13 霊が「視える」と「見えない」の差はなんだ?


 俺――紫桃しとう――には異能をもつ友人がいる。


 異能は簡単にいうと霊感があるという意味だが、その異能者・コオロギ――神路祇こうろぎ――と新宿にある居酒屋で飲んでいたら、珍しくようで店員のことをほめていた。


 小説や漫画、映画に登場する霊感がある人って、幽霊とか妖怪などアヤカシたぐいが視えてることが当たり前のパターンが多いよな?


 ところがコオロギの異能は変わっていて、アヤカシの姿を視ることは少なく、なにもない所からケモノのニオイを感じたり、姿が確認できないモノがコオロギの髪や腕にふれてきたことを感知するというパターンが多い。


 今回のようにコオロギに視えた経験が増えることは、俺にとってありがたい。なぜかというと、コオロギの体験をもとにしたホラー小説を書いているが、アヤカシなどを視たという体験談は少ないからだ。


 コオロギの異能をわかりやすく五段階の★で表すと、こんな感じになる。


【異能スペック】

 視覚:★★

 聴覚:★

 嗅覚:★★★★★

 触覚:★★★

 味覚: ―

 

  ★の数=コオロギの奇妙な体験


 コオロギは圧倒的に嗅覚ニオイに関する奇譚きたんが多く、次に触覚さわられるが続いて視覚視えるとなる。


 俺自身はゼロ感なので、この世界が異能者の目にはどんなふうに映っているのか知ることができない。でもネットや書籍、漫画や映画などの情報から、俺は異能者が視えることは当たり前と思っていた。だからコオロギの異能に偏りがあって、視ることは少ないと知ったときは衝撃を受けた。


 未知の世界は俺を引きつける。

 なにが視えていて、どんな風景なのか。視えているときの異能者の状態はどうなっているのか。知りたくてうずうずしてくる。


 コオロギからアヤカシを視た話を聞いたときに、俺はコオロギと視えることについて考察したことがある。



  ✿


「紫桃は物が見える仕組みって知ってる?」


「幽霊は見えないけど物が見える仕組みは知ってるぞ。

 物を見るには光が必要で、光がない暗闇では物はおろか自分の姿すら見えない。

 俺たちが見ているのは、物に光が当たって反射した色をとらえていて、物体の形までわかる仕組みだ」


「さすが紫桃!

 なら、同じパーツをもってて幽霊が視える人と見えない人がいることを、ふしぎに思ったことはない?」



 『パーツ』って……。人体の組織を機械のように言うなよ。

 これだからパソコン慣れしているやつは。



「確かに角膜・水晶体・網膜など目の構成は一緒だ。

 正常な組織なら同じように見えていてもおかしくない……。

 どうして違いがあるんだろう?」


「自分の考えだけど、視えてても気づいていない人はけっこう多いと思う」


「幽霊が視えていても気づいていない?

 なんでそう思うんだ?」


「フォーカスだよ。

 例えば自分と紫桃が同じ場所に立ち、渋谷の街風景を見ていたとする。紫桃は道を行く女の子をとらえて、自分は店の前にいる猫に目がいく。


 この場合、紫桃のフォーカスは女の子に合っていて、ほかは背景となり、猫の存在すら気づいていないかもしれない。そして自分は猫にフォーカスが合っている。ただ女の子は猫よりサイズが大きいから存在は認識されるけど詳細まで覚えていることはない。


 つまりフォーカスを合わせた対象は詳細まで注意深く観察するけど、その他もろもろは背景と処理されてしまうから認識されにくいんだよ。


 これに当てはめると、街の中にアヤカシがいて視野に入っていても、フォーカスが合っていないから、アヤカシと気づいていないパターンはけっこうありそう」



「言いたいことはわかったが……

 俺を女好きのように言うのはよせ!」


「ごめん、ごめん。わかりやすくていいかなと思って(笑い)」


「ったく」


「まあまあ。おびって言っちゃあなんだけど、おもしろい体験を話すよ」



 なんだと!?

 しらふのときにコオロギのほうから進んで体験談の提供だと!?


 不吉なことの前ぶれか!?

 ちょっと怖いぞ!

 とりあえず気が変わらないうちに聞いとけ!



「しょ、しょうがないなあ。それで許すよ」


「新宿駅 *1ってさ、東京の中でも利用者が多いし、小田急線や京王線、地下鉄もあるから改札を出ても人でごちゃごちゃしている。新宿西口側の地下通路を通ったときのことなんだ」


