『告げるモノ』【紫桃のホラー小説SS】


『ぽわぽわ』

   作:紫桃




 平日の朝。まだぼうっとした状態だけど駅へ向かっている。

 出勤というルーチンは無意識でもできるのがビジネスパーソンの悲しい習性だ。


 駅近くの歩道を歩いていたら、足先になにかを引っかけて転びそうになった。


 ぼんやりしていたところの障害物は不意打ちすぎる!

 派手に転びかねない状況だったけど、なんとかこけずに踏みとどまった。


 突然のことできもを冷やしたから眠気は吹っ飛び、一気に意識が明瞭になる。


 いくらぼんやりしていたからといって、道路に落ちていた物を見逃すはずはない。

 なにに足を引っかけたんだ?


 速くなっている動悸を落ちつかせるよう深呼吸しながら、足を引っかけた場所へ目をやった。


 ほ―――ん……?

 なにもない。


 そりゃあ、そうだろう。

 なにかあったのなら最初からよけている。


 状況が理解できない。

 まずはなにが起こったのか情報を整理していこう。


 足に残った感触からどんなモノだったのか?


 靴を通して足先に当たったモノは、子どもが遊びで使うサッカーボールより小さく、柔らかいゴムボールのような球状でぷよぷよしていた。


 見えない球体は道路に転がっている状態ではなく、半分は地中に埋まっており、地面から出ていたもう半分に足を引っかけた――。そんな感触だった。


 ふ―――む。

 丸いぽよぽよかあ。


 当たったモノのイメージはできたが、見えないから結局なんなのか正体はわからない。

 もやもやする気持ちを抱えたまま電車に乗りこんで職場へ向かう間もずっと考えていた。


 オフィスビルに到着し、自席に来たところでデスクに置いてある卓上カレンダーが目に入った。手に取ると、マス目には数字のほかに文字が書かれている。


 今日は啓蟄けいちつ  *1か。

 冬ごもりしていた虫が目を覚まして地中から出てくる時期だっけ……。


 あっ、それかあ!

 たまたまナニカが地上へ出てきたところに足を引っかけたのか。

 う―――ん、目覚めに悪いことしたなあ。


 頬を軽くぽりぽりとかいて「ごめん」と心の中で謝る。

 虫が目覚める時期ならいろんなモノが地中からはい出てくるのは当然だ。外はまだ寒いけど春はすぐそこか……。


 まさかこんなカタチで春の訪れを感じるとは。


 意外な春との遭遇にほっこりして椅子に座った。






_________

【参考】

✎ ネットより


*1 啓蟄けいちつ

 二十四節気にじゅうしせっきのひとつ。

 二十四節気は、一年を春夏秋冬の4つの季節に分け、さらにそれぞれを6つに分けたもの。春分、夏至、秋分、冬至は今でもよく耳にする。




_________

 紫桃が執筆している SS ショートストーリー

 『ふれてくるアヤカシたち』より


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