]小鳥、拾われる
物心ついた頃から、兄さんはいつも話してくれた。
◇ ◆ ◇
「ようやく追い詰めたぞ。もう鬼ごっこは終わりだ」
今のぼくは、まさに絶体絶命だった。
がさがさと枯葉を踏みつける音が間近に迫ってきて、思わず固唾を飲む。
近づいてくるのは複数の男の人。髪の間から見える耳は尖っていて、見間違いじゃなかったら、それは
樹木の太い幹が背中の翼に当たったのを感じた。もう逃げ道はない。
今の時代、ぼくたち翼をもつ民にとって、この世界はとても生きにくい。
世界には六つの種族が存在していて、最も危険とされているのは
村一番の物知りだった兄さんが言うには、
そして、彼ら
「動くな」
威圧的な短い命令。そのすぐあとに
足に見えないなにかが絡み付いてきて、動けなくなった。
心臓が凍る。
やだ、まだ死にたくない。
「ラベンダー色の髪に
目を鈍く光らせる男の人たちを押しのけて、薄青の髪の
手に持った書類を読み上げてるのかな。
よくわからないけど、ぼくだって素直に答えるつもりはない。
「さあ、知らないよ。おまえのような
「ふぅん?」
つったターコイズブルーの両目が細くなる。睨まれた、気がした。
背筋が凍ったと同時に心臓がぎゅううと締めつけられる。
「貴様のような鳥に口答えは許されていない。娘、イエスかノー、どちらかで答えろ」
とり、って……。
たしかにぼくたち
要するに、同じ人族として、ぼくのことを認めていないってことだよね。
そりゃそうだ。ヒトとして扱うつもりなら、ぼくみたいな女の子相手にこんな、寄ってたかって追い詰めるような真似なんかするはずがない。
あー、なんかムカつく。胃がムカムカしてきたっ。
「ふざけるな! ぼくにはミスティアっていう、両親からもらった大切な名前があるんだっ! ——あ」
勢いのまま言葉をぶつけると、ぶわっと、背中の翼が広がっていく感覚がした。
と、同時にさっきの言葉は失言だったと悟る。
しまった。ぼく、自分で墓穴掘っちゃった。
「間違いない、
あああっ、ぼくのバカー!
なんでもっと、兄さんみたいにうまく駆け引きできないかな!?
逃げようにも足を魔法で封じられてるのに、こんなの絶対に捕まるに決まってるじゃないか!
青い
こわくてこわくて、ぐにゃりと目の前が歪んだ。
やだ。
やだやだっ、まだ死にたくない。
こんなところで終わるわけにはいかないのに——!
誰か。
この際誰でもいいから。
ううん。
欲を言うなら、兄さんの話が世界の真実なら。
熱い魂を持った
どうか、ぼくを。
「助けて——!」
刹那。
視界の端で黒い影が横切ったような、気がした。
「伏せろ!」
知らない男の人の声。ぼくを取り押さえていた
直後、耳に突き刺さるんじゃないかってくらいのひどく大きな悲鳴が聞こえてきて、思わず身体が震えた。
むせるような臭いがしてくる。
獣を
だけど、この場合の血の臭いって。まさか。
目を開けると、深緑の森は壮絶な場所へ姿を変えていた。
足元の枯葉も木の枝や葉も、赤く染まっている。
よく見れば、ぼくの腕や服も真っ赤だ。でも痛くも痒くもない。
それもそのはず。これはただの返り血なんだもの。
ぼくを取り押さえていた男たちはもういなかった。
ううん、違う。いなくなったんだ。
ぼくのすぐ目の前に立ちはだかる、彼の手によって、葬り去られたんだ。
印象的だったのは、血に濡れた大剣を軽々と持ち上げる力強い腕だった。よく日焼けした肌はこのあたりであまり見ないような気がする。
まさか、と胸が高鳴る。
とても背の高い男の人だった。
背の中ほどに届く長い漆黒の髪をひとつに縛っていて、赤黒い染みのついた黒のロングコートを身にまとっている。
そしてぼくは、彼の丸い耳を見て、ひとつの答えにたどりつく。
彼は
ほんとうに、助けに来てくれた。夢みたい。
「……
「
ぶっきらぼうに答えてから、彼は両手で剣を握り、その切っ先を相手に向けた。
赤い雫が滴り、土の中へ染み込んでいく。
ぼくは剣の心得はないし、まだ
彼の身体から滲み出る鋭い殺気を感じ取ることはできた。
向けられているのはぼくじゃないのに、身体がふるえる。
いつまで二人は睨み合ってたのかな。
ふいに、枯葉を踏みしだく音が聞こえたあと、気配がひとつ消えた。
たぶん青い
彼は、ぼくの身の丈ほどもある剣を草の葉で乱暴に拭い、大きな鞘におさめた。そのあと、くるりと振り返る。
彼の顔は長い前髪で右半分が隠れていた。
鋭い印象をもつ左目は
「立てるか?」
地を這うような声だったのが、すっかり変わっていた。穏やかでとても優しい声。
つった左目を和ませて、ぼくに手を差し出してくれる。
「あ、あの……」
ありがとうって言わなくちゃいけないのに、うまく言葉が出てこない。
だって、まるで夢みたいなんだもん。
そんな夢心地でいたぼくを見てなにを思ったのか、彼は困ったように笑った。
うわあ、なんてきれいに笑うんだろう。
「見ず知らずの男が目の前に現れて、敵を真っ二つにしたんだ。そりゃこわいよな」
一刀両断、したのか。ぼくからは全然見えなかったけど。
座り込んだままでいたら、脇の下に手を差し入れられる。
彼は軽々とぼくの身体を抱き上げた。空を飛ぶ時みたいに、ふわりと身体が宙に浮く。
宝物を扱うように、そのあと彼はぼくをそっと立たせてくれた。
きっと、この時のぼくはまだ現実に戻ってきてなかったんだと思う。
ぼうっと顔を上げて見ていると、彼はにぃっと白い歯を見せて笑った。
「俺の名前はヴェルク。ヴェルク=ザレイアだ。おまえは?」
「ぼ、ぼくは、ミスティア……」
差し出された手に触れると、そのままきゅっと握られる。
まるで太陽みたいなあたたかな手だった。
「そっか。よろしくな、ミスティア」
笑った顔も日向のようにあったかい。
つられて笑うと、たまっていた涙があふれて頬につたっていくのがわかった。
変なの。死ぬほどこわい目に遭ったのに、どうして胸が高揚するんだろう。
ぼくはまだ、この世界のことをなにも知らないくらい未熟者で、恋の「こ」の字もわかっていなかった。
でもたぶん、この時から、彼に惹かれていたんだと思う。
これがすべての始まり。
ずっと憧れのヒーローだった
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