夢日記
夢葉 禱(ゆめは いのり)
夢々、恋に恋する謎
モルフェウスに捧げます。
21/05/03
ある晴れた、存在しない放課後の事でした。
「一緒に帰りませんか?」
「嫌」
下駄箱で(そう、木組みの下駄箱です)あなたは彼女に声を掛けました。あなた達は毎日、特別な事情が無い限りは、一緒に下校していました。ところが、あなたは彼女に即答で誘いを断られてしまった為に、大変驚きました。
あなたは、彼女に何か傷付けるような事をしてしまっていたかと内省し、心当たりが無い事を確認して、どうすれば良いのか分からずに彼女の三歩後ろをとぼとぼと付いてゆきます。
しばらくの間、無言の時間が流れたでしょう。
「きゃっ」
あなたは彼女の小さな悲鳴を聞いて顔を上げます。
それは、レンガブロックでした。最も形の近いモノを上げるなら、それは全てが真っ白い、ケースに隙間なく詰め込まれたコピック売り場でしたが、それは、自分をレンガブロックだと主張していました。
彼女はそのレンガブロックの中に入り込んでしまって、隙間なく押し込まれた純白のコピック、あるいは純白のフライドポテト、あるいは純白の麩菓子、あるいは純白のインゴット、あるいは純白のコンクリートに押し潰されそうになっているのでした。
あなたは考えます。早く助けなければ!
「エビが!」
また彼女が悲鳴をあげます。どうやらレンガブロックの底には彼女だけでなくエビまでもが押し込まれていたようで、彼女はエビに襲われかけていました。
あなたは考えます。早く助けなければ!
あなたはレンガブロックの穴に手を突っ込んで、これでもかと詰め込まれた純白のコピック、あるいは純白のフライドポテト、あるいは純白の麩菓子、あるいは純白のインゴット、あるいは純白のコンクリートに隙間を作ってはそこに彼女が居ないかと探します(神でさえこれ以上におかしな物体は創り出さなかったでしょう。それはマナよりずっと白く、ずっと扱いづらいモノでした。勿論食べられもせず、しかし依然としてあなたは目の前の白にレンガブロックのイデアを認識しています)。
あなたは考えます。態々隙間を作って確認するならば、いっそこの棒を全て抜き出してしまえば底がよく見えるに違いありません。あなたは急いで障害を掻き出し始めます。穴は全部で四つあって、それはその全てに隙間なく詰め込まれていました。
一番右の穴の底に、あなたは橙色をしたエビを見付けます。何処かで引っ掛かってしまったのでしょう、エビは身体がすっぽりと抜けて、これからフライにされようかという格好になっていました。あなたはぐったりとしたエビの白い身を見ても、感動出来ません。
二番目の穴の底に、あなたは彼女を見付けます。何処かで引っ掛かってしまったのでしょう、彼女は頭の皮が丸ごと外れてしまっていて、下の白い肉と鰓が露出してしまっていました。あなたは彼女の姿に僅かな疑問——違和感を覚えます。
彼女は、フナによく似た板皮類の姿をしています。
魚は——少なくとも板皮類は——歩けない筈でしたが、あなたは、彼女は最初からこの姿だったと確信しています。
「かぷかぷかぷ」
彼女は口をパクパクとさせて頭を元に戻すように言いました(コイ目コイ科コイ亜科フナ属に似た彼女は、かぷかぷかぷと鳴きました)。あなたが、兜のように硬い彼女の頭の型を押し込むと、それは元あった場所へぴったりと収まりました。
あなたは思い出します。魚の素肌に人間が触れる事は、彼らにとって赤熱する鉄に触れられるようなモノであるという言説について。あなたが彼女に触れる時、あなたは暴力性を排除出来ません。
あなたは彼女のぱくぱくと開閉する口、とろりとした丸い瞳を見ています。
あなたは段々と、それらが愛おしくなってゆきます。
あなたは恋をしています。
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