14 霊が視えるしくみはスマホゲームと似てる?


「……い、おーい、紫桃しとう

 さっきから無言のままぼうっとしているけど酔ったのか?」


「酔ってないよ」



 いかん、いかん。

 回想モードに入っていた。


 俺――紫桃しとう――は友人・コオロギ――神路祇こうろぎ――と新宿の居酒屋で飲んでいる。ひさしぶりに会ったので互いの近況を聞いたりなんかして、会話を楽しんでいたところ、珍しくコオロギが


 「珍しく視えた」と変な言い回しになっているのは理由がある。コオロギは異能の持ち主で幽霊や妖怪のたぐいと遭遇して、ふしぎな体験をする特異なやつだ。ただ能力は少し変わっていて、アヤカシに腕をつかまれるような体験は多いが、姿が視えるということは少ない。


 ところが今は視える異能が珍しく働いているようで、居酒屋のスタッフを視て、よどみのないクリアな姿に視えたことをうれしそうに話していた。


 コオロギはお酒を飲んで機嫌がよくなるとおしゃべりになる。ふだんは話したがらないふしぎな体験や、異能者にしかわからないような独特な考えを話すことがある。それを知っているから飲みに誘った。


 また奇譚きたんを語ってくれないかなと密かに期待していたら、にこにこと楽しげに話してきた。



「最近はAR *1やMR *2などのXR *3技術が伸びてきていて、ARを使ったスマートフォンのアプリが増えてきてる。

 先端技術を知ると、アヤカシが視える仕組みはXR技術みたいと思えてくるよ」


「コオロギ、俺はパソコンとかデジタルにうといんだ。

 コンピューターを使った技術を異能に例えているようだけど、わかりやすく言ってくれないか?」


「ごめん、ごめん。仕事で使うからつい。

 そうだなあ、ブームになったスマートフォンゲームの『ポ〇G〇』がわかりやすいかな?

 ポ〇G〇のようなARゲームは、スマートフォンの画面上に映っている風景にゲームのキャラクターが登場する。そのキャラは現実には存在していないけど、スマートフォン上に映る現実風景では存在するモノ扱いになっている」


「ポ〇G〇か。やったことがある。おもしろいよな。

 ゲームを始めたらスマートフォンのカメラを通して映る風景にキャラが現れて、現実に存在してるような感覚になるからなあ」


「その仕組みがね、アヤカシを視ることとなんだか似てる気がするんだ。

 アヤカシはふつうの人は見えないだろう?

 ARゲームと一緒でさ、特別なモノを視るためには、特殊な能力機能が必要になるんだ」


「特殊な……。それが異能か」


「そう、『アヤカシを視る』ための機能。

 霊感があって視える人は、AR技術のような機能を標準装備してて、スマートフォンに映るARのように、現実世界にアヤカシがプラスされたカタチが標準となって視えている。

 先端技術を知るとアヤカシが視える能力はそんなふうに思えた。だから映画の『マ〇リックス』の世界観も現実であり得そう(笑い)」


「コオロギ~、言いたいことはわかったけど、ヒトをスマートフォンとかに例えるなよ。

 機能や装備とか……。機械っぽくてちょっと怖いぞ」



 ほろ酔いのコオロギは気をつけるよとご機嫌で返した。


 やっぱりゼロ感の俺と異能があるコオロギとでは視点が違う。見えない俺には異能者が視ている世界はわからない。


 コオロギは常にアヤカシが視える異能者ではない。でも視える状況をARで表現したということは、コオロギがアヤカシを視ている状態は、現実にバーチャル映像が突然現れるようなイメージでアヤカシが映るのだろう。


 この流れだとコオロギは体験談も話してくれそうな気がしたので俺は聞いてみた。



「コオロギは今話したARみたいな霊体を視たことがあるのか?」


「ARっぽいやつ?

 さっきまで現実にはいなかったけど、突然現れたやつねえ……。

 う―――ん……。あ、あるなあ。聞きたい?」


「ぜひ!」



 こんなにスムーズに事が進むとは!

 今日は本当にコオロギの機嫌がいい。奇妙な体験を快く話してくれるぞ!


 これは酔っぱらったおっさんからコオロギを助けてくれた青年のおかげか!?

