『お盆』【紫桃のホラー小説SS】
『
作:紫桃
ふ―――。今日も一日終了しました。
定時で仕事を上がり、呼び止められる前にそそくさとオフィスを退室する。足早に駅へと向かって電車に乗り、寄り道もせずに家路につく。
最寄り駅に到着して改札をくぐり、駅近くの小さな商店街の通りに出た。
商店街といってもアーケードになっているわけではなく、道路に沿って小さな商店が並んでいるだけだ。通りは二車線で路線バスや乗用車が行き交い、遮断機が上がったばかりの踏み切りをせわしく渡っていく。
駅の徒歩圏内には、花屋・総菜店・クリーニング店・美容室・文具店・靴屋・たばこ屋・和菓子屋など、いろんな種類の店が並んでいる。長らくシャッターが下りたままの店もあるのはどこも商店街でも見かける光景だ。
衰退が見える商店街の歩道をやや左側に寄って歩く。右側は自転車や人が通れる空間をつくっておき、横目で店内を見ながらゆっくりと歩を進める。
商店を見るのは日課のようにもなっていて、美容室を見れば今日はお客がいるなとか、文具店では新製品が入ったんだとか、空き店舗ではガラス戸越しにキジネコが定位置で寝ているなど、なんの変哲もない日常を確認できるとほっこりする。
いつものように商店街を見ていたら鼻の前をヒトが通っていった。
あり得ないことで、驚いて足が止まった。
自分は歩道の左側に寄って歩いていた。建物との間隔は1メートルも空いていない。その隙間を三人のニンゲンが横に並んだ状態で通り過ぎて行ったのだ。
縦に並んで一人ずつなら通行できたかもしれない。でも横並びは不可能だ。しかもヒトの姿は見えなかった。ただにおいが――すれ違ったときにヒトの体臭が流れてきた。
ぼうぜんとしながら思い返す。かすかに感じた体臭はそれぞれ違っていて、三人分ただよっていた。すれ違った際、三人からは楽しげな雰囲気がもれていた。今から向かう所へ到着するのがうれしいという気持ちがあふれていて、話しこんでいるふうだった。
ほ―――ん……。
また
それにしても、浮かれてどこかへ行く幽霊は初めてだな。
新しいタイプの
ああ、あの三人、家へ向かう途中か。
それならあんなに楽しそうに話していた訳に納得だ。
お盆には先祖の霊が帰ってくると聞いていたけど、まさか帰ってきた霊体とすれ違うとは。
すれ違った幽霊が自分の先祖と重なり、故郷が思い浮かぶ。怪異との遭遇だったけどほっこりした。
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【参考】
✎ ネットより
*1 盆:
先祖の霊をまつる行事。お盆の期間は、先祖の霊があの世からこの世へ戻ってきて、またあの世へと帰っていくといわれている。
盆の入りに迎え火を焚いて先祖を迎え、盆明けに送り火を焚いて先祖を送る。
お盆は地域によって期間が異なる。代表的なのは次の3つ。
・お盆----- 例年8月13日~8月16日
・新暦お盆----- 7月13日~7月16日
・旧暦お盆----- 旧暦の7月13日~7月15日
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紫桃が執筆している
『においと霊の存在』より
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