【余話】男と女の友情は成立するのか?


 ゼロ感の俺はコオロギと出会うまでは、霊感や超能力など目に見えない未知のものには興味がなく、存在しないとまで思っていた。


 ところが異能をもつコオロギと出会い、体験談を聞くことで、実体のないナニカが存在し、科学的には説明しにくい奇怪な現象が身近にもあることを知った。


 俺はコオロギが視ているふしぎな世界にどっぷりとはまり、摩訶不思議な体験を語ってくれる友人がいることに感謝している。


 そんなコオロギとの出会いや、コオロギに異能があると気づいたエピソードを書いてて思い出したが、職業訓練の初日は「盆と正月が同時にきた」と舞い上がっていたなあ。



「うおおぉぉおお! 美人と職訓生活!

 もしかして恋のスタート!?

 春がきたか? 運気が一気に上昇か!?」



 帰宅後、こぶしをにぎり、中腰の体勢で室内で叫んだっけ……。

 まあ、儚い夢となってしまったけどな。


 今になって思うが、ほかの受講生からみれば、俺がコオロギに恋心を抱いていたのはバレバレだったのかもしれない。職訓での休憩時間に俺が煙草を吸っているとよく冷やかされた。



「コオロギちゃんと仲いいよね。付き合っちゃえば?」

__俺 「そうですね(言われなくても計画しとるわ!)」


「気持ちを伝えたほうがいいよ」

__俺 「ええ。考えておきます(でも俺からは告白しない!)」



 当時の俺はさりげなくアプローチしていたつもりだったけど、バレバレだった…と…したら……。

 う―――わっ! ゆでだこになるくらい恥ずかしい。



  ⋯ ⋯ ちょっと休憩 ⋯ ⋯

    (頭冷やすわ……)



 ともかく、コオロギへの恋愛感情はなくなったけど、職訓が終わるまで俺はほかの受講生からよくからかわれたよ。


 んで、本題だが「恋心は再燃しそう?」の答えは「いいえ」だ。


 コオロギの性格を知ったら、もう恋愛対象ではなく友人。

 いや、友人でもないな。


 ん――――……


 あ、保護者に近い感情をもった。


 再燃しない理由は俺のなかでは明白だ。

 恋心をくだく強烈なやつを食らったからなぁ。



 先制パンチから衝撃的だったさ。



  ✿


 職業訓練初日からコオロギ――神路祇こうろぎ――に関心をもった俺――紫桃しとう――は、しばらく観察したあと(さりげなさを装って)積極的に話しかけていた。


 同じ年齢だとわかってからは、くだけた口調で話すようになり、親密度も増していった。


 このころの俺はコオロギの男口調にガッカリはしたけど惚れていた。


 ある日、午前分の授業が終わり昼休みに入ったときに、コオロギが教室を出ようとしていたから声をかけた。コンビニへ行くというので俺も同行した。


 訓練校はまなとあって周辺はのどかな環境だ。

 オフィス街ではなく住宅地の中にある小中学校のように、駅から徒歩15分ほどの閑静なエリアに訓練校はある。駅から訓練校へ行く間には小さな公園があり、街路樹もあって緑が多い。漫画などで出てくる高校の通学路をそのまま再現したようなところだった。


