15 幽霊とは?
新宿の居酒屋で俺――
ふだんは
話に花が咲いていたところ、お店のスタッフがやって来た。
「お話し中に失礼します。
2時間の飲み放題がそろそろお時間になります。
なにか注文なさいますか?」
そんなに時間が経ったのか。
俺は今までと同じビールを頼むと、コオロギはソルティドッグを選んだ。
すぐに運ばれてきた最後の1杯。飲み終わるまでの間にほかの人たちからすると、こいつら奇妙な会話をしているなと思われることを大真面目に話している。
「紫桃はどんなのを『幽霊』っていうんだ?」
「幽霊は人が亡くなり、肉体が焼かれてこの世に存在しなくなっても、未練があるため現世に残った人の精神というか、魂のことじゃないのか?」
「紫桃もその考えか。
正式な定義はわからないけど、一般に死んだ人の想いが残ってヒトの姿で現れるのを『幽霊』と呼んでいるよね。
じゃあさ、幽霊の目的はなんだと思う?」
「未練の解消かな?
やり残したことをなんとか成就させたい……とか?」
「そうなるよね。
それなら電車内にいきなり現れた青い服を着たヒトっぽいのは動物が
「矛盾しているぞ。人の姿をしていたんだから幽霊だろう?」
「スマートフォンのカメラフレームに映ったモノはヒトに見えた。
でもそいつは長椅子に座っているだけで目的はなさげだった。
幽霊の存在理由が未練なら、登場したからには自己主張してくるでしょ?」
「座ってるだけでなにもしなかったから未練がないと判断したのか?
それだけで未練がないと決めつけるのは単純すぎないか?」
「自分の感覚だけど、そいつからは悲しいとか悔しいなどの激しい感情はないようだった。
椅子に座って車両の外を眺めるだけで動くようすはまったくない。電車が発車するのを待っているといった感じで、自分が立ち去るときもなにもしてこなかった。
変だと気づいても怖さはまったくなかった。
あれは愉快犯的なもので、動物が化けてみて、ニンゲンがどんな反応するかなとイタズラを仕掛けてきたんだよ」
「…………(そうなのか?)」
「でも100パーセントの確証はないなあ。
そいつの表情までは見えなかったし、
カクテルを飲みながらコオロギの独り言が始まり、分析モードに突入したようだ。
幽霊でも動物が化けたモノでも、俺だとパニックになる怪異に対して妙に冷静なコオロギが一番怖いぞ!
コオロギは異能者、いわゆる霊感がある人で、幽霊や妖怪などの
さまざまな怪奇体験をしているこの友人は、
「やっぱりコオロギは霊感があるよな。
「霊感じゃない!
視えたのはバグだよ! たまたまだよ!」
「…………(かたくなに霊感があることは認めないよな)」
コオロギは頬を膨らませて怒っている。
ヤバイ、機嫌を損ねたら奇譚が聞けなくなる。話をそらさないと!
「と、ところでさ、幽霊が視える人と一緒にいたら、霊感がない人も視えるようになるとネットにあったけど、コオロギはどう思う?」
「正確には『視えるようになる』ではなく、視るのがうまくなるんじゃないかな?」
「どういうこと?」
「バードウォッチングと似たような感じかな。
バードウォッチングを始めたばかりの人が森の中で野鳥を見つけることはけっこうむずかしくて、初めはなかなかさがせない。そこに野鳥を見つけるのがうまい人が付いてコツを教えれば見つけるのがうまくなる。
同じ原理で
コツをつかめば一人のときも
「なるほど。一理あるかもなあ」
いつも思うけどコオロギは異能に対して独特の解釈があっておもしろい。
ネットの情報だと、霊感がある人のとなりにいれば異能が伝染するような言い回しが多い。そういわれても
でもコオロギの
それにしても……
コオロギは自分に霊感があることは認めないくせに、他人に霊感があることは否定しないよな。コオロギはほかの異能者のことをどうとらえているのだろう。遠回しに聞いてみよう。
「
「う―――ん……。
「珍しく歯切れが悪い言い方だな」
「もともと同じモノを見ているとは限らないからね」
「意味がわからないぞ。わかるように教えてくれ」
「紫桃は『共感覚』
「いや、初めて聞いた。なんだそれ」
「ふつうだと人は刺激に対して1対1で感覚が呼び起こされる。でもまれに複数の感覚が呼び起こされる場合があり、それを共感覚というんだ。
例えばふつうなら黒インクで書かれた数字を見ると、黒で書かれた数字にしか見えない。でも共感覚をもっている人の中には、黒インクで書かれた数字なのに、黒ではない色付きの数字に見えることがあるんだって。
ほかにも音を聞いたときに、音に色を感じる共感覚もあるらしい。
この共感覚のことを知ってからは、自分と他人が同じモノを見ているとは限らないと理解したし、
だから
俺は初めて聞いた「共感覚」という存在にぽかんとなっていた。
新しい情報が追加されて混乱している俺を察してか、コオロギが補足するように話してきた。
「ヒトが同じモノを見ているとは限らないのは珍しいことじゃないよ。
『主観』で見ているものは変化するから」
「コオロギ~、今の俺は情報過多であっぷあっぷの状態だ。
わかりやすく言ってくれ~」
忘れていた。コオロギは言葉足らずになることが多い。
俺のほうでカバーしていかないと。
うなりながらコオロギは考えを整理し、例えをだして説明を始めた。
「紫桃も知ってのとおり、自分はカエルが好きだ。
愛くるしい瞳に、体のフォルムは完璧。存在自体が超キュート!
自分にとってカエルは好きな生きものトップ3に入る存在だ。
だがっ、残念なことに一般的には気持ち悪いと敬遠されているようだ……。
これは主観の違いからきていて、自分はカエルが好きだから愛らしく見える。でもカエルがニガテな人から見れば、ふてぶてしく映っていたり気味悪く映っていたりするのだろう……。
カエルって、かわいいのに……。
アマガエル
途中まではよかったけど、カエル愛が上昇してコオロギの思考が迷走し始めた。
要するに、コオロギは同じモノを見ていても好き嫌いなど当人がもつ価値観でとらえかたが違ってくると言いたいのだろう。それはわかるなあ。
友人から「オレの彼女、すげー美人だから!」と自慢話を聞かされたあと、実際に会ってみたら友人が言うほど美人ではなかった。んで、後日、二人は別れたけど、別れたあとの友人は「オレはなんですげー美人と思ったんだろう?」と言っていた……。コオロギが伝えたいのは、この「恋は盲目」のような状態のことだろうな。
俺なりに納得する答えがでたところで、ラストオーダーしたドリンクを互いに飲み終えていたことに気づいた。ほかに注文する料理がないから、これ以上はお店の売り上げに貢献できない。
俺たちは飲食を楽しんだ居酒屋をあとにした。
_________
【参考】
✎ 書籍より
*1 共感覚:
『プロが教える脳のすべてがわかる本』(ナツメ社)
✎ ネットより
*2 ニホンアマガエル:
単にアマガエル(
主に樹上で生活し、産卵時に水辺ですごす。乾燥に比較的強くて森や林以外の場所でも生息している。
カエルは身を守るために毒をもっている個体がおり、アマガエルの皮膚にも毒がある。ふれるとすぐに被害がでるわけではないが、傷のある手でふれたりすると毒が入る恐れがある。またカエルにふれたあとは、目や口にはふれないよう注意が必要で、手洗いは必須。
*3 アメフクラガエル:
国外(アフリカなど)に生息するカエル。主に地下で生活しているらしい。
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