【余話】探知能力は、だれもがもっている


 コオロギからまた奇怪な体験談を聞いた。


『同じ場所に長く居ると周囲にアヤカシが寄ってくる』

――というものだが、話の中でコオロギは「霊体の気配がした」と言っていた。


 コオロギは実体のないナニカを感知できる異能をもっているが、ゼロ感の俺にはアヤカシの気配がわかるという感覚が理解できない。


 考えこんでいたら、スマートフォンに熱中していたコオロギが気づいた。どうやら「霊体の気配を感じるってどうやって?」みたいな言葉もろもろが俺からもれていたらしい。


 コオロギは俺のスマートフォンにある風景画像を見るのをやめて、スマートフォンを返しながら、さもふつうのことのように言ってきた。



「気配を感知する能力は、みんなもっていると思う」


「いやいや、気配を感知するなんて小説や漫画の世界だけだろう?

 異能があれば別だけど、だれもがもってるわけないよ」


「そんなことない。

 例えばソファに座ってテレビを見ているときに、背後で廊下を歩く気配がして父親がトイレに行くんだなとか、後ろを通りすぎた気配から母親がキッチンへ行ったなど、ふり向くことなくわかることはない?

 それと同じことだよ」



 なるほど……。

 言われてみれば、ゼロ感の俺でも気配を感じるという能力に関しては、共感できる部分があるなあ。


 実家にいるときは見ていなくても家族のようすがわかるときがある。足音や服のすれる音、呼吸音などを無意識のうちに感知し、一緒にすごした経験からどんな動作をしているのかわかるのだろう。


 経験を思い出し、納得しているとコオロギは話し続ける。



「気配を感知したら姿を確認しなくても正体を判断できている。

 その延長線上にあるのが幽霊や妖怪を感知する能力に思える。

 だから千秋ちあきチャンもいつかはアヤカシと接触するかもよ~?」



 俺のことを名字の紫桃しとうではなく、と呼んだコオロギを見れば、いたずらっぽく笑っている。頬はピンクになってて上機嫌だ。……この酔っ払いめ。



「いやなこと言うなよ。

 俺は奇譚きたんは集めているけど怖いのはニガテなんだよ」


「紫桃はふしぎな話を聞きたがるけど怖がりだよな。

 さっきのは冗談だよ。心配する必要はないんじゃない?」



 怖がりじゃない!

 俺が怖いと思うのは身近で未知との遭遇をしているコオロギ おまえ の体験談だけだ!


 ――と反論したいが、伝えるとコオロギが奇譚を話すのをやめそうなので黙っておく。

 さらに体験談を聞きだすために話を続ける。



「簡単に流すなよ」


「流していないよ。

 実体のあるものは多少の動作音が発生するから探知しやすいけど、実体カラダのないアヤカシを探知する能力はまれだと思う」



 平然と言うが根拠はないだろう?


 俺の考えが顔にでていたのか、コオロギはからかうように笑ったあと、「子どものころの体験だけどね」と前置きをしてから語りだした。



「祖父母の家があるところは田舎でね、むかしは小規模な家畜小屋もあったというから敷地がある。家畜小屋跡が家庭菜園レベルの畑と倉庫になり、庭もわりと広めだった。そんな屋敷の庭にニワトリが放し飼いされていたんだ。


 5羽以上のニワトリが常にいて、その中の雄の白色レグホン *1は、野良猫を見つけたら突進して追っ払うくらい気性があらかった。番犬みたいな役割をしてるのはいいけど、かなり凶暴で厄介だったんだ。


 そいつは子どもを見つけたら飛びかかってりを入れてくる。チャボと比べてレグホンはデカイし、蹴りもけっこう強力で痛かった。だから祖父母の家に行くと、屋敷へ入るまでが危険地帯になってて、怪我けがしたくないから必死でニワトリをさがしたよ。


 祖父母の家に着いたら、まず門に隠れてニワトリの位置を確認する。門から屋敷までの間にニワトリがいなければダッシュで玄関に逃げこむんだ。訪れるたびにさがすことをくり返していたら、いつの間にか姿を見なくてもニワトリのいる位置がわかるようになっていた。


 門の前で庭の構造を思い浮かべてニワトリの姿を考えると、ニワトリと周囲の風景映像が一枚の写真を見るように頭の中に浮かぶんだ。


『軽トラの横で地面をつついてエサをさがしている』


 ――ってな感じで。

 それで視えた映像の場所を確認すると、実際にニワトリは軽トラのわきでほかのニワトリとエサさがししている。位置を把握して距離を測り、屋敷へ駆けていく方法で回避していた。


 敵の存在を感知する能力って、身を守る生存本能の一種なんじゃないかな?

