chapter2 全ての食べ物に感謝

 灼熱といえる昼のカスロット砂漠は、日が落ちれば、一転してその空気が変わる。

 まず、気温が氷点下――昼夜の気温差50度以上となる。


 空気中の水分が少ない砂漠では、雲もほとんど発生しないため、太陽光を遮るものがない。その結果、日中の砂は熱され、気温も同時に上がっていく。しかし、日が沈むと、放射熱により砂は一気に冷えることで、外気温も下がることとなる。

 マナが狂ったこの地において、寒暖差はさらに激しい環境にあった。


 だが、雲一つないカスロット砂漠の夜空は、満天の星が降り注ぐ。

 そして、昼夜を問わず、美しいオーロラが見える数少ない場所でもある。

 このカスロット砂漠の夜の美しさは、この西部地方でも有数な名所と言えなくもない。しかし、ここに観光目的でオーロラを見に来るのはぐらいであった。




 ――オーロラ。

 この大陸に住む者であれば、空にかかるオーロラの意味を知らない者はいないだろう。

 それは、“奈落の魔域シャロウアビス”と呼ばれる異界の裂け目、迷宮と呼ばれる発生の証となる。そこに巻き込まれ、生還できる者は、よほどの豪運の持ち主か、相応の実力を持った者に限られる。

 その発生原因は3000年以上前の魔法実験の失敗だとされているが、事の詳細を知るものはいない。

 ただ、そんな危険な代物が昼夜問わず発生しているこの砂漠の危険性は、推して知るべしであろう。




 そんなカスロット砂漠にも、オアシス以外で暮らす砂漠の民が少数ながらいる。

 砂漠に強い家畜を従え、点々とするオアシスにできた村や町の行商をしたり、新たなオアシスを求めてこの過酷な砂漠を行き来する砂漠の民。

 その中の少数民族である“ベドウィヌ”は、ラージャハ帝国の中でも、一風変わった文化を持っている。

 彼らの持つ特殊な染色と裁縫さいほう技術は卓越しており、カスロット砂漠に生える植物――主に、マナの影響を受けたレッドサボテンや薬草類を使用している。

 布や革製の衣服にあしらった独特の紅色の美しい文様は、微力ながら魔除けの力と熱に対する加護がある為、この帝国内では高額で取引されている。

 ただ、定住せず、砂漠のあちこちに移動するベドウィヌ族の衣服。ましてや、防具は流通されることがほとんどないため、本当に知る人は知る程度の知名度しかない。


 そんなベドウィヌの文様をあしらった革製の鎧をまとい、ぴょこぴょこと垂れたイヌ耳を揺らしながら、極寒の砂漠を一人歩いているのはアクルゥ・ベドウィヌという少女であった。

 彼女は、ベドウィヌの族長の娘であり、頭部に生えたイヌ耳から分かるように、獣人リカントである。

 太めの眉毛と目尻は少し下がっており、威圧感を感じさせない可愛らしい顔立ち。そこに、温和そうな口調が合わさると、この少女に対して「優しげ」「ほんわか」「ドジそう」「騙されやすそう」などといった印象を与える。

 口や柄の悪いガンマンからは「垂れアクルゥ」などと、悪口と言えなくもないあだ名で呼ばれることもあった。




アクルゥ・ベドウィヌ(以下、アクルゥ) (白い吐息を零しながら)これで、なんとか、列車に、間に合い、そう、です……。

GM さて、そんな風に急いでラージャハ帝国の首都に向けて、砂漠をまっすぐ歩いているアクルゥは、レンジャーで危険感知をお願いします。

アクルゥ え、わたし一人だけで!? (ころころ)うぅー、出目が低いです……。


(ヘレン (舌足らずな声で)あくるぅ、がんばえー!)

一同 なんか頭悪そう!?(爆笑)

GM えーと、ヘレンの応援のおかげか(笑)、不意打ちの事前察知に成功しました。

 アクルゥは、砂漠の地中に獲物を待ち構える生物に気づく。そして、砂漠の民であるアクルゥはそれが“サンドウォーム”だと分かります。



 *サンドウォームは、砂や土の中を移動するヘビ状の動物種。GMは、気持ち悪い外殻と鋭い牙をもった巨大なミミズをイメージしている。



アクルゥ (目を輝かせて)サンドウォーム! わたしたち砂漠の民の貴重なタンパク質ですね、ハイ!

一同 え!? 食べるの!!?(爆笑)

GM (目が点になりながら)わ、ワイルドぉー……。一応、ベドウィヌのイメージはアイヌっぽい感じなんですが(苦笑)。

アクルゥ (穏やかな顔で)わたしたちはこの過酷な砂漠の中で、全ての食べ物に感謝しながら生きているんです……。だから、いただきますっ!(合掌)

GM ヤな戦闘開始の掛け声だなぁ……(遠い目)。



 *常識枠(予定)のアクルゥ・ベドウィヌの明日はどっちだ!?



GM/サンドウォーム (アクルゥの出目を見て)先制はこっちから。不意打ちができないと悟ったサンドウォームは、砂から顔を出し、その巨大な口からヨダレを垂らしながら、アクルゥに襲い掛かるッ!(ころころ)

アクルゥ (じゅるり)それは、こちらのセリフです!(一同笑)

 《カウンター》を宣言。その後、《追加攻撃》で止めです! ハイ!




