異能者が視る世界
12 霊感のある人が視る景色
新宿にあるこの居酒屋はごくふつうだ。
店内にはカウンター席とボックス席、仕切りを外せば10名ほどのグループが利用できそうな席も取れるような造り。まぶしい白色ではなく少し暖色の照明に、壁には飲み物や食べ物など、メニューが書かれた紙が貼られている。
繁華街ならどこにでもあるような大衆向けの居酒屋は、酔って機嫌がよくなった客たちの楽しげな声でにぎわっている。
俺――
とくに珍しいものがない店内だが、友人のコオロギ――
「なにが視えているんだ?」
「なにも。なにも見えないからいいんだ」
意味不明な会話で読者を置いてけぼりにして申し訳ない。
解説すると、コオロギは異能者で俗にいう霊感がある人だ。たまに姿のないナニカが背中に乗っかってきたり、なにもない所から奇妙なニオイを感知するなど、奇怪なことに遭遇する特異なやつだ。
コオロギは霊感はあるが、幽霊や妖怪の
「『なにも見えない』?
職業訓練での飲み会のときみたいに鬼面は見えないんだ?」
「すごくきれい。あんなにはっきりと素顔が見えるのはあんまりないよ。
だいたいはぼやけていたり、面がかぶさっているように視えるのに」
酒の席でナニカを視てるコオロギの姿から、俺は職業訓練時代に似たようなことがあったなと思い出していた――
✿
再就職に向けて訓練を受講していたとき、俺はクラスメイトの一人としてコオロギと出会った。
コオロギに
きっかけは俺の父親の異変を予知するような言葉を聞いたことだ。このときからコオロギは異能をもっているかもと疑念をもったが、疑念はすぐに確信に変わった。ある昼下がりに、コオロギが
俺はコオロギが異能者と知ってから、
好奇心がピークに達していたときに職業訓練のクラスメイト数名で飲み会があった――
✿ ✿
訓練では受講生同士で飲みに行くことがひんぱんにある。
「暇なら参加しない?」的な軽いノリで誘ってくるのは年配の方々で、昭和時代から平成にかけたビジネスパーソンが仕事終了後に当たり前のようにしていたことなんだろうと想像してしまう。
今のご時世、「仕事とプライベートは分けていますから結構です」と断る者がいたり、「パワハラです!」と言われたりするから飲みに誘うことは減ったと聞く。まあ、俺は無職だから関係ないことだけど。
世間は別にして、俺は交流を深めるため飲み会に誘われたら積極的に参加するようにしている。今日も授業終了後に誘われたので二つ返事で参加した。そして同じく誘われて参加しているコオロギのとなりを陣取っている。
コオロギに惚れて観察していた時期があったから、コオロギが酔うとどんな感じになるのか知っている。
コオロギは酔いがまわると警戒心がゆるんでいつもよりおしゃべりになる。はじめは食べることに熱中するけど満腹したら気を良くする。質問にも気軽に答えるようになるから、そのときがチャンスだ!
俺はとなりにいるコオロギを横目で観察する。満腹になったコオロギは周りを見る余裕ができたようで、ぼんやりとした目で店内を眺めていた。見渡すようにゆっくり眺めていたが、急にビクッとなって視線がとまった。そのまま同じ場所を凝視し、目を細めたり大きく開いたりしている。
固定された視線の先を追ってみたけど俺にはなにも見えない。でもコオロギは同じ場所をずっと食い入るように見ている。
「コオロギ、なに見てるんだ?」
「いや、ね……
鬼面が視えるなあ……と」
ぼそりとつぶやいた言葉が奇妙すぎた。
鬼面?
店内にお面が飾られているのか?
