第2話 戦闘は継続中 


 目の前で倒れた彼、アーロンに対してパニックになりながらも、私は咄嗟にメイスを地面に投げ捨て回復魔法を使う。

 成りたての治癒士である私にはまだ上級魔法を使えないけど、初級の回復魔法だってその辺の回復薬を使うより断然効果的なのだ。


 ただ、才能を見出され治癒士となるべく学んだ知識から私は知っていた。

 生きていれば回復魔法は確実に相手を癒やす事ができるが、死んだ相手には効果がないことを。

 この世界には、死者を蘇生させる魔法も、同じく蘇生薬も、存在しない。

 蘇生は唯一神の奇跡によって起こるとされ、それ以外の手段は存在しないのだ。

 それは前世の記憶にある漫画の公式設定でも同じであり、どうしようもない事実だった。


 回復魔法を使い続けながら、私は必死に考える。

 神の奇跡を起こす方法なんて、私は知らない。漫画の知識がある私さえ知らないのだから、他のメンバーだって同じだろう。

 アーロンはこんな所で死ぬはずない。

 でも、回復魔法の発動を示すキラキラした光が止んでも傷が治った様子が無い。

 アーロンがこんな所で死ぬはずない。

 死んでいいはずが、ない。

 視界が歪んだと思ったら止められない涙が私の頬を濡らし、ポタリポタリと彼に注がれる。


 だって、冒険王になるんでしょう?

 まだ、冒険の途中だよ。

 だって、私と夫婦になるんでしょう?

 まだ、告白されてない。

 …あ、そっか。だからか!


 唐突に気付いた。

 神の奇跡なんか期待しない。そもそも信仰心なんてないし。アーロンはよく教会に行ってたけど、私は胡散臭い教会には興味なかった。

 でも、だからこそ、私が、私だけがアーロンを助けられる。

 私とアーロンならば…神によるのではなく、愛による奇跡を、起こせるのではないか。

 あの『アーロン』はこんな所で死ぬはずないんだから、私との愛の奇跡で蘇るのではないか。

 キスが定番かもしれないが、私はあいにくお姫様ではなく治癒士。

 私が諦めず想いを込めて回復魔法を使い続ければきっと、愛の奇跡が起こるはず!

 そうして、蘇生したアーロンから告白されて、私はアーロンの奥さんになるのだろう。

アーロンの死コレは、そういう愛のイベントなのだ。

 私はアーロンが蘇るまで動けなくなるが、他のパーティメンバーだって、アーロンが助かるならそれでいいだろう。

 私は魔法に集中する。

 だが、他のパーティメンバーから掛けられた言葉は実に酷い内容で、私の行為を否定するものだった。


 ――何やってんだ、くそがッ!!

 ――無駄に魔法使ってんじゃねぇよ!!


 信じられない。あり得ない。

 倒れたアーロンに回復魔法を使うのは、当然のことでしょう?

 大事な仲間であり、将来の夫なのだから。

 何が無駄だと言うのか、私の回復魔法はアーロンを助ける為にある。

 魔力が無くなったって、魔力回復薬がある。

 必要だろうからって、アーロンから渡された物。値段の高い薬なのに、私の為に用意してくれていたのだ。

 無駄なことなんてありはしない、愛の奇跡で必ずアーロンは私が助けてみせる。

 回復魔法を繰り返す。

 アーロンが蘇るまで、何度だってやってやろう。


「いつまで無駄使いしてんだよ! アーロンはもう死んでるだろうがッ!」


 外野の言葉を無視していれば、バシッと背中を叩かれた。その拍子に魔法が途切れる。

 振り返って睨みつければ、犯人は目付きと口の悪さが最悪のパーティメンバーの武道家だった。

 コイツにはグチグチ文句を言われ、睨みつけられた回数は数しれず、道中でも散々罵倒された。優しい彼を見習えと何度思ったか。

 コイツにはアーロンを、仲間を想う気持ちが無いのだろうか。


「…私はアーロンを助ける、邪魔しないで」


「ハァ?! バカがテメェ! 回復魔法で死者をどうにか出来るかよッ!!

