『寺には親切なガイドがいた』【紫桃のホラー小説】


『ナンパはこまるが親切は歓迎』

   作:紫桃




 青空の下で元気いっぱいに遊んでいる子どもの楽しげな声が響き、保護者がやさしいまなざしで見守っている。そんなすてきな公園に立っている説明板には……


『昔、浅茅ケ原あさじがはらの一軒家で、娘が連れ込む旅人の頭を石枕で叩き殺す老婆がおり――』(抜粋)


 紹介文には旅人を石であやめた怪力老婆と関係のある場所だと、おどろおどろしい伝承が堂々と書かれており、現在は東京都指定旧跡と教えている。


 春のような平安と冬のような恐怖が背中合わせにある、そんな東京が好きだ。

 都内では、むかしと変わらず奇妙な出来事が当然のように発生する。


 浅草にある寺でふしぎな体験をした。



  ✿


 東京の観光地で有名なところといえば「浅草」。


 浅草は浮世絵にも描かれている人気のスポットで、〇〇寺のような古刹こさつや江戸時代に誕生したという遊園地、それに老舗が点在していて歴史という単語がぴったりくる。名所が多くて食事やおみやげに困らない浅草は観光地としては最高だ。


 外国人観光客も多い人気の浅草に来ている。

 でも自分は浅草の人気スポットを見に来たわけではない。見たいのは〇〇寺にある建築物とカエルの像だ。


 都の文化財に指定されている建築物。

 木造建築物はどんな木の組み方をしているのだろう。

 装飾的な彫りものはあるのか?

 屋根はどうなっている? 色は?

 造形美を空想してうずうずする。


 そしてカエル。

 かえるの神像があると知れば、カエル好きは飛びつくだろう。

 カエルはどんな姿に仕上がっているのか。

 表情は? サイズは? ポーズは?

 想像がふくらんでわくわくする。


 以上の二点が見たくて浅草へ向かったのだ。



 〇〇寺に着いたはいいが途方とほうに暮れた。

 位置を調べてマーカーを付けた地図は用意したけど敷地が広すぎて場所がわからない。


 歩きながら探してみるしかないか……。


 目印を探して境内を歩いてみたけど物が多い。

 小さなやしろがそこらかしこにあり史跡も点在している。それに名所とあって参拝者が多く、池には人だかりができて鯉が泳ぐ姿を撮影しようと混雑している。ごちゃごちゃしていて探しにくい。


 到着して数分後。


 う―――ん、わからない。

 すぐに見つかると思ったけど、いろいろありすぎて探しにくい。

 建築物もカエルも目立つものではないからなあ。考えが甘かったかあ。


 ヒントはないかと見回していたら大きな案内板を見つけた。

 問題が解決しそうなので期待しながら向かうと、近づくにつれて掲示の内容が見えてきた。


 案内板には求めていた境内案内図がイラストで描かれていた。

 

 よし。

 だいたいの場所はわかった。行くぞ!


 覚えた境内案内図を頼りに、てくてく歩きだす。

 だが我ながらあきれるほどの方向音痴で、最初に曲がるべき場所を通りすぎる寸前で後ろに束ねていた髪の毛を引っ張られた。


 結んだ髪のしっぽを引っ張られた感触を受けて足を止めた。

 ここは人気の〇〇寺だ。観光客が道を聞いてきたのかとふり返った。


 あれ? 誰もいない??


 辺りを見回して呼び止めた人を探していると、道が視界に入った。


 この道、何か引っかかる……。


 首をかしげ思考をめぐらせながら道を眺める。


 どっかで見たような……

 なんだっけ?



  ⋯ ⋯ 脳内の情報 検索中 ⋯ ⋯



 ああ。

 曲がる場所、ココだ!


 さっき見た境内案内図が浮かんで曲がるべき場所だと気づいた。

 解析が済んで、すっきりするとさっきの合図が気になってきた。


 そういや、髪を引っ張って教えてくれたけど……


 今さらだけど相手を探してみる。

 ここは派手な物はないので人通りがまばらだ。近くに人はおらず、離れたところで参拝者が観光を楽しんでいて該当者が見当たらない。


 勘違いではなく、誰かが接触してきたはずだけど……


 引っ張られた髪の先を自分でも引っ張ってみると同じ感覚を受けた。


 ほ―――ん。

 ヒトじゃないナニカみたいだなあ。


 ナニカは方向音痴の自分に対して曲がる方向を教えてくれた気がしてきて、ほんわかとなった。


 アヤカシさん、ありがとう!


 心の中でお礼を言い、教えてもらった道を進むと目的の建築物にたどり着けた。


 歴史のある芸術品との出合いにほうっとなり、造形をじっくりと眺める。近くまで寄れるのがうれしくて自然と頬がゆるんだ。


 十分に鑑賞できたら境内案内図があった場所に戻り、案内図と持参した地図を照合する。


 今度はカエルに会いに行くぞ!


 さすがに二度目は迷子になる心配はない。それに一本道だったので間違えようがなかった。


 二つ目の目的地へ着くとカエルを探す。

 てこずるかと思ったが、好きなものは目ざとく見つけるものですぐに発見できた。


 カエルの神像はなかなか迫力があり、出合えた興奮を抑えながら角度を変えて造形を楽しみ、写真を撮りつつ心ゆくまで眺めていた。


 建築物は見れたしカエルにも会えた!

 いつもだと方向音痴のため手間どるのに、驚くほどスムーズにたどり着けて大満足である。


 ほくほくしながら境内から出てふり返ってみると、夕方というのにまだ多くの参拝者がいた。


 道を教えてくれたアヤカシのことを最初はイタズラと疑ってしまった。

 親切なアヤカシに対して悪いことしたなあ。


 なぜかは知らないが、たまに姿の見えないナニカが自分にちょっかいをかけてくる。

 しかし自分には姿が見えないし、声も聞こえないから意図がわからない。


 手を引っ張る強引なナンパをしかけるアヤカシは、ふり回されて不快な思いをすることが多いけど、寺のアヤカシのような親切ならうれしい!


 毎回これなら歓迎ですよー!


 心の中で叫んだあと、境内に向かって一礼した。


 本日のミッションは無事に完了!

 鼻歌がでそうなくらい上機嫌で寺をあとにした。






_________

 紫桃が執筆しているホラー小説『へんぺん。』シリーズより


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