クリスマスイブの格上げ

クリスマスイブの夜。

それは特別な夜。

私などはもうそういうクリスマス神話(?)から離れてしまっているから普通の土曜日なのだが、「クリスマスイブが特別である」ことが若者の間では既に廃れている…ということはあるまい。

つまりは、やはり今夜は恋人たちの聖夜なのだ。


クリスマスイブ。

午前中は洗濯をして母の施設に洗濯物の交換をしに…などという私の日常はどうでもいい。

夕方、電車に乗って都会へ繰り出し、ケーキを食べに。

しかし頭の中はBLウォッチングのことばかり。ついに色気(?)が食い気を超えたか?

そして、電車が県境の多摩川を越えて東京に入ると若者が増えてきて、なんと、早速ペアルックのBLカップルを発見!!!

…いや、まあ、っていますよ。

二人とも黒のダウンジャケットに黒のズボンというだけで、別にペアルックではない。

二人組ではあるけど、ごく普通に話してるだけだし、別にカップルではない。

…でも。

でもね。

しつこいようだけど今日はクリスマスイブ。

今宵ディナーを共にするということは、互いに「イブに野郎と飯食うのかよ!」という壁を軽々と越えてきた二人であるということだ。

さらに、腐女子に「あらやだこの二人…」という目で見られることも厭わず、また圧倒的大多数の男女の恋人たちに怖じ気づくこともなく出陣した二人であるということだ。

つまりは、12月24日という日付だけですでにこの世界はBLのふるいにかけられており、今夜男の子が二人でいればそれすなわちBLカップルと見なしてよいのである。

クリスマスイブは単なる友達がBLに格上げされる。

なんていい日なんだろう!?


さて、全身黒コーデの二人。私と同じ駅で降りたのでニマニマしながらエスカレーターのすぐ後ろに陣取り、イチャイチャしはじめないかなあと待っていたけど、おや、普通だね。

いやいや隠すことはないよ、ごく普通の友人だとしても、今日この時間にここにいるという時点できみたちはカップル成立しているのだから。

その後奥へと消える二人を見送って改札を出た私。駅構内地図を見ていると(いや、地図の前でいちゃつく男女カップルが邪魔で見えないのだが)後ろから声がして、ふと振り向くと、何とさっきの彼らが私を追いかけてきたではないか!!(←違)

結局彼らはまたすぐ別の方向へ行ってしまったけど、このめちゃくちゃに混んでいる駅の中で再会(?)したのは何となくいい兆候。


それから、韓国でのハロウィンの事故を彷彿とさせるような人混みに怯んだけど(閉所恐怖症の私)、何とかパンケーキ屋に到着。あー、やっぱ並んでるよね。地下のお店なので、階段を降りると二組ほどが店の前で待っていて…。

…あら?

男の子二人かな??

さっきの二人にも似た感じの黒コーデで、ちょっと華奢で今風な感じ。

残念ながら席が離れて全然様子を窺えなかったんだけど、一人がものすっごいボーイッシュな女の子というのでない限り、完全にBLカップル認定だろう。イブの夜にケーキ屋にいるのだ。

さっきの二人は駅を出て他の女の子と合流という可能性もあったけど、こちらはもはや確信犯であることは確実だ。おめでとう。ハッピーメリークリスマス。幸せのパンケーキを存分に召し上がれ。


さて、ケーキで血糖値が上がったので紅茶を飲んだらさっさと帰ります。

そして帰りの電車。

車内はそれほど混んでなくて、まばらに人が立っているくらい。私は座れたので、眠い、眠い…こりゃ眠い。

そしてふと目を覚ますと、急行の待ち合わせ中だ。ずっとドアが開いていて寒い。

すると、ドア前に立っている十代くらいの男の子が何か話していた。

よく見ると、彼はホームに立っている誰かと話しているのだ。

誰かとは…ああ、同級生らしき友達、いや、イブだから恋人!!(格上げ)

仮に、電車の中にいる黒コーデの子をA君、ホームの白コーデの子をB君としよう。

B君はただ気まぐれにホームに降り立ってA君と話しているわけではなく、どうやらここで降りる模様。それでも、急行の待ち合わせを終えてこの電車のドアが閉まるまで、A君と話していたいといういじましさ。A君も、席は空いてるけど寒いドア前に立ってB君と話し続ける。

…いや、とはいえ、それほど話してはいない。そんなに話が盛り上がってるとかじゃない。

そして後ろのホームを急行が通過する。うるさくて声も聞こえない。

急行が過ぎ去ると、束の間、静かになる。でも一分と経たず、発車のベルが鳴る。

私からはA君しか見えないけど、ドアが閉まる前、「じゃあね」とか「バイバイ」とかの一言の後、ちょっと恥ずかしそうに胸の前まで上げた手をわずかに横に振る。

ドアが閉まる。

A君の目線はそのまま、動かない。

つまり、B君はドアが閉まってすぐ改札へと歩き去ることなく、今、彼らはドア越しに見つめ合っている。

ゆっくり、電車が動いた。

A君の目線が少し動き、再び、胸の前で控えめに手を振る。

電車が動いたので、私からもB君が一瞬見えた。

B君も、A君と同じように手を振っている。

それは、電車が見えなくなるまでじっとその場で見送る、そういう立ち姿だった。

そうして電車は駅を離れたが、A君もそのまま遠くを見ていた。席に座ることもスマホを見ることもなく。




* * *


さあ皆様、いかがだっただろうか。

クリスマスイブは格上げだと言ったけれど、最後の二人は格上げの必要もないBLウォッチングだったかもしれない。普通、仲の良い友達だって、ちょっと手を振ってさっさと改札に向かっちゃうよね。何か気恥ずかしいお年頃だしさ。


ちなみにこの後の私は自分の駅に着いて、ホームのトイレに向かう男性二人をふらふらと追いかけそうになったが時計を見て回れ右、ギリギリ終バスに間に合った。

しかし時間は23時過ぎ。A君B君は高校生ぽく見えたけど、かなり夜遅くまで一緒にいて、でもお泊まりというわけにもいかず泣く泣く別れたんだろう。ああ、最後のぎりぎりまで見つめ合っていたの、尊いよね尊すぎませんか?


世界中のBLカップルに幸あれ!

メリークリスマス!!!

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