異能者もふつうに働いています

05 霊感がある人は仕事も変わっているのか?


 有給休暇をとった俺――紫桃しとう――は東京へ来ている。

 ひさしぶりに会う友人とランチの約束をしていて、友人はコオロギ――神路祇こうろぎ――という。


 平日だからコオロギは仕事中だ。

 昼休憩に合流する手はずとなり、コオロギが指定してきた時間になった。


 ガラス張りで丸見えになっている1階のフロアに人影が見える。

 きょろきょろとあたりを見回していたが、しばらくして自動ドアから出てきた。ビル正面にある街路樹にもたれかかっていた俺を見つけると駆けてきた。



「紫桃、おまたせ」


「おう」



 ひさしぶりだというのに、まるできのうも会っていたかのような挨拶。

 あいかわらず社交辞令のないやつだ。

 まあ、俺も気を使わなくてすむからいいけど。


 会わない期間が長くあっても、ぎくしゃくせず自然な対応ができるのはコオロギくらいだ。さっそくお互いの近況を話しながら近くにあるカレー屋へ向かった。



 ひさしぶりに会ったこの友人は異能の持ち主で、わかりやすくいうと霊感がある。

 霊感がある人といえば、独特な雰囲気があったり、特殊な仕事に就いているなど、特別なイメージをもつかもしれない。ところが姿が見えないナニカからちょっかいを受けやすい体質を除けば、コオロギはいたってふつうだ。


 コオロギは非正規雇用で働いている。もっと詳しく説明すると派遣会社を利用していて、さっきのビルが今の派遣先だ。小説や漫画などと違って現実とはこんなもので派遣の仕事も特殊なものではない。ネットで募集している求人情報から自分のスキルに合わせて選んでいる。


 コオロギが自分のスキルに合わせて選ぶ仕事なので、これまであまり気にかけていなかった。だが今回は違う。


 今の派遣の仕事が決まったとき、俺のスマートフォンにコオロギからメッセージが届いた。仕事が変わったという出だしで、文を読んでいくうちに俺は飲んでいたコーヒーを吹きそうになるくらい驚いた。業務内容が「校正」だったからだ。


 なんで校正で驚くのかって?

 だってさ、「失敗」を「しゅっぱい」と言ったり、「雰囲気」を「ふいんき」とか言うんだぜ?


 「見計らう」なんて「みはらかう」って言ったから、「ミハラ買ってどうするんだ。『みはからう』だよ」と冗談まじりに伝えたら、「みらかはう?」と混乱する始末。


 単語は間違って覚えているし会話の語彙ごい力もない。時事にもついてこれないというのに、広範囲の正誤チェックスキルが求められる校正をコオロギができるのか?


 一番気になるのは適性だ。

 コオロギは待つことがニガテで、待っている間はきょろきょろして落ちつきがない。ひたすら正誤チェックを行い、忍耐が求められるような校正業務ができるとはとても思えなくて、叱られずに仕事ができているのか心配になる。


 さっきも「紛らわしい」を「まぎわらしい」と言い間違えしていたよな?

 昼飯にカレー屋をチョイスしたのも待つことなく、すぐに食べられるからだろう?


 俺の心配をよそに、コオロギは校正に向いていると言っていたが、一体どこからそんな自信がでてくるんだ?


 コオロギのミステリアスな思考回路は、あいかわらず俺を振りまわす。そこでさぐりを入れてみた。



「どう校正の仕事は。もう慣れた?

 チェックもれがないよう気が張るし、黙々とチェックする作業だろう? 

 大変じゃないのか?(コオロギには向いてないんじゃないの?)」


「ふっふっふっ。

 それがね、千秋ちあきチャン、校正とは相性がいいんだよ」


 ヤバイ……。いやな予感がする。

 ふだん俺のことを名字の「紫桃しとう」で呼ぶコオロギが「千秋ちあき」と言ってくるときは機嫌がいい。からかったりするときに使うからな。



「解説しよう!

 第一に、自分のスキルは理解している!

 任務遂行できる業務内容を選んでいるのだよ!」


「そ、そっか」


「第二に校正はさ、間違いさがしやジグソーパズルのようなゲームと一緒。

 1つ1つチェックしていくことに快感がある!

 そして間違いさがしは得意だ!」


「……はい?」


「原稿と校正紙を見比べてチェックしていくでしょ?

 1アイテムチェックして『校正済み』の線を引く。

 次のアイテムへいき同じくチェックして校正済みの線を引く。

 この作業を続けて最後の校正済みの線を引いた瞬間に訪れる『うひょー! すべてのチェックが終わったぜ!』というぞくぞく感がたまらんのだよ!!」


「…………」



 目をきらきらさせながら胸の前で手ぶりを入れてコオロギはまくしたてる。コオロギの言葉たらずを要約できるスキルが身についた俺でも今回はお手上げだ。


 思考回路がナナメすぎて意味不明。

 ただ校正が好きなことだけは伝わったよ…… うん……。



 しかし俺には校正の良さがさっっっぱり理解できない。

 1文字1文字をひたすら正誤チェックなんて気が狂いそうな作業だ。一日だけなら自分に言い聞かせて耐えられるよ。でも数日間、いや校正業務をしていたらずっと続くんだろう? 耐えられんわ!


 やや興奮して鼻息があらくなっているコオロギに、俺はドン引きしそうなんだけど、コオロギは気づかずに話し続ける。



「金額チェックとかがおもしろいんだよ。

 一番安い『標準』クラスと高めの『S』クラスの室料がある場合、たまに金額が入れ替わっていることがある。

 それに1名料金は合っているけど、2名とか人数が増えたら合計金額が間違っていたりとかさ。

 最悪なのは数字の『けた』違い。12000円を1200円とかにしたら最悪でしょ。

 それから――」



 まだまだ続く。

(読者がうんざりすると思うから、そろそろやめてほしいのだが……)


 カレー屋に到着してもコオロギの校正愛の語りは続き、ようやくとまったのはカレーが運ばれてきたときだった。


 まったく。

 ふしぎ系の話も今みたいにすらすらと話してくれればいいのに。



 コオロギは仕事大好き人間で、仕事のことを尋ねると嬉々として語りだす。

 今は校正の仕事をしているが、校正以外の業務もしたことがある。パソコン関連の仕事が得意のようで、俺から見れば能力が高いから正社員として就職すればいいのにと謎な部分だ。


 コオロギは校正愛語りに熱中しているから、昼飯を食べ終わって落ちついたころに、なんで派遣で働いているのか聞いてみよう。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る