『夢か現か ~金縛り?~』【紫桃のホラー小説】


『金縛りの恐怖』

   作:紫桃




 目が覚めた。

 珍しく目覚めがいいことに感心しつつ時間を確認しようと体を起こす――


 あれ? 動けない。

 なんだこれ?


 数回トライするけどやっぱり体が動かない。

 状況がのみこめず、固定された視界で天井を見ていた。


 視線がいつの間にか変わっている。

 ベッドに仰向けの状態で横たわる自分を見下ろす構図になっている。


 あぁ、これ、夢かあ。


 ベッドで横になっている自分を見る……。

 こんな不思議な状態は夢に違いない。なんか変わった夢だな。


 夢とわかれば焦る必要はない。目が覚めるまで流れに任せればいい。

 冷静になった途端とたんに視線の構図がまた変わった。


 再び天井が目に入り、ベッドに寝ている視線に戻っている。


 えっ、なに!? 体が動かない!

 これって金縛かなしばり!?


 体を起こしたいけど鉄のように固まって動かない。金縛りになると幽霊が出るという俗説が脳裏のうりをよぎり怖くなる。恐怖からのがれるため、金縛りを解こうと必死に体を動かすことを試みるけど動く気配はない。


 夢だからなんでもアリのようで、ベッドの自分と、上から見ている自分という二つの感情が同時進行する状態になっている。


 ベッドの自分は夢だと気づいてないようでパニックに陥っている。

 かたや上から見下ろしている自分はベッドで怖がってる自分の感情を感じつつ、「いや、これ夢だから」と冷めた反応をしている。


 上から見ている自分はまるでホラー映画を見るかのように他人事だ。助けようとも思わず、ベッドの自分がどうなるのかと観察を始めてる。


 ベッドの自分はどこか動かせる場所はないかと、あちこちに力を入れていたが、ふいに抵抗が止まった。次の動きを待っていたら思考が入れ替わった。


 ベッドの面と接している背中に冷たい空気を感じて全身に鳥肌が立つ。

 寒気からこれから起きるであろう怪異を本能的に察知して、恐怖で体はこわばり、血の気が引いて指先が冷たくなっているのを感じる。


 ベッドの下に……誰か……いる。


 仰向けに寝ていてベッドの下など見えるはずもないのに、人がいる確信がある。

 パイプベッドは脚が高く、床との間に収納ボックスが置けるくらい空間があるが、そこに人がいるのだ。


 全体が黒い人――いや、影が人の形をしているモノがベッド下にいる。

 壁際で横向きの体勢をとり、壁を向いてブツブツ言っている。猫背のソイツは黒い影なので男女の区別はつかないはずなのに、なぜか男だとわかる。


 そしてもう一人――女がいる。

 顔の上半分だけをベッド下から出している。体の状態はわからず、首だけが仰向けで置かれたように床に転がっている。


 女は真っ黒なストレートの髪をしており、肌は対照的に真っ白。体温がないのは明らかで生きてはいない者だ。目を大きく見開いて怒りの感情がこもっている。ひしひしと伝わってくる嫌悪は自分に向けられている。


 金縛りが解けない自分はベッド下の異形な二人の存在が恐ろしくて、がくがくと体が震えている。頭の中は恐怖で満ち、早く逃げたいと必死に抵抗する。でもどんなに力をこめても体は動かない。絶体絶命のなか、せめて異形の姿だけは見たくないと、唯一できる対処法として目をつぶった。


 早くどこかへ行け!

 危害を加えないでくれ!


 目を固く閉じて震えながら恐怖が過ぎ去るのを待っていたら、体が勝手に動いていることに気づいて目を開けた。天井を見ている視線が横へずれていき、仰向けの状態からゆっくりと動いている。体を回転させるといの姿勢をとり、壁とは反対側へ移動し始める。


 さっきまで重く動かなかった体が今度は自分の意思とは関係なく勝手に動く。阻もうと力をこめても体はいうことをきかない。体が向かう先はベッドの端だ。ベッド下では女が待っている。


 いやだ! そこには行きたくない!

 なんで! なんで勝手に体が動くんだ!? 


 意思に反してゆっくり動くこの体は、女が操っていることに気づいているから恐怖が倍増する。コントロールできない体はベッドの端に着いた。端まで来たら今度は頭が勝手に動き出して、ベッドの下へと下がり始めた。


 先にある恐怖が想像できて目をつぶろうとするが、今は目を閉じることすらできない。どんどん下がっていく先には、ベッドの下から半分だけ出している女の顔がにらんでいる。向かい合う形で頭はじわじわと下がっていき、女の顔まであと数センチまで迫ると動きが止まった。


 目の前の女は怒りを帯びた目でにらみつけ無言のまま威圧した。


 ベッドにいた自分は恐怖が頂点に達したのだろう。目の前が突然暗くなった。


 次の瞬間には意識が入れ替わっていた。

 上から見ていたはずの自分の意識がベッドにいる自分の体に入っている。視線の先にはベッド下から顔だけを出している女がいて、互いに目が合った状態のままだ。


 この女、近くで見ると恐ろしい形相をしている。

 眉間にしわを寄せ、つり上がって見開かれた目は三白眼になっていて、あからさまな悪意が突き刺さる。さっきまで女と対峙していた自分は、この鬼のような形相に耐えられなくて意識が飛んだのだろう。入れ替わった今の自分も怖いとは思ったが、口からでた言葉はこれだった。


「……なんだおまえ。睡眠の邪魔するな!」


 恐怖よりも眠りたい。

 現在対峙している自分は、にらみつけてくる恐ろしげな女よりも、眠りを妨げられたことに対する怒りのほうが強い。礼儀を知らない来訪者に怒りをぶつけた途端、真っ暗になった。




 まぶしい……。


 カーテンからこぼれる朝日がまぶしくて目が覚めた。


 昨夜のことは覚えている。


 あれは夢……だったのか?

 それとも金縛りに遭っていたのか?


 どちらにせよ目覚めが悪い。

 アレが夢ではなくアヤカシたぐいなら、次に邪魔したときは殴ってやる。






_________

 紫桃が執筆しているホラー小説『へんぺん。』シリーズより


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