『あの手この手で努力する』【紫桃のホラー小説】


アヤカシだって工夫するし頑張っている』

   作:紫桃




 『第一印象』または『初対面』をどうとらえている?


「第一印象は大切だから好感がもてるようにしないと」

「初めて会ったときは〇〇〇だったのに」


 こんな台詞せりふを聞いたことがあるから最初のシーンは重要な位置を占めることがわかる。


 初対面をどうするかで悩む人は多く、「良い印象をもってもらいたい」「覚えてもらうためにインパクトを与えたい」と初めは前向きに考える。


 ところが途中から、「いや、待てよ。相手に失礼なやつだと思われたらどうしよう」「悪目立ちになるかも」と慎重になってしまう。


 結局、「人と同じことをしたほうが無難だ」と安全・安心を優先して、テンプレート的なものを選択してしまう。


 配慮された初対面は『悪くはない』と記憶されるが、社交辞令のように処理されて心に響きにくい。



 これまでいろんな出会いがあったけど強烈なものなんてそうそうない。

 ところが意表をついた出会いがあった。



  ✿


 東京の通勤電車はヤバイ。

 とくに朝のやつ。


 車両内はみっちりと乗客が詰まっていてドアでは入りきれず人がこぼれている。それなのにさらに乗りこもうとする人がいる。


 いやいや、乗るのは無理でしょうと見ていたら、なぜか乗車できてしまう摩訶不思議な通勤電車。これはマジックか……?


 東京に住んで数年になるというのに満員電車は克服できない。


 イベント以外に混雑することがない田舎で育った自分は、人が多いことに慣れずにいて、いまだに満員電車がニガテで乗りこめない。

 だから通勤のピークとかぶらないよう早く家を出ていている電車を利用している。


 満員電車を回避できたのはいいけど仕事開始まで時間が余ってしまう。

 そこで職場近くにあるカフェに入り、カフェラテを飲みながら読書をするのが日課になっている。


 店内に流れるBGMが心地よく、ゆっくりすごせるのが好きで気持ちに余裕ができる。せわしい一日が始まる前なので現状がとても贅沢な時間に感じられる。


 本に夢中になっていたらセットしていたスマートフォンのアラームが鳴り、会社への移動指令をだしてきた。


 アラームを止めて支度したくをしながらこれから始まる仕事への意欲を高めていく。

 気合を入れたらカフェを出て会社へ向かった。


 カフェから会社までは徒歩十五分の距離だ。

 せわしく歩くビジネスパーソンに交ざって会社へ向かい、途中にあるコンビニで買い物をすませてオフィスビルが並ぶ街路を通る。


 すると上から何かふってきた。


 背にモノが乗っかった感覚を受け、体勢が崩れて足がもつれそうになるのをこらえた。


 肩から肩甲骨あたりに乗っかってきたナニカ。


 それはとても奇妙だった。


 何が奇妙かって……


 背に感じた衝撃は質量がある物体の接触ではなかったからだ。


 空気の塊が背中にぶつかった圧を受けて体が沈む――。説明しづらいけどそんな感覚だ。


 ソイツは物としての重さがない。

 それなのに風船のような楕円の形状だけは感じ取れる。違和感のある肩に目を向けて見たけど思っていたとおり何も確認できない。すぐに理解した。


 コイツはアヤカシだ……。


 いきなりのことで思考はフリーズし、足は止まったままだ。


 背中に落ちてきたソイツは、おぶさるような感じで背中に居る。

 何をするわけでもなく背に居て、動く気配はまったくない。ただただ乗っかっている。


 数秒、ソイツは背中に居た。

 そのうち風船が浮いていくかのように徐々に軽くなっていき、すうっといなくなった。



 自分は幽霊や妖怪などのアヤカシから、なぜかラブコールを受ける。

 ラブコールはふれてくるパターンが多く、歩いていたら姿の見えないモノに腕をつかまれたことが何度かある。


 ふれてきた瞬間はヒトとアヤカシの区別がつかないくらいに生々しい。だからヒトだと思ってふり向くけど―― 何もいない。そんな奇妙な体験をたまにする。


 でも自分にはアヤカシの姿は見えないし、声も聞こえない。

 アプローチしてきても意図がさっぱりわからず、リアクションの取りようがない。だからアヤカシからのラブコールはスルーしている。


 これまでアヤカシから引っぱられるという、ワンパターンなナンパを何度か経験している。慣れすぎたせいで今では怖いとは思えず、邪魔をするなと怒りを向けてしまう。


 お決まりのアプローチをしてくるアヤカシたちだったが、変わった手段を取ったヤツが現れた。それがさっきの落下アピールだ。


 登場が唐突とうとつすぎて、乗っかられたときに思わず「おふっ!」と声がでて、そのまま固まってしまった。いつもなら怒るところだけど不意打ちすぎて思考停止に陥る。


 状況がのみこめたころにはアヤカシは消えていて、怒るタイミングを完全にのがしていた。深呼吸して気持ちを落ち着かせ、止まっていた足を動かして会社へと向かう。


 アイツは前にナンパしてきたアヤカシなのだろうか?

 それとも初対面のアヤカシか?

 どっちにせよ、新しいアプローチのしかただ。


「やるなあ。気を引きたかったのなら大成功だ」


 オフィス街のなんのへんてつもない街路で足を止められて感心してしまった。



 やり方に問題はあるが、アヤカシも工夫はしているようだ。






_________

 紫桃が執筆しているホラー小説『へんぺん。』シリーズより


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