第3話「メロンパン」

 東名高速道路上り線、平日の昼間という比較的混んでいない時間帯に意気揚々と走る若葉マークの車。静かに走る低燃費自動車とは裏腹に、車内には叫び声が木霊している。


「うにゃ~!?、 はやいはやいはやい、止めてくれ~!」

「ちょ、空狐、大丈夫だって他の車もほとんどいないし事故になる事はほぼないと思うから」

「その断定してくれない語尾が気になりすぎるのじゃ!」

「だって私も初心者ですし?」

「だったら行かないでも…ゔにゃ~~!!」


 なぜ私達がここにいるのかと言うと、その理由は三日前に遡る。


   ■■■


「よし、出来た。空狐~、ご飯できたよ~」


 …あれ、いつもなら飛んでくるのに


「空狐~?」


 ドアを開けると、テレビに目を奪われているキツネの少女がいた。


「見てくださいこのメロンパン! 外はカリカリ、中はふわふわで美味しそうです! ではこれから頂きたいと思いま…」


 グルメ特集かな? アナウンサーらしき人が食レポしてる。空狐が夢中なのはこれが原因か。


「おお! 上手そうじゃ~。メロンパン?と言うのか…どんな味かの~」


 目を輝かせて、よだれを今にも溢れさせようとしているキツネっ娘はまだこっちに気づいてない。


「空狐、ご飯できたよ」

「七海! これ、これはどこなのだ!?」


 なん、だと? 空狐がご飯と言う単語に反応しない? そんなに気になるのかな。


「えっと、ここは…海老名サービスエリアだね」

「さぁびすえりあ?」

「そ、車だけが通れる道路にある大きい休憩所みたいな所だよ」

「そうか…」


 あれ、何か悲しそう?


「どうしたの? てっきりあれが食いたいのじゃ!って来ると思ったんだけど」

「いや、七海はその車と言うものに乗れんのじゃろ?」


 ああ、そういう事か。確か前に乗りたいけど免許が無いから無理だって話したことあったっけ。…でも今の私は一味違うんだよね!


