第5話 男女混合は珍しくない


「アーロン…?」


 今、何だか変な言葉が聞こえた。気のせいかなと思って名前を呼んでも返事はなく、そのまま冒険者ギルドを出てゆく彼の後ろ姿。

 お、追いかけなきゃ!


「アーロン! あれ、宿屋はそっちじゃないよ? どこかに寄って行くの?」


 夜でも月明かりで明るい外。彼の金の髪がいつもより輝いて見えるから、すぐに分かる。


「――ねぇ、アーロンってば!」


「……ボク達の宿は変えました。最後の情けで以前の宿屋に一晩だけですが、君の部屋を取っていますのでそちらへどうぞ」


「どういうこと?」


 声を掛けても足を止めてくれないから走って追い越し、彼の前に出たらやっと会話してくれた。…けど話の意味が分からない。


「どういう事も何も、君はもうボク達の仲間じゃないんですから。当然でしょう?」


「え、でも」


「ちゃんとギルドで手続きはしてあります。正式に君はもう『紅の星』ボクのパーティのメンバーじゃありません。同意書にサインもありましたし、ボクが世話をする理由もありません」


 あの紙のこと? 確かにサインしたけど、それにはちゃんとした理由がある。


「あれは…アーロンがもう居ないって思ったからサインしたの! そこの盗賊も他の連中も貴方を見捨てたから」


「いつボクの仲間がボクを見捨てたと?」


「ダンジョンで貴方が死んで!」


「ダンジョンでは仲間がボスを牽制しながらボクを蘇生してくれました。途中で死んだ場合、戦闘中であっても蘇生して貰う約束でした。これのどこが見捨てたと?」


「でも! 酷いことを言われたわ! 貴方を助けようとした私に無駄に魔法使うなって!」


「無駄ですよね、死んだ私に回復魔法を使うなんて。死者には回復魔法は効果ありません、治癒士である君がすら知らなかったとでも?」


 確かに知ってたけど! 愛のイベントだと思ってたんだから、仕方が無いじゃない!


「しかも、ボス戦の前ですよ。魔力消費を抑えるのは当然でしょう」


「…私は、アーロンを助けたくて…」


「…そもそも、君が無駄に魔物の前に出ようとしなければ、ボクは死なずに済んだ話なのですがその事についてのはないんですね?」


「え?」


「…、君は根っからのクズなのか。それとも、人間の言葉を理解出来ないバカなのか」


 大げさに見えるほど大きなため息をつくアーロン。って、あれ可笑しいな、アーロンの口調がちょっと変わってたような?


「あぁ、その両方なんだな」


 私を見下ろすその目はひどく冷たい。


「君は、治癒士だ。しかも冒険者活動は三ヶ月以下の初心者。なのに前衛のようにスキあらば前に出て魔物と直接戦おうとするなんて蛮勇も大概にしろ! 治癒士は後衛で支援が基本だろう。何度も注意したのに全く聞かないし、仕方が無いからボクが君の側に居て前に出れないようにしてたんだ。おかげで他の皆に負担が掛かってしまった――」


 ――そもそもダンジョンに入る事前の準備さえまともにして来ないのは何故なんだ?

 祝福は教会で祈れば受け取れるのにしてないし、必要な道具の説明もしただろ? 何度も道具屋とか一緒に巡って教えたよな? なのに何で買ってないんだ?!

 君に渡していたのはパーティで負担してる予備分だ。魔力回復薬も魔法石も高いってのに。基本的に消耗品は自己負担だと説明もしただろうが! ダンジョン入る前に予備を渡すとか、緊急の時ぐらいしかないのに、毎回それだと寄生行為と取られても可笑しくないんだぞ?

 お金がないなら冒険者ギルドである程度借りることが出来るだろ? そういう支援制度は初心者冒険者に対してあるものだ、利用しないでどうする!


 ――戦闘中もだが、ダンジョンで注意力散漫とか有り得ない。何度も足元見てとか前見てとか注意したが、自分自身で気を付ける気全くなかったよな?

 君が罠に掛かるとこっちの負担になるし、足音だって全く消そうとしないから音に敏感な魔物を呼び寄せるし、回復魔法を使う時も戦闘後のみで欲しい時には使わない上に魔力探知する魔物を引き寄せるしで、君をパーティに入れてから五回はダンジョン行ったけど毎回最悪だった。


 ――パーティの連携とかで大事な指示を無視して何がしたかったんだ?

 リーダーはボクで、そのボクの指示や注意を聞いてないだけでも問題なのに、他の仲間は冒険者として君より先輩だから、イザと言うときは指示に従うように話もしただろ? 何で全て無視する? あぁ、ボクが死んでいた間の時の事も聞いた、戦闘中なのに戦闘を放棄してたそうだな? 普段から役に立ってはいなかったけど、無防備な君を守りながら仲間が闘っていなければ君はあっという間に魔物のエサとなっていた。それを感謝するどころかそのままダンジョンを勝手に一人で脱出するとか、本当にあり得ない!

