自殺願望者のための穏やかな生


 モルフェウスに捧げます。


 21/06/09


 ある朝、地震がありました。わたしたちはそれをシェルターのテレビから知りました。島の火山の頂上から、真っ黒い煙がもくもくと立ち上がる映像が映されて、火山性の地震だと分かります。

 わたしは自分のベッドの下を覗いていました。予備の毛布、乱雑に散らばったおもちゃに見える残骸、ハンガーと服。放置されたままのそれらが全てゆっくりと床に飲み込まれてゆきます。

 一瞬でしたが、溶岩が床まで上がって来ていました。

 そんな事は起こる筈がありそうには思えませんでしたが、実際それは起こっていました。

 わたしたちの住むシェルターは火山島の地下、随分と深い所に建設されていました。地上にはかつて建設された遊園地がありましたが、島民の非難したそこには誰もおらず、地上に出るには長い長いエレベーターに乗る必要があった為にわたしたちが訪れる事もありませんでした。政府の出した避難勧告に抗ってまでわざわざ死地に残るわたしたち四人は狂った希死念慮を抱えた自殺願望者で、火山の爆発がわたしたちの全てをコンマ一秒の内に消し去ってくれると信じていました。しかし、ベッドの下のガラクタをゆっくりと飲み込む溶岩の力を目撃した今、その願望が必ずしも叶うモノでは無い事が明らかになってしまいました。

 わたしは死を恐れていませんでしたが、死の直前を何よりも恐れていました。肉をじわじわと焼かれ、苦しみ死ぬ可能性のあるこのシェルターは、もはや安全な死に場所とは呼べませんでした。

 わたしは外へ出る事にしました。わたしたちを監視するスーツを着込んだ顔の無い執事二人に避難する気になったと言えば、すぐにでも船が手配されるでしょう。しかしながらその前に、わたしはほか三人の仲間へも脱出の誘いをかける事にしました。

 リビング代わりの部屋に居たのはルカ、リカ、リザ、あるいはリゼ。そのような名前をしたおとなしい男一人だけでした。わたしはもはや安息の地は失われた事を告げ、誘いましたが、あなたは首を縦には降りませんでした。

「外には、本物の遊園地もありますし、案外悪くないかもしれませんよ」

 あなたは西にある某テーマパークの名前を上げました。その発言から、わたしはシェルターの場所が日本の西にあるように錯覚しましたが、現実には東南アジアの何処か、あるいはオセアニアの何処かにある極々小さな島でした。

「ええ、外に出ればいずれそこにも行けますよ」

 しかしあなたが同意する事は決してありませんでした。

「その様子じゃ無理だな」

 そう言って暗がりから現れたのは、山のような大男でした。彼の名前をわたしは知りませんでしたが、彼が狼男、あるいはシロクマ男であり、抱き着くとつねにふさふさとしている事は知っていました。彼は一本の、先の丸まった鉛筆で自殺しようとしていましたが、手の平に突き立てるだけではとても死ねそうにはありませんでした。

ダー、そのやり方では死ねないですよ。試してみた事があるんです。少しでも恐怖があると、喉に突き立てる力が足りなくなりますし、結果的に苦しんで死ぬ事になります」

「なんだ、そうなのか」

 最終的に、狼男の彼ともう一人の男、ひょろひょろとした姿のイントネーションとリズムのおかしな話し方をする男がわたしに付いて来る事になりました。シロクマ男の彼は船を手配する手続きを買って出て、わたしは彼に感謝の意を込めてぎゅっと抱き着きました。彼は普段は人間の姿を取っていましたが、触れた時にだけ柔らかな毛でおおわれた、ふさふさの身体が露わになりました。

「さようなら」

 わたしたちはルカ、リカ、リザ、リゼのあなたに涙ながらに最期の別れの挨拶をしました。あなたは最期までさっぱりとして、何の動揺もしていないようでした。

 顔の無い執事に挟まれてエレベーターに乗ると、ぐんとGを感じました。どんどんとシェルターは遠くなって行きます。どの程度の期間あそこに住んでいたのか定かではありませんでしたが、かなり長い間居たことは確実でした。火山活動が本格的に活発化した今、あなたのいのちはすぐにでも、いつ終わってもおかしくはありませんでした。

「ごめんなさい、救えなくて」

 わたしは久方ぶりに地上の匂いを感じながら呟きました。

 なんて利己的なのでしょう。おだやかに死ぬ為に生きてきたはずなのに。






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