第7話 漫画の世界と現実の世界
漫画の『アーロン』は厳しいけど、本質はとても優しい性格だった。
だから、アーロンがあんなことを私に言う訳ないし、同意書に付いてた誓約についてだってきっと何かの間違い。結婚の話だって、あれは嘘に決まってる。
あんな筋肉モリモリの武道家が、女? あんな陰気で男より背が高い魔法使いが、女?
笑っちゃう。もしそうだとしても、あんなのがアーロンの奥さんとかないない。女らしい私と比べたら月とスッポンでしょ。ほら私って小柄で明るい性格で、顔は可愛い方だし、男が守ってあげたくなるタイプだし。やっぱり『奥さん』は、私以外にいないでしょ。
アーロンに色々言われて夜遅くなったし、とても疲れたから宿屋に戻り一泊したら、朝食食べてすぐにアーロンを捜しに出掛けた。
泊まってそうな宿屋を幾つか巡ったり食堂に行ったり、教会も覗いてみたけどいなかった。冒険者の情報はやっぱり冒険者ギルドだと思って早速ギルドの受付に行けば、報酬を預かっているって言われてそこそこの金額を受け取った。でも、アーロンの情報は同意書の件があるからか、どんなに頼んでも一切貰えなかった。
仕方がないから知ってそうな他の冒険者達に尋ねても教えてくれなかった。それどころか、話しかけるなと言わんばかりに怒鳴られもした。
なんで? 私、何かした?
目を付けた相手に何度も話しかけたのに返事がなくイライラしていた私に、貧相なその相手の隣にいた鎧を着た奴が無言で私の身体を押し、無理矢理ギルド内の掲示板の前に立たされた。文句を言う前に、飛び込んできた文字に私は固まる。
目の前の掲示板には、私が『紅の星』から追放された事が、理由共々張り出されていた。
「お前が相当厄介な妄想女だって、全員が知ってるわ。関わりたくないから、二度とアタシの旦那に話しかけんな」
ついでとばかりに低い声で恫喝されたけど。って…は? 『アタシ』? 『旦那』って?
「ハニー、嫉妬か?」
「バカ言わないで。アーロン夫婦とココ夫婦の邪魔ばかりしてたコイツが元々気に食わないだけ。デコボコオシドリ夫婦冒険者として有名なのに、横恋慕して自分が奥さんになるとか叫んでたらしいじゃない。最低でしょ」
「あ~…お前、あの夫婦のファンだもんな。ま、キャンキャンうるさかったから助かった、ありがとな」
「戦士であるアタシの方が腕っぷしは上だもの、適材適所よ、ダーリン」
まるで何事もなかったかのように貧相な男の所へ戻っていく。
は? 鎧で身を固めてる奴が女で、あの貧相な男と出来てるの? え? この世界ではこれが普通なの?? …漫画ではそうだったっけ? いやいやちゃんと可愛い女の子のキャラが居たはず。そう主人公のメイド兼幼馴染とか、夜盗から助けた豪商の娘とか、後から刺客として送られてくる貴族令嬢とか…。あれ、待って確かメイド兼幼馴染も子爵だか男爵だかの貴族出身だったわ。えっと、貴族とかと比べたらダメよね、
…あれ、もしかして、この
ゆっくりギルド内を見渡してみる。ギルド職員には女性がいたが、冒険者側は男しか見えない。でもギルド内の雑音に耳を澄ませてみれば…。
――うちの旦那がさ~。
――冒険者やってると新しい化粧品を買うか、新しい武器を買うかで迷う。
――あるある! アタシもさ、気になってる武器があって…。
――…そろそろ子どもが欲しいかも。でも妊娠したら夫と別行動になるし…。
明らかに女性側の話が聞こえた。これまで気にしてなかったけれど、冒険者はしっかり着込むから装備じゃ全然判別出来ない。背の高さも当てにならない。顔で判断しようとしても、モブの顔なんてどれも同じだし…。傷があるモブ、タトゥーがあるモブ、目つきが怖いモブ、堀が深いモブ、異様に濃い顔付きのモブ、鬚が………あれ、モブって、こんなに居たっけ…? 漫画では…漫画、では、ドウダッタ?