 いい加減、こっちの戦闘に集中しろやッこのボケが! まだこの奥にボスの魔物がいるんだぞ!!」


 コイツ、全く分かってない。

 治癒士である私がそんな当たり前の事を知らないはずがないだろうに。

 だからこそ、回復魔法を私が続ける意味くらい察して欲しいものだ。

 ガチムチではないが、靭やかな筋肉を持つ筋肉ダルマな武道家だ。赤い髪が生えたその頭の中には筋肉しか詰まって無いのかもしれない。

 …いや、確か武道家はその俊敏さで誰よりも早く魔物に突っ込むような特攻を得意としてたはず。

 あんな気持ち悪い魔物に喜々として突っ込むのだ、仲間を思いやる心なんて元々持っていなかったのかも。


「ちょっと、早くこっちに! ボスがもう目覚めてる! 

分かってるだろうけど、盗賊シーフに前衛役は期待すんなよ!!」


「すぐ行くッ! 治癒士、テメェも早く」


「ふざけないで! 今、リリナがここを離れたらアーロンは助からないのよ?!」


「テメェこそフザケンなッ、アーロンは死んでるっつってんだろうがッ!

 冒険者ならとっとと戦闘に加われッ!」


「…信じられない、貴方達、アーロンが大事じゃないの? 仲間でしょう?!」


「仲間だからこそ、言ってるんだけどねぇ…。

 もう時間がない、彼女は置いて先に行こう。幸い、ここは最深部であるボスの手前だ。門番役だった魔物は全部倒したからね、他の魔物はもう現れないだろうよ」


「…クソ治癒士、テメェ、帰ったら覚えてろよ…ッ! 即刻、パーティから追放してやっからなァ!!」


 クズの武道家を筆頭に、お調子者の盗賊も、人を見下す魔法使いも、本当に誰も分かってない。

 漫画の本編にも居なかったモブ以下のアンタ達なんかより、アーロンはすごく価値のあるサブキャラヒトなのに。

 私と動かない彼以外のパーティメンバーが最深部へと向かえば、暗さ故に憎たらしいその姿がやっと見えなくなる。


 アーロンを簡単に見捨てる連中なんて、仲間じゃない。

 私は内心で連中に見切りをつける。

 私の仲間はアーロンだけ。

 アーロンの仲間も私だけ。

 それでいい。


「絶対、助けるからね…アーロン!」


 私は再度、回復魔法を使う。

 たくさんたくさん、想いを込めて。

 すぐに魔力が尽きた。

 まずい薬を飲み干して、魔力が満ち始めるのを実感しながら、回復魔法をもう一度。

 …すると。

 彼の身体から、回復魔法とは異なる柔らかな光が溢れ出す。

 あぁ、やっぱり!

 きっともうすぐ、アーロンは蘇る!


「アーロン!」


 期待を込めて名を呼ぶ。

 そうして柔らかな光がアーロンの全身を包みこむと、その身体は光の粒へと変わって…光の粒は空中へと溶け消えていった。


「…え? アーロン?」


 後には何も残っていなかった。

 彼の身体はもちろん、剣や他の装備品も、血溜まりさえ何もかも消えて無くなっていた。


「は? え、なんで? なんでなんで…」


 奥から魔物の咆哮が聞こえてきた。

 まるで、アーロンを食べてやったと勝ち誇るかのようなタイミング。

 ダンジョンで死んだ冒険者の魂は、ダンジョンに食べられる…そんな与太話を酔っ払いが話していたのをふと思い出す。

 酔っ払いは汗臭い年配の冒険者で、良く冒険者ギルドの酒場に居て新米冒険者に絡むのだ。

 当然信じてなどいなかったし、そもそも漫画ではそんな設定なんてなかった、はず。

 まさかそんなあり得ない、と思うけど、今の目の前で起こったことはナニ?

 もしかして。

 もしかしてもしかして。

 私は、アーロンを、助けられなかった…?


「……いやぁァァァ!!!」


 後に残ったのは、私の絶望の叫びと、奥から響く激しさを増した戦闘音だけだった。


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