ホラー小説のネタ入手はむずかしい

02 体験談を聞きだすのはむずかしい


 ホラーを集めている俺のもとに体験談を提供してくれる人物が現れた。

 すぐに取材を申し込んでスケジュールを調整していく。


 そして今、取材の真っ最中だ。

 互いの自己紹介を終え、世間話なんぞして緊張がほぐれてきたら、ボイスレコーダーをスタートさせて本題に入る。



「それではあなたの恐怖体験をお聞かせください」


「はい、あれは――」



  ⋯ ⋯ 取材中 ⋯ ⋯



「ありがとうございました。とてもわかりやすいお話でした。

 さきほどお伝えしたように、お名前や場所など個人情報やプライバシーに関する部分は修正しますが、それ以外のところは、そのまま使わせていただく予定です。

 もしかすると追加でお聞きしたいことが出てくるかもしれませんが、その際は連絡します」



 話してくれた方はとても協力的で、取材はとどこおることなく無事に終了した。


 帰宅後、録音しておいた会話を文字に書き起こす。

 会話には5W1Hがあり、体験者の喜怒哀楽が状況に合わせて伝わってくる。すでに物語として仕上がっていて手を加える必要がないほどのトーク。


 なんてすばらしいネタを手に入れたんだ!


 ……こんなことは、ほぼない。

 人と話す職業に就いてるならともかく、体験談をよどみなく話せる人なんて、そうそういない。話はあっちに飛んでこっちへ戻り、なにかがぬけてて、ちぐはぐになっていたりする。


 物語にリアリティーをもたせたいのなら詳細を知っておく必要がある。ささいな情報でも、もらさず引きださねばならない。

 そのため俺(=聞き手)は苦労するのだ。



  ✿


 わいわいとにぎわっている東京都新宿区の居酒屋。

 座ると隣からは見えない仕切りの高いボックス席に俺――紫桃しとう――はいる。二人なのに4名席を案内してくれたおかげで、ゆったりとくつろげる。

 向かいにいる友人・コオロギ――神路祇こうろぎ――はうまそうに酒を飲んでいる。



「なんか変な体験した?」



 コオロギに投げたお決まりの台詞せりふは、ふしぎな体験があったら話してくれという俺からのおねだりサインだ。この台詞せりふを言うまでに手間がかかった。


 コオロギは幽霊や妖怪など、実体のないナニカと遭遇し、奇怪な体験をする特異なやつだ。わかりやすくいえば霊感がある。


 対する俺はごくふつうの人。霊感なんぞまったくない。

 ゼロ感なのに俺はふしぎな現象に興味をもち、奇譚きたんを集めている。


 とはいっても、コオロギに出会うまでは奇譚に関心はなく、怪奇を語る人は好きではなかった。

 霊感のない俺からすれば、見えないアヤカシは存在しないモノだ。そんな居もしない霊とかをうまく利用してカネをとるよくないやからを知っていたから、マイナスのイメージしかなかった。

 ところがコオロギを通じて俺は見えないナニカが存在し、ふしぎな現象が身近で起きていることを知る。


 がぜん興味がわいた。

 目に見えないものは存在しないと決めつけていたけど、もしかしたら――。


 これまでの常識をぶっ壊す真実、今の科学では説明できない奇怪な現象だけど、実は法則があるというなら知りたい。


 俺は好奇心からコオロギの体験を聞きだそうとする。でもコオロギはしらふだとなかなか話してくれない。だから飯に誘い、酒をすすめて気分がよくなったところで、あの台詞せりふを投げかけた。


 ここまでは予定どおりだ。

 でもな…… 先の道のりが長いんだよ。




「ほ―――ん? 変な体験……」



 好物のチキン南蛮なんばんをたらふく食い、機嫌よくモスコミュールを飲んでいたコオロギの手がとまり、宙を見てうなりだした。


 何杯目かのおかわりですでに顔はピンク、目もぼんやりとしている。コオロギは酔うのは早いが、つぶれない長距離ランナータイプだ。まだ飲みそうだから飲み放題にして正解だったな。

 だいぶリラックスして気をよくしてるから、もう話しだすだろう。



「そういや、電車でナンパに遭ったわ」


「なんだ、それ。モテますよアピールか?」


「おーよ。実体のある者より見えないモノからモテるんだわ」



 これだよ…… 必ず変化球から投げるよな。

 状況がつかみにくいんだよ。

 ちゃんと霊にナンパされたって言えよ。やれや――



「って、オイっ! 霊からナンパってどんな状況だよ!」


「落ちつけよ~。手を引っぱられただけだって」


「…………」



 笑ってうまそうに酒を飲む友よ。

 『引っぱられただけ』って見えないナニカからですよね?


 ふつうビビりません?

 『怖い!』って思わなかったのかな、コオロギくん?



 仕切りの壁にもたれかかり、体勢を崩して完全にリラックスしているコオロギ。テーブルにあるキュウリのざく切りに手を伸ばして、ひょいと口に放りこんだ。

 これからホラー話を聞くぞと気合いを入れてたのに、スタートからきょうざめだよ……。


 鳥肌ものの恐怖体験でもコオロギが話すとコメディー調に聞こえるのはなぜだ?


 俺が求めているのはコメディーではないっ。ホラーだよ!

 ハラハラしてゾクッとする恐怖だよっ。

 それなのにおまえはいっつもぶち壊すよな!!