違和感と共に寒気がしたから、私は考えるのをやめた。どうせモブはモブ。男女なんてどうでもいい事よ。今、私にとって大事なのはアーロンの事。情報は得られなかったけど、きっと探せば見つかるわ。
――アーロンの好みなんて、人物紹介には書いてなかったし関係ない。今、結婚してたって離婚させればいいだけ。だって私が『奥さん』なんだもの。
改めて気合を入れ直したところで、チャリ、と懐に入れた報酬のお金が音を鳴らす。
その時、私は気付いた。そうよ、これはアーロンを探す為のお金。アーロンが用意してくれた物。これも、愛の試練って事よ! 待っててね、アーロン。必ず見つけ出してみせるわ!
この日から、私はアーロンを探して回った。愛の試練ならば、必ず成功させて見せるとすごく頑張った。
そして一年後、とある国の港町でようやく見つけた。思わず感動して前も見えないくらい泣いたけど、走って抱きつ……こうとして、デカい大男に邪魔された。変なジジイに説教された。気付いたらアーロンが居なかった。大男とジジイに文句言ったら、急に眠くなって――目が覚めたら冒険者ギルドの救護室に居た。
感動の再会なのに、何度会いに行ってもアーロンとまともに話せないし近寄れない。何度目かの時、その町の警邏が呼ばれた。意味が分からなかったけど、私の正当性を伝えればすぐに解放してくれるってアーロンが言ったから大人しくする。もちろん警邏にきちんと伝えたわ。そしたら何故か牢屋のような部屋で一晩過ごす事になった。なんで?
解放されたのは翌日の昼。すぐにアーロンの所に向かおうとしたら、冒険者ギルドからの使者が私を訪ねて来た。大事な要件があるからってことで、冒険者ギルドに連れていかれる事になった。もちろん抵抗してみたけど、屈強な使者の前ではダメだった。
「治癒士リリナ。重大な誓約違反により君の冒険者資格を剥奪、除名処分とし、今後冒険者と自称する事と、冒険者ギルドの利用と立ち入りを禁ずる」
は?
どんなに抗議しても聞いてくれなかった。誓約が何よ、私とアーロンの愛の試練の方が大事でしょ?!
最終的には冒険者ギルドから放り出されて、警邏の人にまた牢屋に入れられた。頭を冷やせって何よ、私は正気よ! 次の日には解放されたけど、アーロンの姿がどこにもなかった。冒険者ギルドの立ち入りさえ禁止されたから噂しか拾えなかったけど、この港町を出て行ったのね。船に乗って行ったのかも…急いで追いかけなきゃ。
――船に乗りたい? なら、あっちにある案内所に行きな。運良く客室が空いてりゃ乗れるさ。
――…行きの船でしたら、空き室があります。料金は…。
高くついたけど、この船を逃すと次は二週間後。すぐに追いつく為には待ってられない。船旅は初めてだけど、意外と楽しかった。そこそこ快適な船旅で、陸路だと十日以上かかる道程を船だと三日で目的地に着いた。国を跨ぐ訳じゃないから検問もなく、すぐに港から町に入れる。早速町の冒険者ギルドに行って情報を得ようとしたけど、入れなかった。まるで境界線が引かれたように一歩たりとも私の足は建物自体に入れない。腕を伸ばしても何かに押し返される。たぶん、魔法関係の道具か何かだと思うけど、私の後ろから来た他の冒険者は普通に入れた。
もしかして全ての冒険者ギルドの立ち入りが物理的にも出来なくされている…? あの町だけのことじゃなかったの?!
思い至って血の気が引いた。冒険者ギルドは中立。どこの国にも属さない代わりにどこの国でも存在し、誰もが依頼出来る。その影響力は世界規模。その全ての冒険者ギルドの利用が出来ないとしたら、私は本当に冒険者じゃなくなったという事……『アーロン』の『奥さん』は冒険者なのに。私は、冒険者じゃなくて。それってつまり、私は『奥さん』になる資格がなくなった…?