 と言うかボク以外と会話してる所ろくに見てないんだが、君は協調性が全然無いよな。互いに命預ける冒険者パーティでは信用と信頼が大事なのに、その土台を作る会話もしないならば――


「致命的に、冒険者に向いてない。今すぐ辞めることを勧める」


 ……誰、これ。優しいアーロンはこんな事言わない。目の前にいるのはアーロンじゃない? でも姿と声はアーロンだし。漫画の『アーロン』は冒険者だから、私も冒険者じゃないといけないのに。だって私は、私はアーロンの奥さんだから……今更、なんでそんな酷いことを言うの?


「あ、アーロンは…私のこと、好き、なんだよね?」


「は?! 冗談じゃない、君なんか大嫌いだ!」


「嘘よ。恥ずかしいからってそんな嘘をつかないで!」


 私とアーロンが結ばれるのは、運命であり必然。だって漫画にあった『奥さん』になれるのは私しかいないのだから。


「コイツ、やっぱ頭おかしくね? この町の警邏呼ぶ?」

 

 彼の後ろで盗賊ドブネズミが何か言ってるけど、無視よ無視。アーロンも同じことを思ったのか、チラッと盗賊を一瞥しただけで終わった。


「……言っておくが、パーティに入れてからもリーダーとしての責任感と、紹介状を書いた孤児院の院長先生からも頼まれたから、世話をしてただけだ。それ以上の感情なんてあるわけないだろ」


「私は、幼馴染でずっと一緒にいたじゃない…」


「確かに幼馴染だな、でもそれって同じ孤児院で育った二十人以上いる幼馴染の内の一人って事だろ? 君は昔からボクの傍をうろちょろしてたが、孤児院の方針が『年上は年下の世話をする』だったから、他の子と同じように世話してただけだ。と言うか、君は昔から勝手な子だと思ってたし、紹介状がなければ仲間に入れる気なんてなかったさ」


 ――覚えているか? ボクが特訓用に使ってた木製の剣。あれって院長先生が作ってくれた大事な特製品おくりものだったんだ。使われていた木は頑丈で長さも重みもボクに合わせてくれていた物なのに、ある日突然君が勝手に捨てた。ちゃんと部屋に置いてたのに、掃除の時に捨てたって。ショックだったが、うっかりしてしまったなら仕方がないって無理矢理納得しようと思ってた。けど後日、君はその辺にある適当な木を削って作った木の棒をボクに寄越してこう言ったんだ。「あんなカッコ悪い棒よりイイでしょ?」って笑ってな! 


「そんなの覚えてないし、昔の話じゃない!」


「そうだな、幼馴染だからこそ知ってる昔話さ。ボクには君と関わるイイ思い出なんて一つも無い。だからこそボクが君を嫌いになる理由はあっても、好きになる理由がない」


「そんなことない! 私は『アーロン』の『奥さん』なのに!!」


「君と結婚した覚えもないし、これからもない。大体ボク、もうすでに愛する奥さんと結婚してるんだ」


 なんで分かってくれないの、とばかりに叫べば、信じられない言葉が聞こえた。


「は? え? 結婚、してる…?」


 私は告白もされてないし式だってまだ挙げてない、よ? え、なんで結婚してるの? アーロンは私と結婚して、私が『奥さん』になって……え? 私は、私は、あの『奥さん』…のはず……じゃなかった…??


「うへぇ…コイツマジかよ…。隠してねぇし普通気付くだろ…」


「…君はボク達のことをまともにともともしてなかったんですね」


 混乱しているのは私だけで、逆に落ち着いたらしい彼は、懐から何かを取り出した。


「君のようなクズにこれ以上時間を無駄に取られたくないんです。にサインした以上、二度とボク達に関わらないで下さい」


 顔の前に突き付けられたモノは、私がサインしたあの紙どういしょ

その内容には、『紅の星』から脱退することに対しての同意、脱退に至る理由――さっきアーロン話してた内容全て――が記されていたけど、それだけじゃなかった。

 『これまで治癒士リリナに渡していた消耗品などの備品と宿の代金は返金不要であること。最後のパーティとして受けた依頼報酬は冒険者ギルドを通して取り分を渡すこと。

 その代わりに、今後『紅の星』、以下のメンバーに二度と関わらないことを承諾し、神に誓うこととする。


 『紅の星』メンバー名(職業、性別)

リーダー、アーロン(剣士、男)、

サブリーダー、バイオレッド(魔法使い、女)

仲間、シャルロット(武道家、女)

仲間、ココ(盗賊、男)

仲間、その他今後メンバーに参入した者達を含める。』


 ………………え?


「この紙は写しなのでそのまま差し上げます。ココ、行こうか」


「おう、急いで合流しようぜ、俺の治癒医院苦手な嫁が泣いてるかもだし」


「それを言うならボクの奥さんも泣いてるかもしれません。欠損は治す時、すごく痛いですから」


「いやいや、シャルは大丈夫だろ~」


 手を離されひらひら落ちてゆく紙から視線が剥せない。言葉も出ず、茫然と立ちすくむ私を置いて、二人は立ち去った。





 翌日、報酬は冒険者ギルドから渡された。

 アーロン達の姿はどこにもなかった。どこに行ったか、冒険者ギルドの受付に尋ねても、同意書のせいで冷たくあしらわれるだけだった。

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