『電車内の強引なナンパにご注意』【紫桃のホラー小説】


『電車内で読書をしていると』

   作:紫桃




 浮世絵に描かれたアヤカシや怨霊。


 その姿は滑稽こっけいだったり怖ろしげだったり。実在して視えていたら怖かろう。


 江戸むかしは奇妙な世界だったようだが東京げんざいはどうだ?



  ✿


 電車に乗った。


 通勤電車だけどピークはすぎている。席には座れないけど満員でつぶされることはないから安心だ。人が少ないところへ移動して立ち位置を決めたらスマートフォンを取り出した。


 最近はWeb小説にはまっていて移動中は小説を読んでいる。

 時間がないからジャンルはしぼらず短編から選ぶと決めていて、新着カテゴリーにはたくさんの小説が並んでいる。その中からタイトルと紹介文を見て気になる単語があれば開いてみる。


 面白そうなタイトルを見つけ、傑作との出合いを期待して読み始めた。

 文字を追うごとに周りの音はどんどん小さくなり、小説の世界へ入りこんでいく。


 没頭していたら左袖をクイッと引っぱられた気がした。


 こっそり教えたいときに服をつまんで引く――。そんな感覚に近いけど人が動いて長袖にふれたのだろう。電車で人同士がふれるのはよくあることだ。確認することもなく小説に意識を戻す。


 数分してまた袖を引かれた。


 今度は二回だ。さっきより力がこもっている。

 何かが当たっているのではなく意識して引っぱってきている。


(自分に用があるのかな?)


 スマートフォンから目を上げて左隣を見た。


 隣のお兄さんはスマートフォンを見ていて、自分に用があるわけではないようだ。

 念のため確認したけど少し距離があって袖にはふれられない位置だ。


(この人じゃない。

 それじゃあ、前に座っている人かな?)


 前にいるのはお姉さんだ。

 こっちもスマートフォンを見ている。


(あれえ? 気のせい?

 袖を引っぱられた感触があったんだけど……)


 状況がのみこめなくてフリーズする。


 でも深く考えない性格なので数秒で「まあ、いいや」となる。

 小説の続きが気になるからスマートフォンに目を戻して読書に没頭し始めた。



 ぐいいぃ―――ッ!



 腕をつかまれて下へ引っぱられた。


(えっ!)


 思わず声が出そうになるくらい驚いたがこらえた。


(なに!?)


 強引な行動にイラッとして引っぱられた左側を見る。


(あれえ?)


 お兄さんはスマートフォンを見たままだ。

 お姉さんは―― 寝てる!


(ええっ!? だれが腕を引っぱったんだ!?)


 隣でもなく前でもなければ……

 意表をついて後ろの人か!?


 背後にちらりと目をやるけど背中合わせで立っている乗客しかいない。


(イタズラ……? なわけないよな。

 朝のビジネスパーソンは忙しくてそんな余裕はない)


 一人でボケとつっこみをする。


(うーん……)


 深呼吸して気分を落ち着かせ、引っぱられたシーンを脳内で再現してみる。


(ん? んん??)


 おかしい……。

 なんか変だぞ。


 左手でスマートフォンを持ってて、引っぱられたのも左腕だ。

 急に引っぱられたのなら反動でスマートフォンを落とすはずだよな?

 それに引っぱられた感触はあったけど腕は動いてなかった。


中身だけを……つかまれ…た……?)


 うわ―――ッ! 怖いっ!!

 霊に腕をつかまれた! 電車ココヤバイ!!



 なあんて 今さら驚くわけないだろっ!


 ま た か !?


 いやなナンパだな!!

 貴重な読書タイムを邪魔しやがって!

 常識のないアヤカシは無視だ、無視っ!


 再び小説を読もうとしたけど車窓の景色で気づいてしまう。


 残念、タイムアップだ。もう駅につく。

 最後まで読めずじまいか。はあぁぁ……。


 東京って変な都市だ。

 姿の見えないヤツがちょっかいを出してくる。



 都内の電車に乗るときはナンパにご注意を。






_________

 紫桃が執筆しているホラー小説『へんぺん。』シリーズより


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