第3話 サブリーダーは魔法使いの人
私は、冒険者ギルドに併設されている酒場に居た。適当に空いていたテーブル席に座って、ぼんやり人の動きを眺めている。
普段なら冒険者の男共にナンパされるのだけど、今の私には声を掛け辛いらしい。四人がけのテーブルなのに、同席しようとする男も居なかった。
つまらない気もしたけれど、今はそれで良かったと思う。アーロン以外の誰と話しても楽しくなんかないし、アーロン以外に私の名前を呼んで欲しくなかった。
悪夢のようにアーロンが光の粒となって消え、泣き叫び続けた後、私は思い立って緊急脱出用の魔法石を使いダンジョンから出ることにした。
使用すれば一人だけダンジョンの外に一瞬で出られるこの魔法石は一流冒険者の必需品。これもまた値段は高いが、愛するアーロンが私の分を用意してくれていた物だ。
もしかしたら、アーロンはダンジョンの外で蘇生されたのかも。ほら、過去に例を見ない愛の奇跡だし、何かしら予想外のことはあってもおかしくない。
合流するにしてもアーロンは本調子ではないだろうし、パーティが利用している宿屋で私を待っているのかも。
いや、アーロンは町の教会で待っているのかも。または一緒に回った道具屋で、ひょっとして冒険者ギルドで、待っているのかも。
可能性は低くても、そんなことを思い立ってしまった私には確かな希望に思えたのだ。ダンジョンから出さえすれば、ダンジョンと町を行き来する冒険者ギルドが運営してる乗り合い馬車を使えるから一人でも問題ない。
すぐにダンジョンから出て拠点としている町に戻り、逸る気持ちのままに走って宿屋に向かう。
…アーロンは、居なかった。
教会、道具屋、念の為他にも町中を回ってみたけれど、アーロンの姿はどこにもなく。
最後に冒険者ギルドを訪れ、恐る恐る受付の人にアーロンについて尋ねた。
――戻られた記録はありません。
淡々と告げられた言葉に、パキリと私の何かが割れた気がした。
それからずっと、ここに居座っている。
ぼんやりしていると酒場がどんどん賑わっていることに気付いた。もう夜なのだろう。昼頃に町に戻ったから、結構長居していることになる。
それでも、立ち去りたくなかった。
ここで、アーロンの帰りを待っていたかったから。アーロンが、帰ってこないなんて信じたくなかったから。
冒険者達が冒険や依頼の報告にギルドに集まり、終われば酒場へとそのまま流れていくのはいつものこと。人の数は時間が経てば経つほど増してゆき、喧嘩寸前のようなやり取りや、ちょっとした賭けに負けて奢らされる者の悲鳴と複数の勝鬨の雄叫び等など、酒場も合わせてギルド内は騒がしくなる一方だ。
――依頼の完了…で終わりだね、…手続きは?
――…そっちは……だ。…を外すんのに……ったく…、…どこ…やがったッ!
そんな騒がしさの中に不快な声が混ざっていた気がする。聞きたくないのに、耳に届く不快音。
――…おや? あれは…。
――…あン? あぁッ?!
「やっと見つけたぜッ、このクソ治癒士!」
座っていた私の前に現れた二人組は、やはりあの最低なパーティメンバーだった。
ただ、前と少し違う。
武道家の腕が片方無かった。
隣に並ぶ魔法使いの持つ杖も良く持っていた物と違うように思う。
あのダンジョンのボス戦で失ったのだろう。
けど、それがなんだ。
アンタ達は、生きてここにいる。
アーロンを見捨てたのは、アンタ達なのに。
どうして、主人公の仲間となるアーロンが死んで、モブのアンタ達が死ななかったのか。
フツフツと怒りが湧いてくる。
「宣言通り、『紅の星』のメンバーからテメェを外す。おら、この同意書に署名しろッ!」
テーブルの上に叩きつけられた一枚の紙。
アーロンが居ないパーティに価値などない。私は出されたその紙に手早く署名する。パーティからの除名とか色々書かれていたけれど、内容なんてどうでもいい。
これで私は自由。パーティメンバーとしてこの二人を気遣う必要もなくなった、ということだ。
アーロンを見捨てた、この目の前の連中が私には許せなかった。
か弱い私には武道家のような下品な暴力など振るえないし、魔法使いのような派手なだけの攻撃魔法も使えない。
だからせめて、私とアーロンを失ったことに、私達がどれだけ大事な存在であったのかを、教えてあげよう。
知れば、連中は後悔するだろう。私を仲間に戻したくなるかもしれない。
アーロンが居ないのに、私が戻る訳ないのに。
これから先、一生後悔すればいい。
「…うん、ちゃんと署名されているようだねぇ。必要なモノはこれで揃ったし、このまま受付に提出してお終いにしよう」
「おう」
「待ちなさいよ。今度は私の話を聞きなさい!」
「ふん、誰かテメェの相手なんか」
「話だけなら僕が聞いておくよ。君は先にソレを提出して来て欲しい」
「…分かった、任せたぜ」
一番気に食わなかった武道家が離れていくのを止めようと立ち上がれば、陰気な魔法使いが間に割り込み、私の前に立ち塞がる。
「それで? 僕達はこの後も済ませなければならない用事があるから、手短に頼むよ」
魔法使いらしく黒いローブを身にまとういけ好かないモヤシ男は、メンバーの中では一番背が高かった。必然的に見降ろされるのが、ひどく腹立たしい。
「アーロンは、私の幼馴染だったのよ!」
私は思いの丈を、ぶつけた。
――孤児院で育った私達。