 そんなふうに考えると、アヤカシの場合は感知しようと思わず、存在しないモノとしてスルーすればいいだけのことだよ」



 ひさしぶりにコオロギのぶっ飛んだ話を聞くと、慣れているはずの俺でも、にわかには信じがたい話で胸の内で一人つっこみが始まる。


 おいおい、『敵』ってなんだ?

 言うなら『他者』とか『相手』だろ?


 平和な日本でコオロギはどんな子ども時代をすごしてきたんだ……?


 コオロギの異能の根源が見えてきたのはいいが、それ以上に気になったのはコオロギの祖父母の家のことだ。



「子どもを襲うニワトリを放し飼いなんて危ないじゃないか」


「危ないけど、田舎だと庭でニワトリを放し飼いしてることはあるし、大人もそんなに気にしてなかったんじゃない?

 それに対処法も身につけたから問題じゃなくなったよ」



 まてまて! 大人たち、そこは気にしろよ!


 子どもを襲って怪我させるなんて、ちょっとした事件だぞ……。

 のんきを通りすぎて危険な香りがする田舎だな。


 デンジャラスな田舎を想像しながらコオロギに疑問をぶつけた。



「対処法があったんなら、最初からやっておけばよかったんじゃないか?

 どんな方法だったんだ?」


「単純だよ。戦闘に勝つ」


「……はい?」


「だ・か・ら、闘いに勝利する!」



 ふんぞり返るような姿勢をとったコオロギを見て、これまでの経験から暗雲の気配を感じ、奇想天外なストーリーが飛び出す予感がしてきた。



「あのレグホン、いつまでたっても襲ってくるから、ある日、逃げずに対峙たいじした。

 あいつが飛びかかってきたところに、ボディーに蹴りを一発!

 吹っ飛んだニワトリは退散したよ。この闘い方を知ってからは逃げるのはやめて闘うことにした。


 一度勝ってからは毎回自分が勝利するけど、ニワトリは何度も挑戦してきた。

 あいつもちゃんと学習している。自分を見つけると間合いをとって用心しつつ、エリマキトカゲ *2のように首周辺を逆立てて向かってくるのをやめないんだ。


 威勢は認めるけどニワトリの攻撃パターンは把握していて無駄な挑戦!

 いくら狂暴でも何度も蹴りを入れるのは、かわいそうだから手段を変えて捕獲することにしたよ。


 捕獲するのは簡単だ。

 ニワトリが勝負してきたら飛びかかってくる前に足の裏を顔の前に出す。ニワトリの意識が足へ向いたところで、すばやく捕獲して鶏小屋に閉じこめる。この策で襲撃の対処はできたんだけど小屋へ行くまでが大変だった。


 動けないように胴体部分をがっちりおさえたら観念しそうじゃん?

 ところがニワトリはつかまった状態でも腕をつついたり、くちばしではさんでつねるんだ。


 小屋に隔離するまでくちばし攻撃はやまないから、小脇に抱える感じでニワトリを持ち、もう片方の手でニワトリの顔を軽くおさえるようにして攻撃を防いでいたよ。

 まったく、どんだけ負けず嫌いなんだか」


「…………」



 俺は放し飼いのニワトリなんて見たことがないし、ましてや格闘なんてしたことがない。それでも鮮やかに浮かぶのは王者の貫禄でのっしのっしと鶏小屋へ向かうコオロギの後ろ姿だ。


 コオロギが豪快なわけがわかった気がする……。


 回想から戻ってきたコオロギは、にっと笑って最後に言った。



「探知能力はけっこう役に立ったよ。

 叱られる前にいや~な気配を感知して、うまく回避できたことがいっぱいあったからね」



 なにをしたんだよっ!


 悪童記がちらちらと見えて変な汗がにじむ。

 こいつの周囲にいた人たちは振り回されただろうなあ……。






_________

【参考】

✎ ネットより


*1 白色レグホン:

 レグホンはニワトリの品種。白い色の羽根のニワトリで、成長すると50センチ以上になる。

 ※本作品の個体は凶暴ですが、すべてのレグホンが凶暴ではなく個体差があります


*2 エリマキトカゲ:

 国外(オーストラリアなど)に生息するトカゲ。成長すると頭から尾までの全長は70センチ以上になる。襟巻えりまき状のひだがあり、興奮するとかさのように開く。


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