 コンビニで買い物をすませて帰る道中、たわいのない会話をしながら俺はコオロギの整った顔を横目で見てドキドキする。


 そこへコオロギの足がとまった。


 コオロギは前方を見て黙って立っていたが、俺に「ちょっと持っててもらっていいかな?」とコンビニ袋を渡してきた。それからきょろきょろとあたりを見回した。


 なんだろうと思っていたら、コオロギは人差し指をたてて「シ――っ」と言ってから、足音を忍ばせて歩き始めた。


 俺はなにが起こっているのかわからずにいて緊張してきた。

 コオロギは足音をたてずに街路沿いにある塀に沿ってそろりそろりと進んでいく。


 見守っていたらピタリと足がとまって――


 塀の上で寝ていた猫の背中をもふもふとなでると、サッとかがんだ。


「…………(俺、絶句)」


 木陰こかげになった塀の上で気持ちよさそうに寝ていた白にオレンジ模様をした猫は、急にさわられてビクリとなって頭を上げた。


 でも壁にぴったりとついて隠れているコオロギは見えていなくて……。


 少ししてコオロギはそーっと手を伸ばして、また猫の体をさわった。

 二度目のタッチで人間がふれたとわかったようで、猫はガバッと飛び起きて塀の向こうへジャンプし、姿を消した。


 こちらへ戻ってくるコオロギは、きれいな顔に満面の笑みを浮かべてて……。


 よく顔に文字が書かれているという表現を聞くが、このときのコオロギは「イタズラ大成功! やったぜ!」というオーラを全身から発していた。


 俺の恋心に飛んできた先制パンチは強烈で、理想像がゆがんだ。

 ひどく動揺したけど、のちにこれは軽いジャブだと知った。



  ✿ ✿


 男口調という少し残念なところと、猫にイタズラするやんちゃな部分があると知っても、俺はコオロギに惚れていた。


 そんな時期に、次はリバーブローを食らった。


 訓練校へ登校していると、コオロギが先を歩いていたので声をかけた。

 校舎までの短い距離、俺はたわいのない話をしながら横で笑顔を見せるコオロギにドキドキする。


 そのとき、ブ―――ンと羽音が聞こえてきた。


 音がしてくる方向を見れば、前方から俺たちめがけてカナブンが飛行してくる。


 「紫桃しとう、怖い!」とコオロギが俺の後ろに隠れる――!

 と思いきや目前にカナブンが来たら、目にもとまらぬ速さでわしづかみした。


「…………(俺、絶句)」


 ハンターのようにするどい目をしたコオロギがそうっと閉じた手を開く。

 そこには緑色のカナブンがいて……。



「ハナムグリかあ。このあたりにもいるんだ」



 なんだそれ。

 ハ、ハナ……? なんだって?


 いやっ、そうじゃねーだろっ!



「コ、コオロギ、それ、カナブン?」


「うん。カナブンみたいなもの」



 話しているうちに手のひらにいたカナブンは飛び立つ。

 へろへろと飛び去るカナブンを見送ると、コオロギは何事もなかったかのように校舎へ向かう。


 まてまて!

 今のはなんだ!?



「コオロギ、き、気持ち悪くないの?」


「んやー? 虫はけっこう好き」



 俺だって子どものころは平気で虫を採っていた。でも大人になるとなぜか昆虫が気持ち悪く見える。それをきれいな顔したヒトがわしづかみなんて……。


 腹に強烈な一発が入ったような衝撃だった。



 ここで流しておけばよかったんだよ。

 なにもしなければまだ夢を見ることができたんだ。


 それなのに…… 俺はよけいなことをコオロギに聞いてしまった。



「コオロギってさ、ヘビも平気でつかまえそうだよな」


「あ―――、それやってまれたことあるよ」


「 !! (俺、絶句)」



 とどめは上段回し蹴りだった……。


 コオロギの言葉に悪寒おかんが走る。

 俺はヘビが大の苦手だ。脱皮跡を見つけただけで近くにいるかもしれないと恐怖して逃げる!


 それなのにコオロギは捕まえただと!?

 ありえねーよ! ふつうヘビは恐れるものだろう!?


 さきほどのカナブン事件、その前の猫もふもふ事件もあり、想像で片手にヘビを掲げてドヤ顔してるコオロギが浮かぶ。



 もう、ね、 完全に恋心を破壊された……。



  ✿ ✿ ✿


 「コオロギちゃんと付き合っちゃえば」――だとう?


 恋心を砕かれるまでは想像していたさ。

 やってくるだろうリア充を夢みたよ。


 でもコオロギは恋愛対象ではなくなった。

 俺よりたくましいコオロギにムラムラするわけないだろっ。



 あ、でも、部屋にアオダイショウ *1が現れて、俺が恐ろしさで金縛かなしばり状態になっているときに、さっそうとコオロギが登場して追い出してくれたら、「アネキ、格好いいっ!」と胸キュンするかもな。






_________

✎ ハナムグリとカナブンは別種のようです

(紫桃がよくわかっていないので「カナブンみたいなもの」にしています)



【参考】

✎ ネットより


*1 アオダイショウ:

  日本固有種のヘビ


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