chapter1 控えめに言ってもクズ野郎

 ――50度を超える灼熱。

 風が吹くたびに、地平線まで見渡せる砂漠から幾千幾万もの砂粒を運び、人々が暮らす街は砂埃に包まれる。

 それは、巨大な防壁に覆われたラージャハ帝国の首都であったとしても、無限に降り注ぐ砂粒を防ぐ手段はなかった。


 そして、上空からの照り付ける太陽光と、地面からの放射熱で、常にここで暮らす者たちの水分を奪っていく。



 そんな首都の街外れにある薄汚れた場末の酒場“ヤモリの尻尾”。

 いくら掃除をしても、窓ガラスなんてものがないここは、あらゆる隙間から砂埃が入り込み、ここの店主はすでに諦めて、まともな掃除なんてしていない。


 “ヤモリの尻尾”の名物と言えば、貴重な水よりも安い、生ぬるい安酒。

 そして、元がなんなのか分からない爬虫類と思しき串焼き。調味料は、多少の塩に、どこからか飛んできた砂粒も適当にブレンドされて、食感は少しじゃりじゃりする。

 そんな安さしか売りがないこの酒場は、昼間から荒くれもののロクデナシが集まる場所でもあった。


 やれ肩がぶつかっただの、目つきが気に入らないだの、今日は暑いだとか……そんな本当にくだらない理由で、年中喧嘩が始まり、そして、どっちが勝つかの賭けが始まり、そして、無軌道な怒号が飛び交う。



 しかし、今日のこの酒場は、ロクデナシ共はとある一つのテーブルを注視していた。


 その中心にいる一人は、この西部ではさほど珍しくないウエスタンハットをかぶり、無精ひげを生やした少し不衛生な格好の男。

 冒険者としてはそれなりに名の売れている方で、“ビリー・ザ・ソニック”と言えば、そこらのゴロツキ程度では相手にならないほどの実力を持っている。

 腰にぶら下げた拳銃を抜いた瞬間には、相手はすでに倒されており、その後に銃声が聞こえてくる……なんて、逸話いつわがあるほどだ。


 その鷹の目を思わせる鋭い眼光は、今、相対する男ではなく。

 その手に持ったカードに注がれていた。




ビリー・ザ・ソニック(以下、ビリー) (不敵な笑みを浮かべ)くっくっく、この俺に勝負できるその胆力は誉めてやろう。だが、ソイツだけじゃ、俺には勝てないぜ、坊主ボーイ

GM/相対する少年 「フフン。この勝負、本当に降りなくていいのかい?」

ビリー ハン、強がりはやめておけ。この勝負、いただきだ! (くわっと、目を見開いて)見ろ、これが俺の4・4・7・7・7のフルハウスだッッ!!!

ヘレン (抑揚のない口調で)ビリー、さすが、ヘレンが見込んだ男……(わなわな)。

GM/相対する少年 「ふ……フルハウス、だと……!?」

ビリー ラッキーセブンってな。どうやら、幸運の女神は俺に微笑んでくれたようだな(にやり)。




 この場の中心人物であるビリーの後ろに立ち、淡々とした口調だが、少し舌足らずな声。そして、無表情でバンザイをしているという、どこか不思議な雰囲気をまとった幼女がいた。

 名前はヘレン。

 どう見ても年齢は一ケタにしか見えない体格をしているが、ビリーの保護者を自称している(一方で、ビリーはヘレンの保護者を自称している)。


 砂塵にまみれたローブのフードを目深にかぶり、隠れて見えないが、彼女の頭部には小さな角が二つある。生まれながらの穢れ持ち――“ナイトメア”だ。そして、ナイトメアには老衰がないと言われており、20年前も変わらぬヘレンの姿を見たなどの噂がある。

 さらに、真語魔術師ソーサラーとしてもかなりの腕前であることから、少なくとも実年齢が見かけ通りだとは思われていない。


 しかし、そんな外見の中でも一番目を引くのは、目に覆われた包帯である。

 適当に巻かれた包帯の下には、昔負った大怪我により視力を失くした瞳を隠しているという。

 そして、その失った視力の代わりに、使い魔であるフェネックを通して視界を確保しているのだ。そんな目の代わりである幼女の頭に乗ったフェネックは、この一連のやり取りに対して、くあぁ……と、つまらなそうにあくびをしていた。




ヘレン ちなみに、ヘレンがその幸運の女神です。えへん(胸を張る)。

ビリー (なぜか得意げなヘレンを見て)……まあ、ヘレンが女神かどうかはさておき。これで、一等乗車券は俺のものだな?