さがしてみたけど、そんなものは見当たらず困惑する。
「どこに鬼面が見えるんだ?」
「
コオロギは手に持っていたグラスをテーブルに置き、酔って少しとろんとなった目で興味深げに二人を見続けていた。
俺は息をのんだ。
二人の顔に鬼面はない。俺に見えている風景は酒を飲みながら話に花が咲き、笑い声がしている酒宴だ。
コオロギは俺には見えないナニカを視ている……。
言葉を発さずにいたら、視線に気づいたコオロギがどうしたのという表情で見てきた。
コオロギは思考を読むように俺の目をのぞく。しばらくして俺が異能に気づいたことを知ったようで目を大きく開いて硬直した。
気まずくなったのかコオロギは視線をそらすと席を立った。俺はすぐにコオロギのあとを追い、宴会の席から少し離れたところで聞いた。
「コオロギ、『鬼面』ってなに?」
コオロギは前に異能をカミングアウトしたときと同じように困った顔をした。でも大きな動揺はない。店内をちらと見て少し沈黙したあと、「外へ行こうか」と言って店を出た。
居酒屋から出ても、にぎやかな声がもれている。
コオロギは頬がピンクに染まり、目は少しうるんでいるが足どりはしっかりとしている。店から距離を置くようにして、ゆっくりと歩道を歩き始めた。
このあたりはオフィス街と違って高層ビルがないから夜空が広い。物の影がやたら鮮明に見えるから、もしかしてと空を仰ぐと満月が輝いている。街は人工の光であふれ、暗闇がなくて気づきにくいけど月の光がとても明るい。
満月からコオロギへ目を移すと、月華のせいかコオロギの肌がいつもより白く見える。上着は光を反射しているのか輪郭がぼやけてなんだか幻想的だ。
見とれていたが店から次第に離れていくので、俺はあわてて追いかけた。
となりへ行くとコオロギは、ふぅ―――っと深呼吸してから、ぽつりぽつりと話しだした。
「ふだんは見えないんだけど……
たまにね、ふしぎなナニカを視ることがあるんだ……」
コオロギによると、たまに視えるナニカはヒトの姿をした
「店内を眺めると全体に薄い白い靄が立ちこめていた。
見づらいなと思いながらクラスメイトに目を移していくと鬼面が目に入った。空中で静止していてあまりにも鮮明に視えたから驚いた。そこで現実の物なのか
鬼面は半透明をしており、二人の顔にある。祭りの露店で売られている面とサイズは同じくらいで、ちょうど顔の前にあるからお面をかぶっているように視える。でもよく視れば面にひもなどはなく宙に浮いている。だから
半透明の面のせいで、面と顔の表情が重なっていて二人の顔ははっきり見えない。でも笑い声が聞こえてて楽しげだ。それなのに面は
雰囲気と面の表情がちぐはぐでね……。
お面の表情は隠している感情が現れているように思えて気味が悪かったんだ」
コオロギにいつもの人なつこい笑顔はない。鬼面の話が終わると、今度は
コオロギにとって
「……なんで視えるんだろうねえ?」
一通り俺に話したあと、コオロギは困ったとも諦めたともとれるようなニュアンスで小さくつぶやいた。顔を見れば心の底からふしぎに思っているようで、コントロールできない異能にうんざりしているようにも見えた。
この鬼面事件で俺はコオロギに「視える」異能もあると知った。
予知能力があるかもという疑念から始まり、
コオロギがもつ異能に俺は驚かされてばかりいるが、いつもは明るく流すコオロギがこのときばかりは憂いのある表情を見せた。俺はふれてはいけないところに踏みこんでしまったのかと焦りがでた。
拒絶されてしまわないか不安に駆られたが、コオロギはいつもの人なつこい顔になっていて、「そろそろ戻ろうか」と店へ向かった。
酒宴に戻ると、クラスメイトの長老(退職した年配の男性。一番年上なのでみんなから長老と呼ばれている)がにやにやと笑って俺を出迎えた。
「紫桃くん、コオロギちゃんに告白したの?」
長老は俺の肩に腕を回して声をひそめて聞いてきた。あたりに目をやると、男性陣が俺をちらちらと見て、にやにやとしている。
こいつら……俺がコオロギに好きだと告白したか賭けでもしたか?
んで、OKだったのかフラれたのか知りたいんだな。
酒の
「どうでしょう?」
俺はしれっと曖昧なことを言って口をつぐむと、連中は教えなさいよと騒ぎ始めた。
毎度冷やかしてくるから、うんざりしていたけど、このときばかりは救われた。
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