「ふっふっふ~、じゃ~ん!」

「? なんじゃそれは」

「これは運転免許証! これがあると車に乗れるんだよ~」

「な、なんじゃと! 七海、この前無いと言っておったではないか」

「いや~、夏休みに入ったら空狐と海に行きたくて間に合うように頑張ったんだ~」


 まぁ、その分大学の単位とか試験ギリギリなんだけどね。


「じゃが、肝心の車はあるのか?」

「それは流石に無いかな~」


 空狐の耳が垂れてうな垂れる、心なしか身体も小さくなったような気がする…流石に勿体ぶりすぎたかな。


「でもレンタカーって貸してくれるお店があるから大丈夫だよ」

「じ、じゃあ行けるのか!」

「行けるのだ!」


 パァっと眩しい笑顔で飛び跳ねる空狐。


「流石七海じゃ! やっぱり七海は最高じゃな!」


 思いっきり抱きついてくる空狐。あぁ、やっぱり今日も少年バトル漫画もびっくりするくらいの理性との戦いをしなきゃなのね…


「行こう! メロンパンが妾を待っておる!」

「はいはい、でも明後日まで待ってね明日はバイトだから。それよりご飯食べなきゃ」

「そうじゃ! 今日の夕餉はなんじゃ?」

「野菜炒め」

「早く食べるのじゃ!」


 調子いいなぁこんにゃろう。


   ■■■


 と言う訳で向かってるわけだけど、走り始めた途端こんな感じだ。


「もうすぐ着くから、あとちょっとの我慢だよ」

「もうダメじゃ~、こんな速度出してよい訳がない…」


 ちゃんと法定速度で走ってるんだけど、知らなかったらそうなるよね。私も初めて教習車乗った時めっちゃ怖かったし…っとここだ。


 速度を落とし、駐車場に車を止める。ふぅ、何とかなったな。私も内心ドキドキだけど隣に誰かいるって安心するな~…震えまくってるけど。


「ほら着いたよ、止まったから見てごらん」

「……帰りたい」

「何言ってるの、メロンパン食べるんでしょ?」

「…たべる」


 よろよろと車から降りて入り口に向かう。まるで砂漠を何日もさ迷ったかのような足取りの中、急に空狐の耳がピンと立ち鼻をひくつかせる。


「すんすん、これは…肉の匂いじゃ!」

「肉? もしかしてあれかな」


 見ると施設の入り口近くに串焼きの出店が見える。この距離で分かるんだ、流石イヌ科のケモっ子。ずっと見てたいけど…


「空狐、ほら帽子」

「むぅ、窮屈で苦手なんじゃが…」

「まぁまぁ、似合うからいいじゃん」


 ピクピク動くケモ耳少女がいたら騒ぎになるだろうからね。


「さ、行こう。目当てのメロンパンとか串焼き以外にもいろいろあるよ」

「本当か! なら全部食べるぞ七海!」

「そ、それは勘弁かな…」


 私の財布が悲鳴上げるじゃすまないから。


「何はともあれ、しゅっぱ~つ!」

「行くのじゃ~!」


 …………


 空狐は本当に全部食べる勢いで手当たり次第に手を伸ばしていく。


「むぐむぐ…skんhがrylkじゃああい!」


 口いっぱいに頬張りながら満面の笑顔を向ける空狐。かわいいな~もう!連れてきた甲斐があるってもんだよね!


「ほら、ちゃんと飲み込んでからね」

「んぐんぐ、ごくん。本当に色んなものがあるのう、ここは楽園じゃ七海!」

「うんうん、楽しいよねサービスエリア!」


 家族で旅行行くとき止まったサービスエリア毎に必ずソフトクリームと自販機の焼きおにぎり買ってたな~、むしろそれ目的で旅行行ってたと言ってもいいくらい。


「あ、目当てのメロンパンあれじゃない?」

「む? おお、あれじゃ! 行くぞ七海!」


 早く早くと手を引っ張る空狐。…空狐さんそれは逆効果だよ、もっと引っ張られたいからか足が急いでくれない。


「この匂い…甘くて香ばしい、いい匂いじゃ!」


 売り場に近づくと、ふわっと肉とは別の意味で食欲をそそる匂いが私達を包み込む。


「いらっしゃいませ~」


 笑顔の店員さんがほほえましくこっちを見ている。


「あ、すいません。この前テレビでやってたのってこれでいいんですか?」

「そうですよ、それで来てくださったんですか?」

「そうじゃ! メロンパン下さいなのじゃ!」

「ふふ、はいメロンパン二つですね。」


 お金を渡して袋を受け取る空狐。


「ありがとうじゃ!」

「ありがとうございました、また来てくださいね」

「七海! ついに買えたぞ!」


 ぴょんぴょんと跳ねる空狐に店員さんや周りのお客さんの口角も自然と上がる。本人は無自覚だろうけど、空狐には惹きつけられる魅力があるんだよな~…でも家の子は誰にも渡しませんけどね!


「早く食べよう七海!」

「あ、そうだね」


 空狐が待ち切れなそうなので、イートスペースの開いてる椅子に座り一個ずつ取り出す。


「いただきますじゃ!」


 さっそく豪快にかぶりつく空狐。


「これは…面白い触感じゃな! 上はサクッとしておるが下の方と中はしっとりふわふわじゃ!」


 感想を述べつつ、さらに口に運ぶ空狐。本当に幸せそうだ。


 それじゃあ、私も。私は半分に割ってみる。


「あ、中は緑色なんだ。」

「んぐ? 普通は違うのか?」

「まぁ、私が知ってるのは緑じゃないかな」


 コンビニで買うのは普通に薄い黄色っぽいしね。


「じゃあ、いただきます」


 口に含むとクッキーの香ばしさとしっかりしてるけどやさしい甘さが口に広がる。それに…


「へぇ、本当にほんのりメロンの風味があるんだ!」


 主張しすぎないメロンの風味が香ばしさと合わさっておいしい! 話題になるわけだ。


「ありがとうじゃ七海! 妾は幸せ者じゃな!」


 ありがとうは私のセリフなんだけどなぁ、空狐が行きたいって言わなきゃ私一人でなんて来なかったろうし。


「まだ食べたいが…もうお腹いっぱいじゃ」

「そんな残念そうな顔しなくても、またくればいいじゃん」

「また、連れてきてくれるのか?」

「もちろん! それにまだまだ美味しい物で有名なところもあるしね!」

「それは楽しみじゃ! 七海とならどこでも行くぞ!」


 屈託のない笑み…ここは外、スキンシップは我慢だ私!


「七海?」

「はっ! な、何でもない。そうだね、ふたりで色んなところに行こう!」

「うむ!」

「じゃあ、まず手始めに」

「なんじゃ?」

「帰ろっか、車で」

「!!」


 空狐の顔色がメロンパンの様になっていく。


「も、もう車は勘弁じゃ~~!」


 空狐の叫びがサービスエリアに虚しく響く。


 これから夏。いっぱい楽しもうね、空狐!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る