気が付いたら、狭い部屋に居た。警邏の詰め所だった。話を聞けば町の広場で絶叫して気を失っていたらしい。通りでのどが痛いと思った…。水をもらって、詰め所を出る。
これからどうすればいいのか。お金があまりないから安い宿を探して泊まり、考える。とりあえず撤回して欲しい旨を書いた手紙を冒険者ギルドに出す事にした。と言っても、レターセットなんて持ってないからメモ紙に要件書いてギルド前で立ち、中に入る冒険者に届けてもらうだけ。返事はなかった。私の代わりに届けた冒険者も一回しか受けてくれず、その後は他の冒険者まで受けてもらえなくなった。
私は孤児だから一般的な仕事の紹介の宛てなんてない。宿代や食費もあるし、仕方が無く治癒医院で働こうとしたら、断られた。初級の魔法しか使えない人はダメなんだって。正確には上級の魔法を覚える見込みがない人は治癒医院で働けないそうだ。すぐに上級を覚えるって叫んだけど、上級魔法を習得する為には試練のダンジョンに入る必要があって、私には不可能だと言われた。試練のダンジョンには冒険者ギルドに登録し冒険者となって行くか、冒険者に同行してもらって行くかの二択らしく。
――除名処分を受けた人は二度と冒険者にはなれないし、除名処分を受けた人を現役冒険者は受け入れないし、認めない。冒険者は信頼と信用を大事にする仕事だから、冒険者ギルドからの
治癒医院で働く冒険者でもある治癒士から、そう言われた。治癒医院は冒険者ギルドと連携することもあるから私の除名情報がすでに伝わってるみたい。結局、治癒医院では働けなかった。
その後も諦められずギルドに撤回要求の手紙を出し続け、アーロンの情報を求め、働き先を探している内にお金が尽きた。
飛び込みで働かせて欲しいと頼んでみたまともな職場は、一旦受け入れられてもすぐに辞めさせられた。井戸端会議か何かですぐに私の情報が回り、冒険者ギルドの除名処分の話を雇い主側が聞くと即アウト。冒険者ギルドって本当に影響力強いんだと思った。宿代も払えなくなった私は身分も何も問わない場末の娼館で、住み込みの掃除婦として働くことになった。毎日毎日色々なモノを、掃除した。
あ、主人公なら私を助けてくれるかも。
暗くて狭い部屋でカビた黒パンをチビチビ齧っていた私は唐突に思いついた。アーロンの居場所はもう分からない。けれど、主人公の居場所なら分かる。この国の王都だ。主人公が幼い頃は王都で育てられてるはずだから、王都に行けば会える。幸い、この町から王都へは運行馬車が出ており、それに乗れれば王都まで五日ほどのはず。お金がないけど、冒険者として復帰する為に残していた装備品を売れば足りるはず。主人公は貴族だからお金だってあるし、後ろ盾もバッチリだ。あ、もしかして私、あれじゃない? あのヒロインのメイド兼幼馴染になれるんじゃない? 貴族って養子とか取るって聞くし。年齢差があっても幼馴染は幼馴染だし? それに主人公の傍に居ればいつかはアーロンにだって会える。最高じゃない!
次の日、空き時間の隙間を縫って準備を整えた。
その次の日、私は、王都に向かう馬車に乗り込んだ。
乗り心地は最悪だけど、馬車は順調に進んで…数日後に無事に王都に着いた。
これで私の冒険はおしまいね。冒険者って思ったより楽しくなかったわ。これからは主人公の傍でその成長を見守ってあげようっと――
とある貴族の屋敷にて。
「不法侵入者だと? 我が公爵家の屋敷にか。全くどこの手の者だ、……何、治癒士の女で息子に助けを求めてる? はぁ、嫡男の女か……は? 違う? 三男の方だと? 先月産まれたばかりの赤子に助けを求めるなど、意味がわからん…。んん? …幼馴染…だと? 三男の? ワシの聞き間違いか? …合っているのか…。何なんだその女は……もしや暗殺者が狂人のフリを…そうか、有り得んか。暗殺者の類でないならもう処分しておけ、狂人に付き合うだけ無駄だ。それよりも三男の誕生祝いの――」
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