第6話 未来の『冒険王』とその仲間達(俯瞰視点)
とある町の冒険者ギルド。
そこに当然のように併設されている酒場で、今注目されている実力派パーティ『紅の星』が酒盛りをしていた。
近隣のダンジョンを制覇し終え、次の町あるいは国へと移動する前に、新たに加わったメンバーとの交流を深めようと乾杯の音頭と共に、飲めよ騒げよとばかりに盛り上がっていた。
「…そういや、アイツ今頃どーしてんだかな」
「アイツ?」
「頭やべぇ治癒士」
麦酒をグイっと呷った後の武道家シャルロットの言葉に、あぁ、とメンバーの一部が頷く。
「
ブドウ酒が並々と注がれた木製のジョッキを軽く揺らしながら、魔法使いバイオレッドはしみじみ当時の問題児を思い浮かべた。
「つか、オレの場合名前から女って分からないもんか? 自己紹介の時、名前教えたはずだよな?」
――武道家やってるシャルロットだ。前衛は任せろ。
――魔法使いのバイオレッド。火と風の魔法が得意だけど、他の魔法も使えるよ。
二人が良く使う自己紹介の言葉。職業と名前、何を得意とするのか、という簡潔なモノではあるが、冒険者にとって自己紹介などこれぐらいで充分通じるものだ。性別など二の次三の次…と言うより、相手が気付け、という話なのだ。
「僕の名前は国によって男でも使われてるみたいだしねぇ…。お互い身長高いし、声も低めだから勘違いされることは多いけど」
「オレ、男所帯で育ったから口調はこんなだけど、喉仏ねぇし」
「僕も父の口調が移ってしまって女らしい口調とは言えないけれど、下も付いてないのにねぇ」
「上はバッチリ付いてるのにな。すげぇ胸筋だとでも思ってたのか」
「君は鍛えてるからねぇ…僕の場合は着込んでる上に着痩せするから方だから」
互いに笑い合って話す女性二人に、他のメンバーは苦笑するしかない。
「つか、パーティ組んでたら普通分かるよな?」
なぁ、とシャルロットが話しかけたのは向かい側に座る、この町で新たに『紅の星』にメンバー入りした二人組。共にダンジョンを攻略し互いに申し分ないと納得し、今後も仲間としてやっていく者達だった。
「オイラは最初気付かなかったけど、一緒に話してたら分かったけどなぁ」
なんで、その人は分からなかったのかなぁ? と首を傾げる重戦士のヌルは、のんびりした性格だが任された仕事はしっかり熟し、マイペースであるが故に大概のことに動じる事がない。メンバー内で最長であったバイオレッドさえ隠すヌルの大きな身体は、身に着けた全身鎧とタワーシールドと呼ばれる大楯も相まって、戦闘中は不動の山のごとく頼りになる存在だ。黒髪で黒ひげを生やしてはいるがメンバーの中では一番年若く、現在彼女募集中、とのこと。
「うむ、ワシは名前を聞く前に会った時点で気付いたが、ヌルのように仲間として共に在れば自然と気付くはずだろうな」
話を聞いていると同じ治癒士として恥ずかしい限りだ、とヌルの隣に座る治癒士バルドが嘆息する。豊かな白髪を持つバルドはこのメンバーの中で一番年上だが、真面目で厳格な性格で、熟練の棒術技で魔物を惹きつけることも出来る他に、当然回復魔法や、支援魔法を使いこなす大ベテラン。また戦闘だけでなく、長年治癒医院で働いていて、若いヌルと出会ったことでその才を見出し共に組むために冒険者となったという経緯がある為、治癒医院や冒険者ギルドに今でも顔が利く。万が一の時に頼れる伝手とコネを持っている者が仲間にいるのは、非常に頼もしかった。ただ、バルドには長年連れ添った妻と成人済みの子がおり、家族とその孫自慢が始まると止まらなくなるのが玉に瑕、ではあるが。
「成人して少しは勝手な性格が直ってるかと思ってましたが、むしろ悪化していたような気がします」
リーダーである剣士アーロンは飲みほしたジョッキをテーブルの上に置いて、盛大に肩を落とした。
「世話になった親代わりの先生に頼まれたんだろ? 恩返しなら断れねぇ気持ちも分かるし、治癒士ならと賛成したオレらも同罪だろうよ」
「そうそう、まさかアレが相当
「ココの言う通りだね。それに誰よりもフォローしていたのはアーロンだろう。僕達は君に任せっきりにしてしまってむしろ、申し訳なかったよねぇ…」
