誘蛾灯の絶叫


 モルフェウスに捧げます。


 21/06/03


 わたし、あるいはあなたは客間の床に座っている。色味の違う木の板を六角形に組み合わせたフローリングの上には、子供部屋用のピンクとイエローのウレタンの組み立て式マットが敷かれ、その床一面を細かな機械が埋め尽くしている。赤い絶縁コード、青い絶縁コード、黄色い絶縁コード。夢は殆ど千切れかけている。電波の波形を映し出すオシロスコープが部屋のどこかに長方形の形で存在するのが視界の端に映っている。

 わたしが覚醒しそうになるのと同時に繋がれたビーグル犬が動き出し、あなたは慌てて彼——それは、去勢されたオスの形をしていた——を元の状態に留めようとする(エリザベスカラー状の機械を取り付けられたビーグル犬は、その場で静かにしている必要があった)。ビーグル犬の右の尻に空いた六つの端子穴は今は三つが使用されて、残りの三つにあなたは手元の線を接続するべきかどうか、迷っている。

 夢は千切れ飛ぶ。

 気が付けば、あなたのすぐ近く、床から1メートル程の空中に、全長30センチにはなろうかという巨大な蛾が浮いている。蛾はコンクリートのような、木肌のようなごわごわとした灰色をした羽をあの蛾に特有の閉じ方でぴったりと腹に密着させて(セセリチョウを除いて、普通蝶はとまる時、羽を立てて閉じている)、一度も羽ばたく事無くその場に浮かんでいた。

 あなたが驚いて飛びのくと、蛾はポールダンスでも踊るかのようにぐるぐると回転し始め、Z軸に沿って極々ゆっくりと下がり始めた。

 あなたは悲鳴を上げて部屋から飛び出し、別の部屋に飛び入り、恐怖に閉じ籠っている。

 あなたを追ってゆっくりと迫る蛾の影が扉の摺りガラスの向こうに見えた頃、ショッキングピンクの色をした消火器のような殺虫スプレーの音が響く。摺りガラスがピンク一色に染まり、あなたは殺虫剤特有のツンとした臭いが鼻を突くのを待つが、臭いはいつまで経ってもしなかった。

 あなたは既に翼を広げ、その身を夢から羽ばたかせていた。




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