身寄りがないからこそ、その絆は強い。
年下であった私の世話をよく見てくれていたのは、皆のお兄さんとなっていたアーロンだ。
彼が、あの『アーロン』だと気付いたのは、肩にある不思議な形の痣を見てから。
孤児院にある裏庭で、毎日不格好な木の棒を使って素振りをしていたアーロン。汗で濡れた上着を脱いだ彼の姿を、洗濯物を窓から落として拾いに来た私が目撃したのだ。
それから私達はずっと一緒にいた。アーロンが冒険者登録が出来る十二歳になるまでは、ずっと。
この世界では、魔力がある子供は必ず十歳になると魔力検査を受ける。魔法を使うのに充分な魔力があれば、魔法学校に四年間通うことが義務付けられているからだ。
アーロンには大した魔力がなかったからすぐに孤児院を出て冒険者になったけど、私の場合は魔力が豊富にあったから魔法学校に行かなければいけなかった。
四つも年下の私は、更にアーロンを待たせなければならない事実が悲しかった。
学校でより詳しい魔力検査を受ければ、私の魔力の指向性が回復魔法にしか向いていないことが判明し、治癒士になることを選んだけれど、アーロンを癒やし支えるのは私だと前向きに頑張った。
四年で無事に卒業して、アーロンの仲間になる為に、冒険者になった。
もうすでに孤児院がある町にはアーロンは居なかったけれど、院長先生がアーロンの居場所を知っていた。
手紙と寄付金が孤児院宛に届いていたのだ。アーロンは本当に優しい人。
やっと、アーロンに会えた時にはすでにパーティメンバーが他にも居たけど、私はアーロンの隣に居られればそれで良かった。アーロンもすぐに私をパーティに迎え入れてくれた。一緒にたくさんのお店を回ったし、危ない依頼を受ける度にアーロンは私の側に立っていつも守ってくれた――
「……えっと…僕は何を聞かされてるのかな…」
「理解力がないのね? それでよく魔法使いになれたわね」
「……それは、こっちの台詞だと言いたいねぇ…」
「治癒士である私は本当だったら治癒医院で働けたの、でもそれをアーロンのために冒険者になってあげたのよ!」
治癒医院は文字通り、怪我や病気を癒す施設。優秀な治癒士や医師がこぞって働いている。当然有料だが、死者の蘇生は出来なくとも上級魔法でも治せない身体の欠損だって、治癒医院に行けば治してしまえるのだ。漫画でも治癒医院は重要な施設だった。
――そんな価値ある治癒医院で働ける、治癒士である私。凄腕の剣士であり未来の『冒険王』であるアーロン。釣り合いの取れた私達夫婦はこれからお互いに寄り添って、いつの日か出会う主人公を支えて、共に栄光の道を切り開いていく。
そんな明るい未来を、アンタ達のようなゴミ連中が台無しにした――
「…おい、まだやってんのかよ。もうギルドの用事は済んだぜ?」
「あぁ、うん。何というかね…彼女の妄想話を延々聞かされただけだったよ…、時間を本当に無駄にした」
「ハァ?! こんだけ話してあげたのに、私とアーロンの価値をまだ理解しないわけ? ホンっとどうしようもない連中、アンタ達と一時的でも仲間だったなんて最悪の黒歴史よッ! アーロンが可哀そう…!」
「んだとッ! テメェにだけは言われたくねぇよ、アーロンにあんだけ迷惑かけて我が物顔とかあり得ねぇし気持ち悪ぃんだよッ!」
「なんですって?!」
「そもそも仲間って言う割には…ねぇ君、僕達の名前、覚えているかい?」
「はあ? アンタ達のことなんて、覚える価値ある? ないでしょ?!」
「やっぱりそうなんだねぇ。パーティとして行動してた時も君の口から出るのアーロンの名前ばかりで、初めに自己紹介もしたのに、僕達のことは今までずっと『魔法使い』とか職業呼びだったし。そんな人を仲間だったとは僕は思えないから、お互い忘れた方が健全だろうね」
「…アンタ達って、救いようがないクズね、死んだアーロンのことを忘れるなんて…!!」
どうしてこんなに話しても、伝わらないのか。人の言葉を理解しないなんて、よっぽど頭が悪いのか、それとも…。
「……前から感じてたけどよ…このクソ治癒士、頭ヤバくねぇか」
「ヤバいねぇ」
「だよな、つかアーロン、いつ死んだ?」
「ダンジョンで一回死んでたねぇ。誰かさんが余計なことしたから」
「それな! アイツも無理して庇うからよぉ…、祝福持ってたにせよ、無茶しやがって」
「まぁまぁ、ダンジョン入る前に互いに確認取ってたし、彼女が祝福持ってないこと知った上での行動ならばアーロンらしいじゃないか。それに無茶と言えばその後の――」
何やらおかしな事を話しだした二人を見て、私は悟った。この連中は、もう手遅れで…狂ってしまっているのだ。
それでも、許す必要を感じないけれど。
ごめんね、アーロン。
狂った連中に私の言葉は届かなかったみたい…。
私だけはずっと忘れないから。
これ以上こんな狂人相手に付き合って、無駄な時間を過ごしたくない。そう思った私はギルドを出ようと一歩動いた。
その時、連中のそれぞれの肩に誰かの手が置かれるのが見えた。
「二人とも、何故、まだギルドに居るんです? 治癒医院の予約はすぐに取れたと言ったじゃないですか」
あれだけ聞きたかった声。
二人の背後に立つ、その誰かの姿は、間違いなく『アーロン』だった。
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