 このカスロット砂漠において、“初心者殺し”の異名を持つサンドウォーム。

 砂漠の砂の下に隠れ潜みながら、無防備に歩く獲物を待ち構えており、油断した冒険者の足だけでなく、丸呑みをすることさえある。そして、隠れ潜むサンドウォームに気づいたとしても、動物種固有の膂力りょりょくや生命力を前に、正面から挑み、命を散らす冒険者も少なくない。

 しかし、それはあくまでも初心者と呼ばれる“駆け出し”の冒険者ランクまでになる。


 アクルゥの頼りない外見とは異なり、その実力は一流レベル。

 しかも、信仰する風と雨の女神“フルシル”の神官として――ではなく、リカントとしての身体能力を遺憾なく発揮する、完全な格闘家グラップラーとしての実力であった。

 さすがに、英雄と呼ばれるほどではないが、“初心者殺し”程度を倒すことなど、朝飯前なのである。


 ……そう、それは比喩でもなく、本当になのであった。




アクルゥ (わずか1ラウンドで片づけて)……思わぬ夜食にありつけて、よかったです。……ご馳走様です(感謝)。

GM あ、はい(笑)。きっと、砂漠の民は、サンドウォームの皮とか外殻などでテントや道具を作ったり、内臓やその血の一滴まで活用しているんですね、たぶん。

アクルゥ (はっと気づいて)わたしだけ、こんなご馳走をいただくわけにもいかないですよねッ! まだ、残っていますし、ビリーさんやヘレンさんにも差し上げないと……。

GM 二人とも、早く逃げて!?(笑)




 ……閑話休題それはともかく


 砂漠を移動しながら、自給自足と物々交換を主流とする砂漠の民“ベドウィヌ”は、現金収入が乏しい。それは、過酷な砂漠の中で現金は意味をなさないことは多いので、どうしても価値観が少し異なってくる。

 しかし、普遍的な交換価値である現金も必要なこともある。

 その為、砂漠の民の内、適正があるとみなされた者は街に出て、現金を得るために出稼ぎにくる。

 そして、族長の娘であるアクルゥもまた、その内の一人であった。




 これは、砂漠の民の少女が出稼ぎに来たばかりの頃――


「わたしみたいな、世間知らず……本当にうまくやっているのか、心配なんです……」

 と、不安げなアクルゥに対し。

「確かに、世間知らずかもしれんが。なぁに、その馬鹿力があれば、なんとかなるって!」

 と、サムズアップしたビリー。


 「……ハイ! ビリーさん!」とイイ返事と共に、《鎧貫き》をされ床で悶絶するガンマンと、目のハイライトの消えた笑顔の砂漠の民の少女の姿が、薄汚れた酒場で見られたのは今から2年前のこと。

 ともかく、ビリーやヘレン、アクルゥたちの付き合いは、長くはないかもしれないが、決して短くない時間を共に過ごしてきたのであった。




 そして、そんなアクルゥたちがキングスレイ鉄鋼共和国に行くには理由がある。


 ラージャハ帝国は、しばらくすると短い期間だが雨季に入る。

 ほとんど雨の降らない砂漠での、恵みの雨……とは言うには、あまりにも程遠く。強力な暴風雨となる雨季の間は、乾いた砂地をまたたく間に濁流に変える。その為、冒険者ギルドの依頼なども極端に少なくなるのだ。

 そして、収入の100%を冒険者稼業に頼っているアクルゥたちは、死活問題となる。

 正確には、実力的にも普通に暮らしていく分には十分すぎるほどの収入があるのだが、宵越しの金は持たないビリーやヘレン。実家に定期的に現金を入れているアクルゥは、のんびりと雨季を過ごすのは難しい(昨年経験済)。

 そこで、この雨季になる時期を利用して、観光と仕事のために西部最大級の共和国に行くことにしたのだ。


 アクルゥにしてみれば、帝国の首都ですら大都会だと思っているのに、それよりもさらに大きい共和国。他にも帝国に1本しかない鉄道が、いくつも連なっている“はぶすてーしょん”なるゴイスーななんかすごい場所は、すでに想像の埒外らちがいにある。

 それはもう、今回の出稼ぎの旅は楽しみで仕方がなかったのだ。


 その為、二等乗車券を買うために夜明け前から駅前に並び、なけなしの現金をはたいた乗車券は一生の宝物であった。

 だから、仲間たちと一緒に行く列車の旅行も楽しみで、はしゃいでいる姿は、年相応ともいえる。



 そんな彼女アクルゥは、仲間である二人ロクデナシが、くだらない賭けのために乗車券をすでに失っているという事実をまだ知らないのであった――




 *【サノバガンこそこそ噂話1】砂漠の民“ベドウィヌ”の文様装飾品。『知名度:20。形状:ベドウィヌ固有の文様。アイテム区分:全て。概要:魔神の攻撃、炎属性と水・氷属性のダメージを「-1」。制作時期:現代。効果:砂漠の民であるベドウィヌ独特の文様ををあしらったそれは、金属製鎧を装着していない限り、効果を及ぼす。基本的に流通しておらず非売品。入手方法はラージャハ帝国の砂漠で、物々交換するしかない。ごく稀に帝国外に流出していることもあるが、その価値がわからず、変わった民族衣装として売られていたりする』……とかしないとか。細かい部分は、今考えたよ。

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