第一話 正義の女

「お、少年!今日もトレーニングに精が出てるな。うむうむ。」

 B.I.N.D.S.日本支部、トレーニングルーム。そこでは最近入隊したばかりの少年、近江有がウエイトトレーニングに励んでいる。その細腕からは信じられぬほどの蒸気が上がっており、かなりの負荷をかけているものと推測される。

「ああ、只野さん。今日は天野にしごかれる日なんで。」

 言葉のきつさとは裏腹に表情はさわやかだ。“しごかれる”などという単語を使ったのも冗談半分照れ隠し半分だろう。

「ちょっとアンタ、今私の悪口言ってたでしょ。」

 もう一つ奥の台で両腕を閉じたり開いたりする器具を動かしていた天野が、動きを中断して話しかける。

「そんな事ないよ、付き合ってくれて感謝してる。只野さんもこれからトレーニングですか?今日は非番で外出って聞いてますけど。」

 天野の文句をさっと流し、只野へと質問を投げる。B.I.N.D.S.が精鋭揃いの特殊部隊とはいえ、事件のない日もあれば、私用で出かける日もある。本来であれば休暇中は自由であるが、只野の場合はパトロールと称して日常レベルの“悪”まで断罪しようとするため誰かが行き先を確認するのが通例となっていた。

「ああ、これから出るつもりなんだが、昨日ここにすごかけん交通系ICカードを忘れてしまってな。」

 そう言って只野は荷物置き場を漁り始める。間もなくして探し物は見つかったようだ。棚の奥へと手を伸ばす。

「あった。よしよし。じゃあ、これから婚約者フィアンセと会ってくるから緊急以外の通信は入れないでくれ。では。」

 目的物を手にした只野はそそくさとトレーニングルームから出て行ってしまう。心なしかその足取りは軽い。

「はーい、お疲れ様です。」

 只野が来た時と変わらぬさわやかな笑顔で送り出す近江。その横で恐ろしいものを見たような顔をした天野が固まっていた。

「どうしたの?一旦休憩する?」

 論点のずれた心配に対し、天野の硬直が解けて大声をあげる。

婚約者フィアンセってなによー!」

 声をあげて放心したかと思ったのもつかの間、首筋のカラーに触れて通信機能をオンにする。

「あら、ミヅじゃない、どしたの?B.I.N.D.S.回線こっちで連絡なんて緊急の用件?」

 通信先は隊のオペレーター須磨葵だ。本業のプログラマとしての仕事中なのかかすかなキーボード音が聞こえる。

「葵さん、そう緊急で調べてほしいことがあるの。隊の存続にかかわる重要な情報よ。」



 数時間後、近江と天野は須磨の仕事場にいた。近江は「僕はいいよ」と言ったが天野に引きずられるようにしてここまで付いてきてしまった。

「これよ、まずは資料を見て。」

 須磨の顔もいつになく真剣だ。その資料に書かれていた内容は


正義夫人レディジャスティス 蛇巣 貞朱(じゃす ていしゅ) 23歳 女 

・バイサズオーヴァード B.I.N.D.S.エージェント エンジェルハィロゥ/ノイマン

・元々は特定受け入れ支部のイリーガルとして活動していたが、只野正義の正義漢ぶりに心を射抜かれB.I.N.D.S.エージェント入り。現在は皇帝エンペラー隊所属。それだけでは飽き足らず只野正義本人に向かって婚姻を申し込む。当初は断っていた只野だが『正義に味方には対となる正義のヒロインがいるものです』という論法にまるめこまれ、今では正式な婚姻に向けて話を進めている最中。


「これは……かなり手ごわいですね。」

 資料を確認し終えた天野が零す。その表情はいつになく険しい。

「そうなのよ……これはまずいことになったわ。隊のオペレーターとしても見逃せないわ。」

 須磨も同じトーンで返す。そこにいつも隊を誘導してくれる明るさはない。

「え、え、何が問題なんですか?っていうか個人情報勝手に見る方がまずいんじゃ。」

 ついていけてない近江だけが的の外れた至極まっとうな意見を述べるが聞く者はいない。

「ミヅ、行くわよ。」

 須磨がバッグの中身を簡単に確認すると玄関の方へと足を進める。

「案内して、葵。」

 そこに天野が続く。

「置いていくわよ?」「ちょっと早くしてよ。」

 近江が行動を決めかねていると二人から催促の言葉が飛び出す。近江にはわからないがことは急を要するらしい。

「え、はい、急ぎます。」

 そして三人は潜入捜査身内のストーキングへと繰り出すのであった。

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正義が来る! かおりな @kaorina

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