『まぎれる』【紫桃のホラー小説】


『ヒト……? それともアヤカシだったのか?』

   作:紫桃




 東京都新宿区にある駅で電車を待っていたときのことだ。


 ついさっき電車が出たばかりだから駅のホームの人影はまばらだ。

 電車は数分おきに来るから問題はない。人の少ない車両に乗りたいから、だれもいないところまで行き、ホームの一番先頭に立ってスマートフォンを見ながら待っていた。


 ニュースを読んでいたら急に人の姿が視界に入ってきた。


 その人物は目の端に映ったと思ったらすぐそばまで来て足をとめ、腰を折ってのぞきこんできた。中腰の体勢でスマートフォンの下から自分を見上げている。


 小柄で半袖の白系シャツにブルージーンズ姿の男性外国人で、彫りのある顔つきや、くせのある髪、肌の色からインドまたはネパールあたりの出身に見える。のぞきこんでいる彼はじっと自分を見て微動だにしない。


 はて……?

 外国人の知り合いって、いたかな?


 スマートフォンを片手に持ったままの状態で、知り合いなのだろうかと記憶の検索をスタートさせた。


 何度か職場が変わっているから出会った人たち全員は覚えていない。でもさすがに同じ部署で働いた人ではないことはわかる。


 もと取引先だった人かな?


 思い出せるだけ記憶を引きだしてみて、該当しそうな人物を高速でさがす。


 照合にかけること数秒――。結果、該当者なし。


 記憶の検索モードから現実へ戻り、視線を彼に戻すと、彼は黙ったまま大きな目でじっと見ている。


 だれだ、こいつ……。


 片時かたときもそらされることのない視線。

 こんなにガン見されてるから、自分が忘れてしまっているだけで、やはり知り合いかもしれない。失礼を謝ったうえで名前を聞こうとしたら、彼はふいに視線を外して無言のまま去っていった。


 やっぱり彼の勘違いだったのか?


 一言も発さず、ふり向きもせずに去っていくのに拍子ぬけし、そのまま見送っていたら彼が次にとった行動を見て少し引いてしまった。


 彼は別の場所へ行くと自分にしたときと同じように、腰をかがめて下からのぞきこむかたちでホームの先頭に立つ中年男性を見始めた。


 変わった人だな。

 用があるなら、まず声をかければいいのに。


 彼のターゲットになった中年男性を気の毒に思いながら、スマートフォンに目を戻し、ニュースの続きを読もうとした。そこでふと思いつく。


 もしかして彼はなにか聞きたいことがあるのかも。

 日本語がわからなくて、声をかけるのをためらっているのかもしれない。

 それなら駅員さんを呼んできたほうがいいかな?


 もう一度彼のようすをうかがおうと姿をさがしてみたけど、どこにも見当たらなかった。


 彼は改札がある方向とは反対へ進んでいった。その先に出口はなく、ホームは一直線で柱がないから姿を隠せるような場所はない。


 あれは幽霊だったのか?


 幽霊は怖いイメージがある。暗がりにまぎれて現れ、肉体がないから霊体カラダはぼんやりとしている。亡くなっても現世をさまようのはおそらく未練があるからで解消するために現れる。未練のため幽霊は悲しげ、もしくは怒ったような表情をしていて、なんだか怖い雰囲気がある―― そんな姿が思い浮かぶ。


 ところが駅のホームで会った彼は、そんな感じではなかった。

 例えるなら海外旅行している最中、現地の人が国外から来た観光客を珍しいと見ているような感じで、恐ろしさはまったくない。それに鮮明な姿をしていて生身のニンゲンと変わらない。姿をかき消さなければ幽霊と気づけないものだった。


 自分はたまにアヤカシから髪や腕を引かれるナンパに遭うが、そのときは姿は見えないことが多い。見えないからアヤカシがどんな形状ようすなのかわからなかったけど、 駅のホームで視たモノはヒトの姿をしていた。


 日本のホラー映画に登場する青白くて生気のない容姿をしているわけではないし、ゾンビ映画のように肉体を損傷した痛々しい姿でもない。ごくふつうの格好だった。だからアレは幽霊だったのかと判断に迷う……。


 もやもやする幽霊に出会ったものだ。


 視える人に聞いてみたい。


「霊感がある人が視る幽霊って、どんな姿で視えているの?」






_________

 紫桃が執筆しているホラー小説『へんぺん。』シリーズより


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