「いえそれは、彼女が皆のことを無視してたから仕方がないですよ。ボクにはまだ話を聞く態度を見せていましたし、一応幼馴染って立場でしたし。それに…」
それぞれの仲間の励ましにアーロンは苦笑したが、すぐに嬉しそうに言葉を続ける。
「院長先生は、どちらかと言うとボクの事を心配してたようです。孤児院ではボクの前以外でいい子を演じていたようですから、彼女からボクを批判するような話が他の子達に広まれば、ボクが困ることがあるかもしれないからと敢えて彼女の意図通りにしていたようです」
――院長先生は彼女の本性を知っていたようですから余計にボクの事が心配だったのでしょう、と。
「え、なんで? 心配なら関わらないように紹介状書かなきゃいいじゃん?」
ツマミのジャーキーを隣に座るバイオレッドが食べやすいようにと、せっせとナイフでカットしていたココが驚いてその手を止める。他のメンバーも思わぬ発言に各自飲み食いを止めてアーロンを注視した。
「何故か昔からボクに執着していたようですから、正当な理由でボクから離れる理由が出来ればいいと考えてくれたみたいです。付き纏われても幼馴染だからという言い訳がありますし、童顔でそこそこ可愛いく見える彼女と剣士として鍛えられた体格を持つ男のボクでは、外野から見てどちらの言い分を信じるかの心証ではボクの方が不利ですからね」
そう言うアーロンに、いち早く納得したのは女性二人だ。
「ほ~う、正当な理由、ねぇ?」
「絶対何かやらかすと思ってたんだな、その先生は」
ニヤニヤ笑うのはその院長先生の考えを察したからだろう。
「ここはオレがもっと奥さんアピールしときゃ良かったか?」
「いやいやいっそ目の前で旦那とキスの一つでもしておくべきだったのでは?」
二人のからかう様な言葉に顔を赤くして固まるのは意外に奥手のアーロンだ。
「あ~…その、アレはかなり鈍感だったみたいだしな…」
それでも気付いていなかった
「アーロン狙いなのは気付いちゃいたが、あんま派手に問題起こすとギルドからの評価が下がるから遠慮してたのによぉ」
「たぶん、その院長先生は
冒険者家業は魔物と闘ったり賊の討伐等、荒々しい仕事が付き物だ。命を懸ける仕事が多いのだから信頼や信用が何より大事であり、色恋沙汰でそれらを手放すような人物は男女共に嫌われる。仕事を仲介する冒険者ギルド側としても、そんな人物は冒険者ギルド全体の信頼と信用を損なう者として厳しく対処するのが通例であった。そこには、色恋自体は好きにやれ、ただし問題起こさず仕事をしっかり熟す者に限る、と言う偉い人の言い分があるとかないとか。
「なるほどの…。王族貴族ならば一夫多妻が許されても、一般的に一夫一妻が常識であるこの世の中において、正式な妻であるシャルロット殿がおられるのに、その夫であるアーロン殿に粉を掛けるような不謹慎な者を仲間にしたいとは、誰も思わぬだろうな。ワシでも無理だ」
「そうだなぁ、オイラもそんな人はちょっと嫌だなぁ」
比較的温厚なバルドとヌルでさえ、忌避感を抱くぐらいである。色恋沙汰で追放された者がどうなるかは推して知るべし。
「そこまでしなくても大丈夫ですよ。追放理由は色恋沙汰ではありませんでしたが、彼女が冒険者としてあり得ない態度だった事は冒険者ギルドも認めてましたし、あの同意書は誓約書でもありますから今後は彼女に関わることはないでしょう」
「そうか? アーロンのイイ男っぷりを知る
「え、ボクはシャルにとってイイ男ですか? 嬉しい…」
「そこ、イチャついて二人の世界に入らな~い。今日の主役はバルドとヌルだろ~」
自然とイチャつく二人を注意するココだが、切り分けたジャーキーを互いの口に放り込み合う彼とバイオレッドの二人も大概である。
そんな夫婦二組を見ながら、バルドとヌルは仲が良いのは良いことだと笑って新しく酒を注文していた。
――彼らはまだ知らない。
いずれ、世界最古で最難関と言われているダンジョンを攻略し、リーダーであるアーロンが『冒険王』と呼ばれるようになる事も、その仲間として一躍有名になる事も。
そして、何より。
この数か月後、拠点とした新たな港町で
機嫌よく酒を呑みかわす『紅の星』は、まだ知らなかった。
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