 感謝に尽きるぜ。



  ✿


 電車は日本各地で見かけるけど、一般道の上を走る路面電車はなかなか見ない。そんな珍しいものが東京で走っていると知り、出かけたついでに乗ってみた。


 いつも使っている電車と違って路面電車から見る景色はおもしろい。

 乗用車やバスと同じように一般道を走るから、スピードはあまり出てなくて、のんびりと都市の景色が流れる。


 一車両のサイズが小さいから車内はせまい。座席があって吊り革が下がり、まるで公共のバスのよう。最新設備がなさげなところはノスタルジックで落ちつく。


 たまたまなのか、もともとなのか乗客は少なく、しかも次々と降りていくのでどんどん人は減っていく。いつも利用する電車は人が多くてざわざわしており、せわしく行き交っているさまとは正反対だ。


 人の目を気にすることなく車両内や車窓を眺めることができる路面電車の風景は新鮮だった。車窓から流れる街並みを眺めて、ふだんはゆっくり見ることがない景色を楽しみながら最終駅まで乗車した。


 終点に着くと車両内にいた乗客は全員降りていった。乗客がいなくなったのを確認して車両から降り、人がいなくなったホームでスマートフォンを取りだした。


 初めて路面電車に乗った思い出に車両の写真を撮っておこうと、スマートフォンのカメラを起動する。構えて画面を確認すると車両内に人の姿が映っていた。


 車両の向こう席に、青い半袖のシャツと青いハーフパンツ姿の少し太った人が座っている。電車が発車するのを待っているようだ。


 無断で撮影するわけにはいかないので、車両の写真を撮るのは諦めて、スマートフォンをしまい、車両に背を向けてホームの出口へと向かった。


 少しして、ふと気づいた。


 あれ?

 車両から降りるとき、中にだれもいないのを確認したよな?

 自分が降りたあと、ホームにはだれもいなかったはずだよな?


 ホームを歩きながら矛盾に気づいて困惑したけど、わざわざ戻って車両内を確認するまではないかと思い、ふり返ることなくホームを出た。



  ✿ ✿


「ね? まさにARっぽいアヤカシでしょ。

 だれもいないことを確認したあと、スマートフォンのカメラで視たときに出現したんだよ」


「…………」


「どうしたの、紫桃。なんでだまっているの?

 今回のは怖くないでしょ?」


「……怖いよ……」


「へ? どこが?」


「スマートフォンで写真が撮れなくなるじゃないか!」



 コオロギは笑っているけど、俺には笑えない出来事だ!


 俺はカメラを趣味としていて一眼レフでよく写真を撮る。でも大きな一眼レフは荷物になるから平日はスマートフォンを使っている。街中まちなかで写真を撮ろうとしたときに、アヤカシが画面に映りこんでいたりしたら……。


 いやすぎる! 怖すぎるわ!!


 俺が想像でぞくぞくしていると、のんきな調子でコオロギは言ってきた。



「ヒトだと思ったから写真は撮らなかったけど、撮っていたらおもしろかったかも」


「よせよ、幽霊を撮るなんて気持ちが悪いじゃないか!」


「幽霊?

 え~? あれは猫じゃないの?」


「なんで猫なんだよ!」


「動物が人をかすって言うでしょ?

 東京できつねは見たことがないから、身近にいる猫が化けたんじゃない?」


「そんなわけあるかあ!!」


「え~? じゃあ、ハクビシン *5たぬきかな?」


「なんでハクビシンがでてくるんだ?」


「都内でハクビシンが目撃されていて、自分も見たことがある」


「そうじゃなくて、狐や狸が人を化かす昔話は聞いたことがあるけど、ハクビシンも化けるのか?」


「猫に狐、狸が化けるんなら、ハクビシンも化けていいんじゃない?」


「…………いや、待て。そもそもおかしい。

 コオロギには幽霊という選択肢はないのか?」






⋯⋯⋯✎ 紫桃のメモ ⋯⋯⋯

 あやかし情報

・都内、路面電車の車両内

・スマホのカメラフレームに映る幽霊(?)がいる

⋯⋯⋯⋯⋯⋯✐




_________

【参考】

✎ ネットより


*1 AR ----- Augmented Reality:拡張現実

 現実世界に仮想世界を重ねる技術。


*2 MR ----- Mixed Reality:複合現実

 現実世界にCG技術を用いた仮想世界を取りこみ、現実世界と仮想世界を融合させた、複合世界をつくる技術。


*3 XR ----- Extended Reality

 AR、MR、VRなどの技術の総称。


*4 VR ----- Virtual Reality:仮想現実

 仮想世界を現実世界のように体感できる技術。



*5 ハクビシン:

 東南アジアからアフリカなどに生息するジャコウネコの仲間。日本にも生息しており、在来なのか外来なのか不明らしい。

 頭から尾までの全長は約90~110センチ。体は黄褐色(茶色系)で、頭部は黒色だが鼻すじから線のように白色となっている。


 ※ハクビシンは「生態系被害防止外来種リスト」(環境省/農林水産省)の重点対策外来種に該当している


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