「新宿西口の地下通路……。ああ、あそこって人が多すぎるよな。

 たまに対面した人と進行方向がかぶる『お見合い』を、同じ人と何度もしているのを見たら、東京に来たばかりで人混みに慣れてないんだろうなあと思ってしまう」


「自分はよくやるけど」


「…………(まだ慣れないのかよ)」


「とにかく、その日の新宿西口も往来する人であふれていたよ。

 東京の街を歩く人たちは動きが早く、あっという間に通り過ぎるから印象に残る人なんてあまりいないけど、雑踏の中で目にとまった人がいたんだ――」



  ✿ ✿


 その人は四角張った顔をした男性。白髪交じりの髪は全体的にくたびれてて、風でも吹いたのか髪の一部が顔にかかるように乱れている。


 山伏やまぶしが着るような白い衣装を身につけていて、目を大きく開いて身じろぎもせず、柱を背にした状態でいた。


 新宿駅で袈裟けさ姿のお坊さんが托鉢たくはつしているのを見たことがあるから、今回もそんな感じかなと思った。


 でもねえ、思い返したらその人は変だったんだ。


 まず、踏み台に乗っているみたいに頭二つ分くらい周りより高い位置にいた。胸あたりまで姿が見えて目立っていたことから存在に気づけた。


 次に、遠近感がおかしくて、周りの人よりひと回りくらい姿が大きかった。白い衣装のせいか全体的に色素が薄く、一人だけモノトーンのように見えている。色彩が多い中で違和感をもった。


 最後に、立ち止まっている人がいると歩行者はぶつからないようによけるから遠目でもわかる。でもその人の周りは誰もがすいすいと歩いていて、まるで厚みがないようだった。



  ✿ ✿ ✿


「その人を視たときは『目立つ』と思っただけだった。

 思い返したときに目立っていた理由を考え始め、周りと比較をしてチョット違う存在、アヤカシ系だったのかと気づいたんだ。


 思い返したのは偶然で、帰りの電車で『そういや、ひさしぶりに托鉢している人を見たな』と浮かんだことがきっかけなんだ。回想してアヤカシ系と気づかなければ、変わったヒト扱いで終わっていたかも。


 アヤカシは特別なものみたいな扱いになっているけど、ほかの人たちも実は視ている。ただ違和感がもてなくて、アヤカシと認識できていないだけかもね」



 ここまで話すとコオロギは首をかしげた。顎に手をやると、黙りこんで思考をめぐらせている。少しして口を開いた。



「ほ――ん……。紫桃に話してるうちに疑問がわいた。

 新宿西口で見かけたアヤカシを勝手に山伏と思い、山伏の衣装と判断していたけど……

 白い服は、もしかして死装束しにしょうぞくだったのかなあ?」


「…………」


「ん? 紫桃、なんで黙ってるの?」


「……怖いんだよ……」


「えっ、怖いか?」


「怖いよ! なんでコオロギは平気なんだ!?」



 ゼロ感の俺は以前なら霊なんていないと思っていたから、幽霊のたぐいを視たという話を聞いても怖いと思わなかった。


 しかしコオロギの体験談や、コオロギと一緒にいて俺自身も体験してしまったふしぎな現象などから、コオロギの話すアヤカシの類いは存在すると知っている。


 今話したその不気味な男は新宿にいるんだろう?

 得体のしれない霊体がいたら、見えなくとも怖いに決まってるじゃないか!



「すぎたことだし、害もなかったからなあ。

 んじゃ、安心させてあげるよ。

 もしかしたら新宿駅で見たのはただのコスプレかもしれない」


「なんでだよっ!」


「だってさ、東京っていろんな服装の人がいるじゃん?

 アニメキャラやゾンビの格好をしている人がいても驚かないよ。

 だから最初に見たときも、アヤカシ方面ではなくヒトだと思ったんだ」



 確かに東京だと奇抜な格好をしている人は多い。見たときは釘付くぎづけになるけど、ユニークな格好をしている人はわりといるから珍しいと感じない。もしアヤカシが人の姿をしているのなら、人とヒトの姿をしている幽霊の区別は難しいかも。

 

 コオロギの楽観的な考えを聞いてビビっていた俺の不安は薄らぐ。気持ちに少し余裕がでてきたので、これを機に奇譚をいろいろ聞いてやろうと思いついた。



「コオロギ、もっとふしぎな体験を話してくれよ」


「やだよ、恥ずかしい」


「『恥ずかしい』? なにが?」


「恥ずかしいものは恥ずかしいんだよ!」


「基準がわからないぞ!」



 コオロギの思考回路は理解不能なところが多すぎる!

 しらふのときに体験を語りたがらない理由が「恥ずかしい」だと!?

 エロそうな百〇やB〇の漫画は堂々と買うくせに、恥じらう部分が違うだろっ!






⋯⋯⋯✎ 紫桃のメモ ⋯⋯⋯

〇〇年〇〇月〇〇日

 コオロギからの情報

・新宿駅西口の地下広場あたり

・白い和装姿の男性幽霊が出没する

⋯⋯⋯⋯⋯⋯✐




_________

【参考】

✎ ネットより


*1 新宿駅について:

 新宿駅はJR東日本の統計データによると、乗車人員第1位となっている。


JR東日本「各駅の乗車人員 駅別乗車人員(ベスト100)」

 1位:新宿駅(77万5386人)

 2位:池袋駅(55万8623人)

 3位:東京駅(46万2589人)


 ※数字は「乗車した人」の一日平均。2019年度のデータより

 ※JR東日本のWebサイトより


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