GM/相対する少年 「……なるほど、幸運の女神かぁ……」

ビリー (しまりのない顔で)いやぁ、これで今回は優雅な旅行になりそうだぜぇ。




 魔道列車の乗車券の賭け事は、この街では時折見られる光景である。


 今回、ラージャハ帝国から出発する魔道列車“デザートイーグル号”は、三等級列車であった。

 砂漠を縦断するこの列車は、過酷な環境でも快適に過ごせるようにいくつかの魔道機が積んである。しかし、魔道列車の動力と同じである魔道機に対して、限られたエネルギーマナを効率的に賄うために、価格と快適さを明確に分けて運用することになっていた。

 その為、1週間以上も砂漠を走り続ける列車において、快適な環境である一等列車はかなり値段が張るものの人気が高く、即座に売り切れるのだ。

 二等列車でも、それなりに過ごせるのだが、やはり、一等列車に比ぶべくもない。

 一方で、三等列車は魔道機の恩恵はほぼなくなり、貨物列車と大差がなく、相当に劣悪な環境に置かれる。お金がない者か、二等以上の乗車券が買えなかったしか乗らない。


 近年、ラージャハ帝国とキングスレイ鉄鋼共和国間に鉄道がひかれたものの、未だ、過酷な砂漠を走る鉄道は不安定であり、本数も少ない。その為、一等列車ほどでないにしても、二等列車もすぐに埋まる。

 しかも、月に1本は出るはずの列車も、なんらかの不具合で引き返してくる、もしくは、折り返すはずの列車が到着してこないことも多い。

 その為、乗れなかった列車の乗車券は買戻しか、次の乗車券の優先権を得られることとなり、結果としてますます乗車券が手に入りづらい状況となっている。


 そして、一等乗車券を手に入れた少年に対して、ビリーとヘレンの持つ2枚の二等乗車券。さらに、有り金や高額なアルケミストのカードを賭けたビットしたのだ。



 ……ちなみに、ビリーはいつのまにかヘレンの乗車券まで賭けていた。

 勝手すぎる男、それがビリー・ザ・ソニック!

 そして、得られる一等乗車券も、自分ビリー用にしようと目論もくんでいた。控えめに言ってもクズ野郎である。




ビリー さあ、一等乗車券そいつをよこしな! HEY! カモン、カモーン!!

GM/相対する少年 「…………」

ビリー (少しあきれ顔で)おいおい、約束を違えるなよ。ここで、ソイツをやっちまったら、二度と、ここじゃ生きていけないぜ?

 ここにいる連中全員が証人だからな?

ヘレン そーだ、そーだ。

GM/相対する少年 「フン、証人か。確かに、証人は必要だね…………だから、これを見て欲しい」(カードを見せる)

ビリー ……ふぉ、フォーカードだとぉぉぉぉぉ!!?



 *ビリーとGMは実際には2Dで高い方が賭けに勝つとしていた。尚、フルハウスとかフォーカードとかは単なる戯言ノリである。



(ヘレン い、イカサマだ……、GMはイカサマをしている!)

(ビリー そうだそうだ! ズルはイケねぇ!)

GM 待って待って! ちゃんと、オープンダイスで振ったよね!?(笑)


ヘレン あれ……? 負けた、の? びりー?(わなわな)

GM/相対する少年 「約束は守りなよ、おじさん(にっこり)。二等乗車券2枚、ついでにそこのお金とアルケミストカードももらっていくよ」(机の上からまとめてさらう)

ビリー (持っていかれた物を見て)…………あ、あがががががが…………。

ヘレン ビリーISあんぽんたーん……!

ビリー オマイガー!!?




 ビリーの乗車券賭けに、どちらが勝つかをロクデナシ共の悲鳴や歓声とともに、トランプのカードが薄汚れた酒場に舞い散っていく。

 神が実在するこの世界で、信仰心があまりにも希薄なビリーたちの喧騒は、当然、神に届くこともなく、砂漠の砂に埋もれていくのであった。




 ……。

 …………。


 ――ここは、昼間は猛暑。

 そして、夜は極寒に包まれるカスロット砂漠。

 その寒暖差は、人族が生きるにはあまりにも過酷な大地。


 しかし、この地の過酷さはそれだけではない。

 この砂漠化の原因とされる滅びた古代魔法時代の王国跡。

 その影響は何百何千年と経とうとも残り続け、マナは狂い、そして、奈落と呼ばれる地獄の裂け目すら頻繁に発生する。


 迷い込んだが最後。

 この砂漠に暮らす民ですら、生還は難しい。



 しかし、人は弱く、そして強かった。

 砂漠にある数少ないオアシスに作られたラージャハ帝国。

 資源の乏しいこの国における最大の資源は“人”であった。


 蛮族と呼ばれる人族の敵対者、異界より浸食する魔の存在……それらに対して、圧倒的な武力をもって、対処してきたのだ。

 その為、この国では力がものをいう。

 そこに、本来は忌避きひする“穢れ”すらも許容されているのは、ラージャハ帝国の国柄でもあった。


 それゆえに、ここには世間から弾かれた者が多くいる。

 そして、ロクデナシも自然と集まってくる。



 そんな帝国に、他国との鉄道が繋がり、国中が沸いたのはそんなに昔の話ではない。

 だから、果て見えぬ砂漠を貫くような1本の線路は、まるで希望の架け橋のように、未来への道標のように見える。


 この国の者は魔道列車に対して、なんらかの憧憬を抱く。

 それは、ここのロクデナシの一人であるビリーやヘレンにおいても同じだった。




 だから――

 この物語は、魔道列車に乗せられた欲望の中心“巨万の魔石”と、ロクデナシ共のお祭り騒ぎなのである。



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