 ふ―――……


 がんばれ、俺。

 まずは順を追って一つずつ聞いていこう。



「なあ、ナンパっていつ遭ったんだ?」


「3週間くらい前かな」


「どこで?」


「〇〇線の朝の通勤電車」


「朝? なら満員電車だろう? 乗客の誰かじゃないの?」


「時間ずらすから混んでないし、該当しそうな人はいなかった」


「どういう状況だったの?」


「スマートフォン見ていたら、腕をつかんで引っぱってきた」


「こわっ!」



 想像力豊かな俺、すぐに電車内の風景が現れる。


  朝の通勤車両

  電車のゆれに身を任せ

  つり革につかまりスマホに熱中していると

  ふいに腕をつかまれる


 集中しているときに声もかけられず、手をつかまれたら驚くだろう。ふつうに心臓に悪いわ。



「それで? 手をつかまれてコオロギはどうしたの?」


「なにか用があるのかと周りの人を見たけど無反応」


「無反応?」


「隣の人でもなく、前に座る人でもなかった。

 だから見えないやつがちょっかいかけたと判断したよ」



 それは早計じゃないのか?

 手を引いたあとに知らんふりしたとか。

 あと、ほかの人の可能性もあるんじゃないのか?



「それだけでなんで霊って判断したんだ?」


「腕を引っぱられたと思ったけど、実体カラダに変化はなくてさ。

 中身だけ下がったんだ」


「え?」


「つかまれて引っぱられた感触はあったけど、腕は動いてなかったんだ」


「 ?? 」


「説明しにくいんだよ。

 そうだなあ……例えばさ、エレベーターが動くと一瞬体が浮いたり沈んだりする感じがあるよね?」


「あ……ああ、エレベーターが下がり始めたときに、一瞬だけ感じるフワッとなるやつか?」


「そうそう。あの『フワッ』。

 そのフワ~の強烈バージョンで、腕は動いてないのに中身がずれた、みたいな?」



 こんな感じだよとコオロギは片手を上げて急に下げる手ぶりを見せたが、俺にはさっぱりイメージがわかない。


 言葉たらずのうえに小学生並みの表現力……。

 ちぃ~~~っとも怖くならない。

 いろいろつっこみを入れたいが、コオロギが話すのをやめたらマズイ。今は流せ。



「そ、そっか。続きは? どうなったの?」


「うん?」


「終わりかよ!? 怖いとか思わなかったの?」


「それよりムカついた。読書の邪魔しやがって」



 話し終わったコオロギは、テーブルでこぶしをにぎりしめていて目つきが怖い。

 読書を邪魔されたという点がコオロギには重要ポイントらしいが……

 注目するところはそこじゃないだろ!


 なにこの塩対応!?


 正体不明のナニカに腕を引っぱられたと知ったら、まず『怖い』だ!

 それから気味の悪さに、あわあわとうろたえるべきだろう?


 俺なら腰をぬかすか、「キャ―――!」と悲鳴上げてその場から逃げるわ。

 それってふつうだよな? 俺の反応は間違ってないよな?


 たぶん今の俺は、珍獣を見てるときと同じ目でコオロギを見てるはず。

 コオロギは俺の視線にまったく気づかず、手を挙げて店員を呼んで何事もなかったかのようにジントニックなんか頼んでいる。


 くううぅぅ―――ッ!

 聞きたい! もっと詳細が知りたい!

 細かく質問して根掘り葉掘り聞きだしたい!

 でもしつこく聞くと黙ってしまうから、うかつに聞けない。


 ああっ、もどかしいっ!

 無意識にクリエイターの闘志に火をつけるやつだよな。

 ここまで情報がないと、今はおのれの想像力でカバーするしかないじゃないか。


 想像の中の俺は頭をかきむしってもだえ、コオロギのえりをつかんで「もっとわかるように話せ!」とゆさぶって催促する。

 だが現実に行動へ移せない俺の脳内メモには寂しい箇条書きが並ぶ。



■■ 紫桃のホラー小説 ■■

題「電車内でのナンパ(仮)」

 ・体験者:コオロギ

 ・3週間前(〇〇年〇〇月頃)

 ・朝の通勤電車

 ・スマホを見ているときに腕を引っぱるナンパに遭う

 ・相手は乗客ではなく霊体

 ・体(=実体)ではなく中身(=魂? 精神?)をつかまれた感覚

 (エレベーターに乗ったときの「フワリ」感)

■□■



 こんなに少ない情報から物語をつくるなんて無理だろう……。

 コオロギははしょるから、今回のも重要事項がぬけてる気がする。あとでさぐりを入れよう。


 俺の苦悩を知らずに「ぷはー」とか言いながら、ジントニックを飲んで満面の笑みを浮かべるコオロギ。


 くっ、幸せそうな顔をしやがって! なんかムカつく。


 神様がいるなら意地悪だと思う。

 小説が書きたい俺はネタが欲しい。その願いを聞き届けてコオロギが現れたけど、コオロギは無意識にホラーをコメディーに変える魔術の使い手だ。


 めぐり合わせてくれたことに感謝するけど、ふしぎな体験をしたら相応のリアクションをとってくれる能力をコオロギに与えてくれないかな?






⋯⋯⋯✎ 紫桃のメモ ⋯⋯⋯

あやかし情報

・都内を走る〇〇線の車両

・腕を引っぱるアヤカシが出没する

⋯⋯⋯⋯⋯⋯✐



_________

✎ この小説では、幽霊や妖怪などの正体不明なモノを「アヤカシ」と呼んでいますが、根源がわからない奇妙な現象のこともアヤカシに含めています。


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