07 霊感のある友人と仕事後に居酒屋へ


 有給休暇をとった俺――紫桃しとう――は東京へ行き、神田で古書店めぐりをしたあと、友人・コオロギ――神路祇こうろぎ――と会ってランチをした。


 平日なのでコオロギは仕事だ。だから昼休憩に落ち合って職場から近いカレー屋へ行き、遅い昼飯をとりながら会話を楽しんだ。話題はほとんど近況報告だったが、その中でコオロギから気になる台詞せりふが出てきた。


 俺はホラー小説を書くため奇譚きたんを集めているから耳ざとい。コオロギの言葉から、おもしろい話が聞けそうだとすぐに勘づく。そこで詳細を話してくれるように迫ったが、昼休み時間内に聞きだすことはできなかった。


 しかし千載一遇の好機をスルーするわけにはいかない。すぐに次の手として仕事終了後に飲みに行く約束を取りつけ、再びコオロギと合流した。


 コオロギと向かったのは、いつも利用する新宿区にある居酒屋だ。

 店の前に来たところで、そういや今日は金曜だと気づく。俺の地元だといつ店を訪れても空きはあるが、東京でしかも新宿だと、金曜の夜は満席になっている居酒屋が多く、予約なしだと厳しい。不安だったけど運よくカウンター席に空きがあった。


 ここから俺の腕の見せどころだ。


 コオロギは霊感があり、アヤカシに腕を引かれたり、背中に乗られるなど奇妙な体験を多々してきている。


 俺はコオロギが経験した出来事に興味があり、話を聞きたいのだが、コオロギはしらふだと体験を語るのを嫌がる。そんな相手に無理強いしても良質なホラー小説ネタは得られない。だから自然と話してくれる雰囲気づくりが重要で、コオロギの場合は居酒屋へ行くのが有効打となる。


 居酒屋の店員が席へ案内している間に、俺は壁に貼られているメニューを見た。


 本日のサラダ、チキン南蛮なんばん

 あとはドリンク飲み放題にして、俺はビールでコオロギはカクテル。


 この店は俺が東京にいたときからコオロギと何度か来店してるから、このへんは慣れたものだ。カウンター席へ案内され、端っこにコオロギ、並んで俺が座った。店員にさっき選んだメニューを注文すると、コオロギはドリンクにジントニックを頼んだ。やっぱりカクテルか。


 俺はすぐにでも昼にコオロギが発した意味深な言葉の真意を聞きたい。

 でも焦ったらダメだ。限られた時間内でコオロギから体験談を聞きだすコツは『急がば回れ』だ。酒が運ばれてきたのでまずは乾杯した。



「コオロギ、仕事お疲れさま」


「うーい、お疲れ~」



 適当な雑談しながら置かれていたメニューに目を通して、追加する料理を確認しておく。サラダ、チキン南蛮が運ばれてきたら料理の追加注文をした。


 テーブルにごちそうが並ぶと、今にもよだれをたらしそうなコオロギが手を合わせて「いただきまーす」と言うと、がっつくように食べ始めた。


 よし、たらふく食べろ。

 そして飲め!


 俺は話をしながらもコオロギのグラスが空になる前に次の注文をうながし、着々と作戦を進める。


 しばらくして……。

 満腹してご機嫌になっているコオロギがいる。


 よし、次の手だ!

 俺は自分のスマートフォンに収めている風景写真を出してコオロギに見せる。



「茨城へ行ってきた。いろいろ撮ったんだ」


「おおっ!」



 コオロギの趣味は俺と同じくカメラで、写真を撮るのが好きだし見るのも好きだ。だから俺が旅先で撮った写真をネタに本題から気をそらせる。


 コオロギは一枚一枚をじっくり見始める。

 「これはどこ?」の問いに「大洗海岸だよ」と返し、そのうちコオロギが質問する前に「ここはひたち海浜公園」、「ここは袋田の滝」など先に説明を入れていく。


 最初は「大洗海岸か~。海に立つ鳥居が神秘的だ」などちゃんと返すけど、次第に写真に見入るようになり集中して無口になる。コオロギが完全に没頭したところで俺は声のトーンを落とし、さりげなく質問をはさむ。



「昼にさ……『派遣は期間限定で働けるからいい』って言ってたけど、なんでなんだ?」


「同じ場所に長くいると、変なやつらのアプローチが増えるから」


「変なやつのアプローチって?」


「姿の見えないナニカが後ろに立っていたり、さわってきたりする」



 きたきた!

 俺が欲しかった幽霊、妖怪のたぐいの話だ!


 よーし、よし! そのまま続けろよ~。


 熱中しているとコオロギはほかのことは頭に入らない。

 音は聞こえているけど無意識に近い状態になっていて、質問に素直に答える。

 この機会に聞きだすぞ。



「期間と関係があるの?」


「ん――…… 時間とともに距離が近くなるイメージかな?

 初めは自分の存在に気づいていないけど、だんだんと居場所を特定してきて、最終的にはふれられる距離まで来る」


「変なモノが近くにいるなんて、どうやって気づくんだ?――」



 こうして質問をしていき、得た体験談がたくさんある。

 今夜もコオロギからふしぎな話がいろいろ聞けそうだが、コオロギの言葉たらずを補うためにコオロギ用翻訳スキルを発動させて対応しなければならない。


 ホラー小説の下書きまでもっていけるようにするには時間がかかりそうだ。






⋯⋯⋯✎ 紫桃のメモ ⋯⋯⋯

〇〇年〇〇月〇〇日

新宿区/居酒屋〇〇〇〇

 コオロギより

・派遣で働く理由

(長い期間、同じところに居られない)

・移動しないとアヤカシに存在を感知される

・コオロギに弊害が発生するのか? ←未確認

⋯⋯⋯⋯⋯⋯✐


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